第87話 接触
その次の日だった。
理子も赤松も学校に登校していた。
理子の表情は無だった。何も考えないように、感情を押し殺している。そんな様子がうかがえた。
これはおそらく、
「かなり深刻だな」
俺は呟いた。
「気にしないで良いよ」
一葉は呟いた。
「気にする方が損だしな」
俺は呟いた。
こんな虚無顔するなら転校でもすればいいのに、と思ったが俺も中々転校という手段はとらなかった。
そう思えば、あいつが今こうしているのも不思議ではないのかもしれない。
赤松はこちらを見ている。
だけど、それに対して答える訳にはいかない。
それにしても、赤松はそこまで被害が生じていないだろう。
「だったら、素直に二人で生きて行けよ」
そう、小さく愚痴を言った。
「だよね」
だけど、今日もこちらに対して何のアプローチもしてこない。
そして、俺たちは昼ご飯を食べに、屋上に言った。
「珍しいな」
「前までこれが普通だったじゃん」
「まあな」
前までずっと屋上でご飯を食べていた。それを想えば、久しぶりではあるが珍しくはない。
「それで、どう? 私の作ったご飯」
「そうだなあ」
今日の朝ごはん基お弁当は一葉が作った。
その中身には美味しそうなご飯がたくさん入っている。
「お弁当作ること自体は久しぶりなんだけどね」
「そうだな」
たまに弁当を食べる事はあったが、それだけだ。
最近では一葉は良くコンビニのサンドイッチを食べていた。
「それにしても美味しいよ」
「ほんと?」
一葉は身を乗り出す。よほどうれしかったようだ。
「本当だよ」
「ほとんど冷凍食品だけどね」
「作ったのは一葉じゃないか。それに、冷凍食品でも、決して手抜きじゃないと思うし、これなんて」
俺はハンバーグを箸でつかむ。
「焼き加減は、自分で決めないといけないしな」
俺がそう言うと、
「そうだね」
一葉は笑った。
その表情は見るからに嬉しそうなものだった。
そして俺がもう一つハンバーグを口に入れ、「美味しい」というと嬉しそうな顔をすると、
一葉はまた嬉しそうな表情を見せた。
その次の瞬間、
空気が固まった。
「なんでいるの?」
そう、彼女は言った。
理子だった。
一気に場が気まずくなるのを感じる。正直もうこの場から離れたいという気持ちもある。
しかし、
理子たちが今いるのは入り口側だ。
勿論、理子を押しのけてここから飛び出してもいい。
けれど、なんとなくそれは憚られた。
僕は、理子の目を真っ直ぐに見る。
「なによ」
「いや、何も」
僕は一葉の手をギュッと握る。
「行こう」
そう言った。ここに居続けるのは互いにとって良くはない。
「待って」
だが、俺たちが立ち去ろうとしたときに、理子が声を出した。
それに対し肩がびくっと上がった。
「なに?」
一葉が不機嫌そうな声を出す。
「あたし、今はもう、売春やってないから」
「ふうん」一葉は興味がなさそうに言った。もし今彼女がもはや体を売っていなかったとしても、俺達には関係がない事だ。
だが、それを言った後にも理子はまだなにか言いたげな表情だった。
だけど、理子の二言目は聞くことは出来なかった。
「気まずかった」
屋上からの脱出を果たした後、俺はそっと息を吐いた。
「なあ、一葉」
「なに?」
「最後に理子は何を言おうとしてたんだろ」
「助けて、とかじゃない?」
「かな」
「まあ、だったらダサいよね」
そう一葉は貶すように言い放った。
俺は、それにおずおずと頷いて見せた。
そして、教室に入ると、
「少しいいか」
そう、声をかけられた。相手は赤松だ。
今日は色々なトラブルが起こる日だ。
昨日は色々あったが、声をかけてくることはなかった。ラインだけだったんだからな。今日の午前中も話かけてこなかった。
だから、アプローチをしてこないと、すっかりと思っていたが、それは違うかったらしい。
直接それを頼もうとしているのだろうか。
俺は小さく首を振った。
「君の求めには答えられない」
応えられるわけが無い。
あんな裏切りをされて、信用しろという方がおかしいだろう。
「おい待てよ」
「それが本性だろ。頼めば助けてくれるって思ってるんだろ。俺は助けてくれなかったのにな」
嫌味を一言。
しかし、本音だ。
助けるどころか、俺を罠にかけた。
のこのこついて行ったところに、俺の甘さもあった。
だけど、どんな理由があろうと、加害者側が擁護される謂れなどない。
「ごめんな」
そして俺は席に戻る。
最後にごめんなんて言うのは、流石に甘いかなと、若干反省した。
ここは、冷たく突っぱねるのが正解だというのに。
俺はまた、息を吐く。
「ただいま」
俺はそう、一葉に言った。
「おかえり」
一葉は言った。
それから二人で、再び弁当の残りを食べていく。
それは相変わらず美味しい物だった。




