第四十話 父さん
その人物とは、
「俺の父さんに」
タイミング会わず今まで一葉は父さんと会っていない。
最近忙しく、夕食時に帰ってくることも無ければ、朝も早めに会社に出るなどして、中々その機会が無かったのだ。
「今日はチャンスだなと思ってな」
「うーん」
一葉は微妙な顔を俺に見せて来る。若者言葉にするならば、びみょいと言ったところか。
「どうして」
俺がそう訊くと、
「いいイメージが無かったからなあ」
「そう言えばお前、良く怒られてたな」
今となってはいい思い出だが、一葉は俺の父さんに怒られることが多かった。昔から一葉は臆病で、ドジだった。
そのために、家で一緒にご飯を食べる時とか、父さんに怒られるケースが多かったのだ。例えば、味噌汁をこぼしたりとか、味を足そうと思って塩をかけようとしたら、どさっと塩が入ってしまったり。
今の一葉からしたら考えられないドジさだ。
「そんな怖がんなよ」
「怖いよ……」
そんな一葉を見つめる鏡花。
心配そうに見つめている。
「あたしがついてるよ」
鏡花は言った。優しく、それこそ、子どもに語り掛けるように。
一葉は再会後、俺たちを引っ張ると言った感じの役割な事が多かった。だからこそ、珍しいなと、思う。
今鏡花からよしよしされてる状態が。
「それとも、会わずに帰る?」
鏡花はそして、提案をした。
「……帰る」
一葉は小さな、弱々しい声で言った。
どうやら逃走を選ぶようだ。
……父さん一体どんだけ恐れられてるんだよ。
とはいえ、ここは一葉に強引に会わせわけにもいかない。
そこまでして会って欲しい訳ではない。父さんとラインしていると、会いたいなんて雰囲気を醸し出していたから、というだけだ。
父さんには可哀そうだが、俺には一葉の方が大事だ。
「一葉」
俺は彼女の背中を優しく撫でた。
「帰ろう」
一葉は小さく頷いてみせた。
そうなれば後は早い。
すぐに一葉は荷物を纏めて帰る準備をした。
早くしないと家に帰る前に父さんと出会ってしまう。それだけは避けなければならない事だ。
そして、荷物がまとまって、部屋を出ようとした。
—―まさにその瞬間だった
そう、玄関のドアが開く音が小さく聞こえたのだ。
俺は、一葉の顔を見る。ほぼ同時に鏡花も。
「……終わった?」
そんな俺たちの顔を、交互に見回して、
そして、一葉はそう弱々しい言葉を発した。
「終わったな」
俺が言うと、「そんな……」なんて言って泣きつく。
まさに俺にしがみつく。
なんか、ペースが崩れてしまう。
俺の中の(再会後の)一葉像が崩れていく。
「挨拶だけしたらいいじゃねえか」
別にそこまで、それこそ必要以上に心配する必要はないだろう。
勿論そう言われて一葉がそう簡単に割り切れるかどうかは別だが。
「うん」
一葉は弱気な声を出した。
消極的な同意なように思えた。
俺からしてみたら、別に父さんそんな怖いとは思わない。見た目と声は威圧感はあるが、実態は優しい親父だ。
だけど、それは一葉にとっては違うのだろう。
そして、そんな一葉を、「あたしがついてるから元気出して」そう、鏡花が慰めている。
そして、俺たちは下に降りる。そこには父さんの姿があった。
貫禄のある髭に、その目の眼力。
確かに恐ろしいという事も分かる。
勿論一葉が恐れ過ぎではあるが。見た目で言えば確かに父さんは怖い。
見た目だけだが。
一葉は俺の後ろに隠れている。
「どうした」
父さんが不思議そうな顔をする。
「一葉ちゃんも来てるのか?」
「ああ、実はそうなんだ」
俺は言うも、一葉が背中に隠れていたままだ。
「一葉、大丈夫だから」
父さんは見た目も怖いし、怒った時には鬼のようになる。
だけど、今は別に怒っている訳ではない。
恐れる必要なんかないはずだ。
「顔を見せなさい」
その言葉に、一葉はびくっとなる。
一葉は怯えたままだ。
これは収拾がつきそうにない。
