第五十五話 お泊り準備
そこからの一週間、新たな道は切り開けなかった。危惧していた通り、先生は案の定動いてくれず、問いかけても何とかするからと言う信用の出来ない返事が返ってくるだけだ。
ただ、唯一変わったこともある。
それは、食事の場に桐花ちゃんも加わったという一点だけだ。それは、プラスの要素とマイナスの要素、どちらの方が大きいのだろうか。
ちなみに——これは言うまでもないかもしれないが、一葉は嫌そうにしていた。
なにしろ、まだ理子とは仲良さそうなのだから。
桐花ちゃんには、証拠を提出したことも、それから何の成果も得られていない事は言っていない。
だけど、彼女と話していて唯一わかる事は、今もなお俺と付き合いたいと同時に俺と理子との友情関係(?)を修復したいと思っていることだ。
だけど、そんな未来はこないのにな、なんて思ってしまう。
「ねえ、恭介君」
家でゲームを共にしている時に、一葉が言った。
「田淵さん、うざい」
はっきりと言い切った。その表情を見たら、ほんきでいやがっているようだった。
「それはどういう意味で」
「個人的に」
だけど、その表情からは憤怒の感情がはっきりと見て撮れた。
「なにより……」
「なにより?」
俺が訊くと、彼女は首を横に振って「なんでもない」と言った。
だけど、一葉が嫌そうにしている理由なんて考えなくても分かる。彼女の俺へのアプローチが凄いのだ。
一葉がいる前でもがんがんとイチャイチャしてくる。
もう、理子が差し出した手先という可能性はすっかりと消え去っている。
だけど、俺的にも今の桐花ちゃんは勘弁してほしいと思う。
これがもし性別逆なら、完全なるセクハラ。
だけど俺は、動画をくれた手前、なんとなく強くは言えないでいるのだ。
「一葉が辛い気持ちも分かるよ。だから今は俺を独り占めして欲しい」
「本当にそんな事を言ってもいいの?」
「何だよ」
「えい!」
一葉は勢いよく俺に抱き着きに向かってきた。
「なにすんだよ」
「独り占めして欲しいんでしょ?」
「いやいや、今ゲーム中だから」
俺たち二人はどんどんとNPCたちに追い抜かれて最下位がどんどんと迫ってきている。
「復帰しないと、最下位に奈tぅちゃう」
「それが狙い。だって、このままだったら私は恭介君に勝てちゃうから」
「その代わり、11位になってたら忌ねえだろ」
12人中の11位は実質最下位みたいなもんだ。
「えへへ、それは残念だったなあ、なんて納得しちゃう」
「この悪魔め……」
恐ろしいやつだ。
そして、レースはワンツーフィニッシュに終わった。勿論、下から数えてのワンツーだ。
そんな状況になっても一葉は俺から離れようとしていない。
だけど、俺には一葉を自ら退けようという気はしなかった。
なにしろ、今の状況が俺にとってごこちが良かった。
結局セクハラかどうかは、受け手がどう受け取るかだ。
俺は今一葉の密着を好意的に見てる。
そして、一葉に抱き着かれているこの時間を愛おしいと思っている。だけど、それと同時に思う事もある。
今の俺たちはまるでカップルみたいな行為をしている。
それは果たして……
「なあ、一葉」
「なに?」
「今日俺の家に泊まっていくか?」
その言葉を聞いた途端、一葉は、
「それは、それは、それはどういう意味? まさか、私を襲おうとして?」
明らかに慌てだした。
「いや、そんな深い意味はないんだけど」
流石にその慌てように驚いてしまう。
てか、襲うって。それを言うなら今さっきの状況も俺は襲われていると言われても嘘はないんだけど。
「っ」
一葉は、
制服の裾を直す。そして、ゲーム終了ボタンを触り、
「エッチ」
いや、エッチな事をしたのは一葉だ。
★
一葉はすぐに家に帰宅した。
だけどそれは意味合いが違う。
帰っただけではなく、準備をしに行ったのだ。
そう、俺の家に泊まるための用意を。
その行動の速さには驚いた。
まさに即決と言う言葉がふさわしいのだから。
それにしても、一葉は覚えているのかな。
父さんがいるってことを。
俺の提案に快諾したのも、そのことを忘れていたのではないかと、正直不安なところだ。
……俺がつい欲望に負けて提案してしまったのも事実だ。
つい突発的に言ってしまった。
あの言葉を言った時、俺は深くは考えていなかった。
だけど、
一葉は結局喜んで家を飛び出した。
しかし、実を言うと一葉が俺の家に泊まったのはこれが最初ではない。今までに二度三度泊ったことがあったはずだ。
その時には一葉は俺と一緒には寝なかった。
鏡花と一緒に寝ていたはずだ。
だけどその時、俺はパジャマ姿の一葉の姿に照れていたのは覚えている。
今となった可愛かったな、と思う。
勿論今もかわいい、と俺は思う。
どちらも別の可愛さで。
しかし、俺はなんて浅はかな考えて、一葉を家に誘ったのだろうか。
果たして、全てが終わった後、俺は一葉に対してドキドキを感じずにいられるだろうか。
勿論同じ部屋で眠る訳なんてない。
同じ部屋で寝るのは完全に男女という、異性の関係では危険だ。
それこそ、ラブコメイベントなんて、怒りえないだろう。
だけど、
だけど、なのだ。
くそっ。
抱き着き攻撃だけでもドキドキとしたのに、一葉によるドキドキ攻撃を耐え抜けるのだろうか。
そして、すぐに一葉は戻ってきた。
すぐと言っても、一時間はかかった。だけど、俺の家から一葉の家まで二十分かかるという事を考えれば驚異的な速度で交渉をして見せたようだ。
それにしても、一葉の両親に俺は会ったことはない。もしくは、会ったことはあるが覚えていないだけか。
だけど、どちらにしても俺は、一葉の両親の事は何も知らないのだ。
一葉はそこを俺に話したがらない。
決して話そうとはしてくれないのだ。
そして、今日もその答えは得る事は出来ないだろう。
俺の家にやってきた一葉の姿は制服姿のままだった。
「何で着替えねえんだよ」
俺はもう私服に着替えている。
制服が嫌いなわけではないが、どうしても制服でずっといるのは何となくを感じるのだ。
「JKってブランドなの」
「あ、ああ」
何だ、それ。
「つまり、制服姿こそが、一番可愛い姿なの」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ」
それに、まるで理子みたいなことを言いやがって。
「いいじゃんいいじゃん。ゲームの続きしよ」
「いいけどあと五分でご飯できそうだぞ」
「なら、ラスト一戦。だって誰かさんのせいで、11位になっちゃったから」
「誰のせいだろうな」
「恭介君のせいじゃない?」
そう言ってくすくすと一葉は楽し気に笑った。
「ったく」
俺は言ってゲームを開始させた。
そのレースにおいて、俺は勝利した。
一葉の悔しそうな表情は正直見てて楽しかった。
そして、食卓へと向かう。




