第38話『羨望』
「今夜には神子の服も出来上がるだろう。そして明日は祈りの日だ。神殿には既に話を通してある。光栄だと喜んでいたぞ」
「は、はい。頑張ります……!」
ヴィクトリアとノワールは共に宿を出ようとしていたところだった。ヴィクトリアは、今日だけは仕事をしないのだと豪語していた。
街を見て回る際にノワールを誘い、今に至る。
「では行こうか。どうぞ、お嬢さん」
男性がそうするように、右手を差し出す。ノワールはぎこちなく頷きながらもその手に指を添えた。
いわゆる『エスコート』だ。ノワールに慣れさせておく必要があるとヴィクトリアが判断し、今日は一日その練習となった。
「今後はノワール、お前もヴァレンシュタインを名乗っていくことになる。そうすればお前に近付こうとする者は増えるだろう。その都度、一々固くなっていては体が保たない」
ヴィクトリアは女性の中でも長身だ。男性と比較しても劣らない目線の高さから、ノワールへと視線を下ろす。ノワールは意気込むように頷いた。
「そして、内に入れる者も選ばなければならない。脅すわけではないが……迂闊な行動で家名を穢す者は多くいる。例えば詐欺師に入れ込んでしまった女、口車に乗せられて賭博に注ぎ込む男――」
ノワールの表情に緊張が走る。もしその『迂闊な行動』を取ってしまえば、笑われるのはノワールではなく、ヴァレンシュタイン家なのだ。
思わず指先にも力が籠る。が、ヴィクトリアは真剣な表情を崩し、優雅に笑った。
「まあ、判断に迷ったら私かレオンハルトに言うといい。奴もあれで人を見る目はある。血迷った判断はしないだろう。――ところで、どうなんだ。レオンハルトとは」
「……!」
真剣に話を聞いている中で、突然全く違う話題を振られてノワールは目を丸くする。
昨晩、レオンの腕の中で眠ったことを思い出し、思わず頬に熱が集まった。朝起きた時に、レオンの姿はもう無かったけれど。
「?……なんだその反応は」
「い、いえ。……その、レオンさんはとても……良い方です。優しくて……」
「はっ、『優しい』か。そんな評価をされているようではまだまだだな、アイツも」
ノワールは言葉の意味が分からずヴィクトリアを見上げるものの、それ以上の言葉を続ける気は無さそうだった。
(ところで……)
そっと周囲を見回す。
行く先々で、若い女性の視線がこちらに集まっているのを、ノワールは感じ取っていた。正確には隣に立つヴィクトリアの元に、だ。
締まった軍服のような装いに身を包み、背筋を伸ばし、金の美しい髪を靡かせ歩く姿は、とても美しい。
一般的な貴族令嬢に求められるものとはまた質の違う、次期公爵家当主としての風格だった。
そして顔立ちもレオンハルトによく似ていて、中性的な整い方だ。
(そっか、見慣れてしまっていたけれど……)
今もまた羨望の視線を集めている。ノワールは静かに目を閉じる。
婚約破棄を宣言されたあの日、ノワールの肩を抱いてくれたヴィクトリアは、まるで舞台に立ち全ての照明を一身に受ける主演の役者のようですらあった。
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