「父さん、すまない。一葉が怯えている」
俺は言をけっして言った。
一葉の顔がそれを聞き、また暗いものとなる。
「恐れ、られてたのか」
父さんも、暗い表情になった。
「鏡花」
「うん」
鏡花は頷いた。
鏡花はすぐに父さんの元へと駆け寄った。
「ごめんね」
外に出て暫く歩く。その過程で、一葉は俺に謝って見せた。
「別に構わねえよ。むしろ俺があれでよかったのかな、なんて思ってる」
「大丈夫。それにしても四年たっても、あの人怖い……」
一葉は息をたらしながら言った。
「やっぱ無理だったか」
「うん。無理だった」
そして、一葉は自身の髪の毛を掻き上げた。
「ごめんね」
そしてもう一度誤って見せた。
そのままゆっくりと歩いていく。
「ねえ、恭介君」
一葉がおずおずと言う。
「あの動画聞かせて」
「ああ、そうだったな」
そう言えば聞かせていなかった。
「大した情報は入ってねえかもしれないが」
「大丈夫。最初に言ってたでしょ。恭介君が失敗したって」
「まあな。完全にミスった」
もう少しスマートな方法があったはずだ。だけど、オレにはそれが出来なかった。反省ポイントだ。
そして、ワイヤレスイヤホンを一葉に手渡す、と。
一葉がそれをじっと見る。
「どうしたんだ?」
「有線イヤホンは無いの?」
「今はない」
「ふうん」
そして一葉は、イヤホンを耳に入れる。
そして、動画の再生ボタンを押した。
一葉はその場に立ち止まり、真剣な表情で音声を聞く。
その間、俺はドキドキしっぱなしだ。
俺が失敗したという事は、自分自身で分かっている。あれは完全なやらかしだった。それに関しては決して否定なんてしない。
俺は息を小さく吐いて、素ッてを繰り返す。
そして——
「なるほど」
一葉がそう、呟いた。
その言葉に俺は目を大きく見開き、一葉の目を見る。
「恭介君の行動は間違ってはいないと思う。だけど、呼び出すってことはしない方が良かったね。警戒されると思うから」
「返す言葉はありません」
「でも、音声録音したという事はばれてるけど、完全にはばれてないってことよね」
「えっと……」
「ばれたのは、状況証拠でだけだよね」
ああ、そう言う事か。
「うん」
俺は頷いた。
すると、「なるほど」と一葉は小さくうなずく。
「だったらまだまし。だけど、うん」
「どうした?」
「録音するなら、ストーカーしないと。そこから、証拠を掴んで、録音して、証拠完遂。ここまでしなければ」
「なるほど」
確かに、不意打ちをすればよかったんだ。
警戒させることなく、情報を抜き取ればいい。
「ねえ、恭介君」
「なに?」
「私の力で何とかして見せる」
そう一葉は、力強い声で言ったのだった。
そのまま俺たちは、途中までついて行き、そして別れた。
去っていく一葉の姿を手を振りながら見送ったのだった。
そして、家に買えると。
父さんが分かりやすく落ち込んでいた。
そして鏡花は一葉に対してやっていたように、背中を優しく撫でている。
「大丈夫……か?」
いや、見た目はどう考えても大丈夫そうには見えないんだけど。
「父さん、そんなに嫌われていたか」
悲しそうだ。
まるで小学生のガキのようだ。
「あなたは見た目が怖いのよ」
母さんが確信めいた言葉を発した。
「そう……か」
辞めてあげて、父さんはもうライフがゼロだよ。
とどめさすのやめてくれ。母さん。
「大丈夫だ。俺が一葉の父さんに対する恐怖心を取ってあげるから。とりあえず、子どものころ叱っていたのは父さんが一葉を思うがためだったってことを知らせなくちゃな」
「そう、だな」
父さんは軽く頷く。
「一葉ちゃんに伝言を頼む」
「相分かった」
そして、父さんの言葉を打ち込んでいき、一葉に送った。
勿論これだけで、収まるかどうかは分からない。いや、だめだと思う。
だけど、それで二人の距離が縮まるのなら、縮まる可能性を見せてくれるのなら。
それでいいんだ。




