第92話 話
「で、何の用なの」
理子は言った。
「もし、映画の感想会なら、あたしは喜んで参加するけど」
映画の感想会。
まだあの話を言っているのか。
「悪いが、それじゃない」
俺は一歩前に進んだ。
「お前の気持ちを聞かせて欲しいんだ。今の、お前の!」
思えば最近、理子に対して、上手く話せているような気がする。
恐怖心がなくなっている気がする。
「俺にどうしてほしいんだよ。理子を虐めないで、なんて言って欲しいのか?」
「そんなわけないでしょ」低い声で返ってくる。
「あたしがどうしてそんなものを望まなきゃならないの」
「そうとしか考えられないからだ。それともこれは復讐なのか?」
「違うっ!!」
理子は叫ぶ。
ああもう、イライラする。一体何なんだよ。こいつは、何をしてほしいんだよ。
家よ言えよ言ってくれよ。
それは決して納得できるものじゃないのかもしれないが。
「なら、どうしてなの!!」と、一葉。
隣を見ると、憤怒の表情を浮かべている一葉の姿が見えた。
ああ、やっぱり一葉も苛々としているんだな、と感じた。
「言わなきゃダメ?」
甘えた声で理子が言った。
「駄目」
一葉が厳しい声で言い放つ。その言葉に、理子が一歩後退りをして見せる。
こんなに弱い理子を見るのは正直久しぶりだ。
理子と付き合っていた時、それくらいしかない。
「なら、二択に絞るぞ。理由を話すか、もう二度と俺に話しかけないか」
正直俺的には後者の方が望みだ。何しろ、もう理子の存在には疲れている。
本音で言えば理子がどこが遠くへと言って欲しい。そうすれば、もう二度と会う事も、関わる事も無くなるのだから。
理子の額から、軽い汗がこぼれる。
「理子、早く答えてくれ」
俺もイラっとしているし、何より一葉の時限爆弾がいよいよと、爆発しそうだ。
{あたしは……」理子が口を開く。消えそうなか細い声だ。
「あたしはもう、恭介に話しかける資格もないの?」
その言葉に、眉をひそめた。
どう言う事だ。
そんなの、無いに決まってるじゃないか。
こっちは既に理子に虐められているんだぞ。
「なに、言ってるの」
だけど、俺以上に一葉の怒りが爆発しそうだ。
「一葉……落ち着いてくれ」
「落ち着けるわけがある?」
一葉は、こぶしをギュッと握る。
一葉の怒りはもっともだ。何しろ、俺も今怒り心頭なのだ。
「分かってる。俺も理子にムカついてる」
その場が一瞬静かになる。理子が唇を噛む。
そして、開く。
「あたしは、恭介と仲直りがしたいと思ってるの」
その言葉を聞いた時、
俺は、ああ、無理だな。と思った。
あんなことをしでかしておいて、仲直り。
こいつはとんでもない、サイコパスなのかな、と思う。そうだ。サイコパスなら、人の心が無くて当然だ。
「その……どうしてだ」
俺の声はたぶん掠れていたであろう。当たり前だ。かすれないわけが無い。
俺は今、果てしない邪悪と対峙しているのだから。
「なあ、理子」
「あたしは、恭介とまた一緒に」
「あり得ない」
一葉が呟いた。
「あり得ないよ」
一葉は呟いた。
「あり得ないでしょ」
一葉は叫んだ。
俺は一葉の肩をさする。
「あり得ないよ。理子お前は」
頭がおかしいとしか思えない。
理子は、折れん目を暫く見た後、
「そうね」と呟いた。「でも、あたしは……」
今の理子は脱力しきっている。
「なあ、理子」
俺は一歩踏み出す。
「俺を振ったのは、お前だろ。流石に……」
「うるさいっ!!」
そう言って理子は身を翻し、階段を下りて行った。
マジで訳が分かんねえ。
「なあ、一葉」
「うん」
一葉は俺の顔を見て、呟く。
「まるで子供だね」
あいつの振る舞いはまるで子供だ。
それこそ、親に甘やかされた子供みたいに。
……そう言えば俺はあいつの親に一度も会ったことがない。
付き合っている期間も含めてだ。
親との関係がいびつなのかな、とふと思う。
だからあんな情緒不安定な化け物が生まれたと考えれば筋は通っている。
勿論だからと言って、理子への評価を改めるつもりはない。
しかし、俺と付き合っていた時のあいつが情緒不安定だった記憶なんてものはどこにもない。
一体何が原因なのやら。
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