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第2話『ヴァレンシュタイン家』


 鏡に映るノワールは、いつだってみすぼらしい姿だった。

 まるで毛並みに櫛を通したこともない、黒い野良猫のように。

 夜会への出席を命じられた日も、漆黒のドレスに黒いベールを被り、毛艶の無い髪を誤魔化した。


 ノワールは屋敷の中ですら疎まれていた。

 いつだって輝き、愛されるのは笑顔が素敵な光の神子、セレスティ。

 ノワールは使用人たちにすら笑われる始末だった。

 本来、貴族に対し使用人が嘲るような態度を取るなど許されるはずもない。だが、それを咎める人物はこの家にはいない。

 

 ノワールは屋敷の一角にある、一際陽の当たらない部屋で毎日を過ごした。

 用意されたのは最低限の家具だけ。入浴の際もメイドは手を貸さず、一人で済ませた。

 闇の神子としての務めを果たす日だけは、ベールで姿を隠して神殿へ向かう。


 そんな境遇が当たり前だったノワールは、今、石像のように固まっていた。


「あ、あ……あの……」


 自分から声を出そうと思ったのなんて一体いつぶりか、ノワールの唇から掠れた声が漏れる。

 夜会から拐うように、見ず知らずの女性に連れ帰られた場所は、実家である伯爵家よりずっと大きな屋敷だった。

 その一室の客間でさえ、目が回るような豪華さだ。


 その部屋で先の女性――ヴィクトリア・ヴァレンシュタインと名乗った彼女は胸を張って誇る。


「どうだ、聖なる神子には相応しいだろう。お気に召すといいのだが。もうすぐ使用人も来る。そうしたら着替えも手伝わせよう」

 

「せ、聖なる神子……?」


 ノワールの顔はサッと青ざめた。

 きっとヴィクトリアは光の神子であるセレスティとノワールを間違えたのだ。でなければ、こんな待遇を与えてくれるはずがない。

 高価な家具に触れればそれを汚してしまうとでも言うように、ノワールはその場から動こうとせず、両手の指を組んで必死に首を横に振る。


「わ、私は……尊い光の神子ではありません。汚らわしい、闇の神子です……」

 

「神子に汚れも呪いもあるものか」


 ノワールの声に被せるように、ヴィクトリアはぴしゃりと厳しい声色で言う。

 整ったその顔には、闇の神子を嗤う者たちへの明確な嫌悪が浮かんでいた。


「歴史を忘れた愚か者どもは闇の神子を蔑むが、それは教えを都合よく忘れた者の戯言だ。聖書には明確に記されている。光も闇も、等しく神の与えし福音であると」

 

「………………」

 

「このヴァレンシュタインは忘れはしない。かつて神が我らを救ったことを。その恩に報いるのは当然だ」


 ノワールは、今度は違う意味で立ち尽くしていた。

 闇は死を引き寄せる汚れた力。忌むべき呪いであると。そう繰り返し蔑まれた記憶は新しい。

 ヴィクトリアが語る言葉の一つ一つが理解出来ないと言わんばかりに、ノワールは俯く。


 そこに丁度、扉をノックする音が響いた。

 ヴィクトリアはすぐに入室を許可し、揃いの服に身を包んだ数人のメイドが入ってくる。彼女らは皆、闇の神子であるノワールに深々と頭を下げた。

 

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