第37話『嘘』
沈黙が落ちた部屋に、ノワールが小さく息を吸った音が響いた。
それは小さな悲鳴のようですらあった。
レオンハルトは我に返ったように顔を覗き込む。
「どう、した?――何があった?」
「……な、何も……怖い、夢を見て」
手で顔を隠そうとしながら、ノワールは首を振る。が、あまり上手な嘘とは言えなかった。
レオンは眉根を寄せる。
「誰かに、何かされたのか?何を言われた?」
繰り返し問うものの、返答は一向に返らない。
こんなにもノワールが何かを隠そうとするのは初めてのことだ。
レオンは困惑を浮かべたまま、肩を掴んだ手を離せずにいた。離せば、また枕に埋まってしまうであろうことは予想がついた。
「……俺は、そんなに頼りにならないだろうか」
ぽつりと弱音が溢れる。
ノワールは驚いたような眼差しで見上げるが、レオンはそれから逃れるように視線を迷わせた。
「そ、そんなことは……!」
「だが、言えないのだろう」
「………………」
ノワールは困ったように口を噤む。
ようやく肩を離し、指先で頬を濡らす涙を拭っても、また新たに零れ落ちた粒が同じように濡らしてしまう。
「……泣くな」
「ご……ごめんな、さ……」
泣き止ませたくとも、こうして謝らせてしまうばかりだ。言葉など何の役にも立たなかった。
「……怖い夢を、見たのだったか」
ノワールの言葉を、今更ながらに復唱した。
レオンは、いつもそうしていたようにベッドの端に横たわる。普段はノワールに背を向けさせていたが、今日は向き合う形で細い背中に腕を回した。こうすれば互いの顔は見えない。
レオンの胸に埋まったノワールが息を詰めたのが伝わる。代わりに涙は止まったようだった。
それからしばらく、ノワールは体を強張らせたり、息を潜めたりしていたようだが、やがては静かな寝息を立てていた。
レオンは少しだけ体を離す。泣き腫らしたノワールの目尻は赤く染まってしまっていた。
「……ここまで泣いているのを見るのは初めてだな」
悪夢にうなされ涙を零す姿は見たことがあったが、それとは根本的に異なる。
だが原因は分からないままだ。
赤い目元を撫でれば、指先は薄く濡れた。
小さく息を吐き、レオンはノワールの髪へとそっと唇を寄せる。
そして窓の外へと視線を移す。朝はまだ遠そうだが、重く沈む心の内のせいで眠れそうにはなかった。
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