第76話 対話
そして遊んだあと、
「一葉、そろそろ」
「うん」
一葉は頷いた。ここに何のために来たかと言うと、当然一葉の母親を説得するためだ。
だけど、なぜか一葉の手によってゲームをさせられていらだけ。
本来の目的を思い出した後、俺は一葉と手をつなぎながら一葉のお母さんの元に歩いていく。
記憶は薄いが、過去に一度だけ会ったことはあるはず。それを考えれば何も怖い事はないはず。そう、ちゃんと立ち向かえ、意見も言えるはずだ。
一葉を先頭に恐る恐る歩いていく。一葉の表情は見えないが、恐らくビビっているだろう。
そして、
部屋をノックした。
その時には例のフランス人はいなくなっていた。と同時にゲームで時間を潰していたのはそう言う事なのかと、理解した。
あの、暴れていた二人を相手に説得は通じなかっただろう。
それどころか、入っただけで、激高させてしまう可能性が高かった。
行為が終わるまで待たなければならなかった。
そして、
部屋の中に入る。
そこには高級そうなベッドと本棚、そして簡易的な机があった。
そして、そこにいた一葉のお母さんは化粧が濃く、年齢には見合わぬ若々しさを感じ取れた。
彼女は俺を見た。
そして、じっと睨み始めた。
それを見て、俺はドキドキとする。だけど逃げる訳にはいかない。
今の俺は一葉を失う訳にはいかないのだ。
「話があります」
俺ははっきりとした口調でそう告げた。
その隣で一葉は分かりやすく戸惑いを見せている。
恐怖だ一葉にとっては恐怖そのものなのだろう。
俺は、俺が今一葉にしてやれることは、一葉の不安を回収してやる事。
そして、一葉を日本に、俺の家に入れる説得をするだけだ。
「なにかしら」
「話があります」
俺は再びはっきりとそう告げた。
「一葉を解放してあげてください」
「何を言ってるの?」
「彼女は俺が貰います」
「貰う? それは結婚と言う事かしら」
そう言われた。
「そんなのではありません。だけど、一葉はフランスにはいかせたくはありません」
「ただの我儘ね」
「我儘かもしれませんね。だけど、一葉は行きたがっているようには俺には見えませんでした」
一葉は俺の隣で恐る恐る頷いて見せた。
「ふうん」
そう言って彼女は不気味に笑って見せる。それを見て一葉の肩がびくっと跳ねた。
そして顔を軽く俯かせる。
「この子は私の物よ。一緒にフランスに行くんだから」
「なんでそこにこだわるんですか?」
「家族は一緒に居る物でしょ?」
その言葉に俺は軽く絶句しかけた。
そうか、これがこの人の理屈なのか。
一葉は俺の手をギュッと握る。怖がっているのだろう。
そんな一葉が愛おしいと共に、一葉をこんな気持ちにさせたこの人を許せなく感じてしまう。
この場合、鏡花ならどうするのだろうか。
鏡花ならきっと、彼女なら俺よりも上手く立ち回るだろう。
だけど、ここには鏡花はいない。俺の力で脱さなければならない。
そう、この状況から。
一葉は相変わらず怯えている。一葉に無理はさせたくない、ともなれば俺の力で。
「あなたは一葉を物扱いしていませんか? 何だったら俺は一葉と駆け落ちしても構いませんよ」
俺ははっきりと言い切った。
一葉が俺の顔をじっと見る。
「一葉からはちゃんと、フランスに行きたくない、日本にいたいと言われています。俺は彼女の意思を尊重してやりたい」
「そちらの両親の許可は取っているのかしら」
「許可はまだです。ですが、きっと了承してくれるはずです」
「ふざけないで!!」
叫ばれた。そしてビンタをくらった。
「子供のくせに舐めないで頂戴」
頬がひりひりとする。想像以上にビンタが痛い。
これは、俺に対して牽制したのではない、明らかな敵対心を込めたビンタだ。
一葉は俺の手をギュッと握り、そして唇を噛んだ。
そして一葉は一歩だけ前に出ていく。
「お母さん」一葉ははっきりとした声で告げた。「お母さん、私は日本に居たい」
「こんな事なら、転校を認めなければよかった。こんな反抗的になるにはね」
ため息をついた。
「一葉を、私の娘を返して頂戴」
「嫌です」
俺は言った。
だけど、今日は分が悪いかもしれない。
まだ両親の許可を得ていない。
鏡花の力もない。
俺一人で交渉を成功させるには明らかに力不足だ。
今これ以上一葉の母を説得するのは無理だ。
だけど、今出来る事もある。
「また来ます。次は納得させて見せます」
もう夜も遅い。
対話は後日だ。
だけど、
「一葉」
俺は一葉の手をつないだまま、出る。
「俺たちの家に帰るぞ」
そう、俺ははっきりと言った。
「まだ、交渉が」
「今のあの人と一緒にするのはリスクしかないからな」
そう、リスクしかない。
「明日また、体勢を取り直したいんだ」
「分かった」
一葉は頷いた。
そうして俺は一葉を俺の家へと誘拐した。
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