第83話 話し合い再び
一葉は浮かない顔をしていた。
今も怖いのだろう。
交渉が失敗するかもという恐怖もあるのかもしれないが、
俺が思うに、失敗したときに俺たちに迷惑をかけるのが嫌なのだろう。
俺はそんなもん気になんてしないのにな、なんて思う。
「一葉、安心して欲しい」一葉の肩を軽くさする。
「何があっても、俺が守るから」
それは俺の意思表明だ。
何が会っても一葉は守り切る。
俺は一葉を失いたくはないのだから。
すると鏡花も、
「安心して、あたしもお兄ちゃんと一緒。一葉ちゃんを守りたい気持ちであふれてるから」
鏡花は言い放った。
そして、一日ぶりの一葉の家に入る。
ちなみに入る前に、例のフランス人は大丈夫なのか、一葉に聞いた。すると、たぶんなんて言う自信のなさげな返事が返ってきた。
自信を持ってくれ、なんて思った。だけど、それを言えば、先ほどの俺に完全にブーメランだ。
それではいけないだろう。
自信を持たなければ。
家に入ると、静かだった。まだ、寝ているのかもしれないとさえ、思えるような静けさだった。
それに、一種の気味悪さを覚える。それこそ、嵐の前兆のようなものだ。
俺は小さな力で自身の頬をはたいた。気合を入れなくてはならない。
そうでないと、この先の交渉が大変なことになってしまう。
「とりあえず、ね」
そう言って一葉は自身の部屋に案内をしてくれた。
昨日と同じ部屋だ。
「まずはゲームしよ」
一葉はそう告げる。
しかし、俺に通用したからと言って鏡花にも通用するかどうかはまた別の話だ。
「逃げないでね」
鏡花はそう言い初と一葉は「はい」と言った。
鏡花が頼もしすぎる。
そしてそのままの流れで、慎重に一葉のお母さんの部屋へと足を運んでいく。
尚もまだ緊張自体している。上手くいかなかったらどうしようとの思いが大きいのだ。
「一葉、俺が必ず守るからな」
その言葉に一葉は小さく頷いた。
「また来たのね」そう、一葉のお母さんが言った。それも心底うざそうな口調で。
「お願いがあります」
俺ははっきりと告げた。
「一葉を解放してあげてください」
俺がそう、はっきりと告げると、
「またそれ?」
うざそうに言われた。
「確かに転校を許した後にまた転校というのは可愛そうかもしれないわね。でも、あの人と決めたことなの。口を挟まないでくれる?」
「一葉をこちらの家に残すという選択肢もあるはずです」
「いやよ、愛する娘を失う訳にはいかないの」
「高校生は大人です」
そう、鏡花が口を開いた。
「バイトだってできます。子離れするにはちょうどいいと死だと思います」
「黙って」
「黙りません。流石に国内ならまだしも、海外というのは子どもの人権を考えてません。自由にしてあげるべきです」
鏡花ははっきりと告げた。
その言葉には確かな強さがあった。
「あたしは何を言われても引き下がるつもりはありません」
鏡花は、一歩足を前に踏み出す。
「一葉ちゃんがあたしたちの家で住むことを許可してくれるまでは」
鏡花は強い。強気な交渉をしている。
一つ言うならば、そこにもう一つ。
養育費を払うという条件を付けくわえるべきだが、まずは家に住むことを許可してもらわない事にはどうもできない。
「最悪強引に引き離してもいいですけど、それはあたしたちも望むところじゃありませんし、一葉ちゃんとあなたには仲のいい関係で居て欲しいですし」
「ふざけないで。私から一葉を奪うの?」
そうあくまでも反抗する一葉のお母さん。明らかにいらいらとしている様子が見て取れる。
というか常に苛々としている。
多分、酒のせいなんだろうな、と思う。空き瓶が置いてある。あれはおそらく昨日に飲んだ酒だ。
あれがまだ残っているのだろう。所謂二日酔いというやつだ。
俺は当然酒なんて飲んだことがない。だからこそ、酒でえられる興奮がどれほどなのかも、失われる思考力がどんなものなのかもわからない。
しかし、
「素面になる時は、一体いつですか?」
「は?」
「今は素面じゃありませんよね」
俺は訊いた。
「セックスしないときかな。いや、そんなの関係ないわ」
逆に酒に酔っている時にやる事をやっているという訳か。
外国人は偏見だが、性欲及びプレイが激しいという印象がある。
酒を飲んでテンションでも挙げているのだろうか。
「母さんから、父さんからの許可は貰いました。最悪俺と一葉とでアルバイトをして生活費を稼ぐつもりです。ですが、それでは満足な暮らしは出来ないでしょう。だから、出来るなら養育費も欲しいです。しかし、高望みなんてしません。あれだったら、素面の時を教えてください。その時じゃないとまともな話し合いが出来ないというのなら、ですが」
「馬鹿にしているの」
おっと、この言葉遣いはあまり良くなかったようだ。
「馬鹿になんてしていません」
俺はそう返した。
すると、鏡花が一歩前に出る。
鏡花の中で言いたいことがあるのだろう。
「あたしは、一葉ちゃんと一緒に居たい。色々と言ってますけど、それだけで十分なんです。それにあたしは、一葉ちゃんに笑って欲しい。フランスに行くことで一葉ちゃんが笑えるならそれでいいんです。だけど、あたしはフランスじゃ一葉ちゃんは笑えないと思うんです。住み慣れた日本に居させてほしいです」
一葉はそうはっきりと言った。
鏡花のその言葉にも力強さがあった。
「今、結論を出してくださらなくてもいいです。兄が言っている通り、素面の状態で考えてくださればいいです。しかし、これだけ見てください」
そして、いよいよ鏡花は母さんの書いた紙を一葉の母さんに手渡した。
その紙には諸々のこれからの話が書いてある。つまるところ、ここから先、一葉が俺たちの家に住むとして、そこからどういうふうな生活になるのか、等の諸々のお話だ。
父さんの約束を守るために、一葉のお母さんには絶対に快く承諾して欲しい所だ。
さらに、
「それとこれも」
一葉が自ら自身の母に差し出した。
それは、一葉自身の書いた文章だ。
家を出る前に一葉が自身の気持ちを纏めるために書いたものだったそれを見て、一葉のお母さんがどう思うのかは分からない。しかし、
「お母さん、これが今のわたしの気持ち」
一葉はそうはっきりと告げたのだった。
結局出直した二回目の話し合いも、十分な結果を得られたかどうかは分からない。
だが、手ごたえ自体はある。
それは準備をして交渉材料を入れたからだろう。
感情論だけでなく、一葉自身の気持ちも手紙で書いたし。何よりも、母さんや父さんの許可を得たという自負がある。それさえあれば十分話し合いとして成立するだろう。




