第1話『闇の神子』
この世界は光と闇に支えられている。
光は世界に生ける全ての命を明るく照らし、闇は死後の魂が迷わず穏やかでいられるように導き眠らせる。
その力は、決まって双子に宿った。
『光の神子神子』と『闇の神子神子』。
そう呼ばれる尊き双子は、生まれ落ちた時から世界に尽くす生き方を定められる。
その代わり、その存在は国中の民に讃えられる。
……そのはずだった。
「近寄らないで!呪われた子!」
「死の臭いが移るわ……恐ろしい」
「先日死んだ、あの青年……彼を呪い殺したのはお前だろう!」
ノワールにとっては、もう聞き慣れた罵声だ。
ノワールが生を受けた時に王家との間に交わされた契約すら、この夜会で破られようとしていた。
「忌々しい闇の神子、ノワール・ローゼンベリア! このオブスキア王国第二王子、セドリック・オブスキアはここに宣言する。貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄する!」
ノワールの婚約者……いや、今この瞬間、望んで「元」婚約者となった青年は、傍らに立つ少女の肩を抱き寄せる。
儚く咲く花弁のように可憐な桃色の髪を揺らし、その少女、リリアーナ・フローレンスは、目尻に涙を溜めて第二王子を見上げていた。
彼女を守護する騎士を気取るように、第二王子は堂々と片手を上げ、高らかに告げる。
「私の隣に立つべき女性は、この可憐なリリアーナ・フローレンスただ一人だ!」
おお、と歓声に似たどよめきが周囲から沸き起こる。
当然ノワールを庇う者など誰もいはしない。
ノワールの家門であるローゼンベリア伯爵家に擦り寄るのならば、対の双子、光の神子であるセレスティがいる。
わざわざ疎まれるノワールを庇い立てして、王家、ひいては傍若無人な振る舞いの目立つ第二王子の顰蹙を買う必要はない。
馬鹿馬鹿しいと内心では笑いながらも、皆手を叩いて王子の機嫌を取っている。
そんな茶番の中心で一人、ノワールはただ俯いていた。
握り締めた指先が震えていることなど、誰も気付かない。興味も無いのだ。
第二王子セドリックの腕の中で、リリアーナは口元を細い指先で覆っていた。愉悦に歪む唇を隠すように。
その茶番を見つめる一角に、ノワールの妹、光の神子セレスティもいた。その傍らには父もいる。その顔は怒りに赤く染まっていた。
「本当に何をさせても役に立たぬ、出来損ないめ……! セレスティのように愛想を振りまくことも出来ない。強引に結んだ王族との婚約さえ破棄される。みすぼらしい――ローゼンベリア家の恥さらしめ!」
「お父様、このセレスティがおりますわ。第一王子と婚姻を結んだ、この私が」
「おお、そうだなセレスティ。お前だけだ、このローゼンベリアを支えてくれるのは……」
実の父も、妹も、嘲笑と好奇の視線の中、一人立ち尽くしているノワールに背を向けて会場を立ち去ろうとしていた。
その時。
規則的に床を打つ靴底の音が周囲に響いた。
堂々と視線の中心に躍り出た人物の腕が、ノワールの細い肩を抱き寄せる。
ノワールが滲む視界のまま見上げると、鮮やかな金の長い髪をなびかせた女性が立っていた。
「ご高潔なる第二王子殿下は、闇の神子をご所望ではないという。ならば、私が貰い受けよう。ヴァレンシュタイン公爵家当主代理、このヴィクトリア・ヴァレンシュタインが!」
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