第37話 昼休み
学校に着き、席に座る。
その時におかしな点に気が付いた。竹下さんがいないのだ。
トイレに行っただけ、という可能性もある。
だけど、俺たちよりも先に店を出た彼女が教室にいないのは奇妙だ。
何しろ、トイレに行っただけにしては彼女の席の周囲が静かすぎるのだ。
一葉と隣同士の席に座りながら、頬杖をつく。
なんか、何も進んでいない感じがする。
俺はこれで正しいのか、疑問に思ってしまう。
勿論一葉と一緒の時間を過ごしただけで楽しい気持ちにはなってくるけれど。
「なあ、一葉」
「なあに?」
一葉は、柔らかな声を発する。
「大した意味はねえけどよ。一回理子と話してみたい」
「危険だよ」
「危険だけど、直接交渉出来ねえのかなって」
ずっと思っている事だ。この前ゲームセンターであった時、俺はつい喧嘩腰に対抗してしまったのだ。
今ではそれは失策であったと自覚している。
あれは色々なことを考えればあまり良くはない行動だったのだ。
勿論あの時は、俺が嵌められる前だ。
だからそれはまさにタラレバという話になってくるのだが。
「話してもいいよ? でもそれは三人きりで話せたら、っていう話だけど」
「それはな」
三人きりじゃなければ、上手くいかない。
周りに邪魔をされる未来が易々とみられるのだ。
そういう問題が募るという事を踏まえなくてはならない、と思った。
俺は小さな伸びをする。そして、桐花さんの方をふと向いた。すると、笑顔で彼女は手を振った。その笑顔は正直眩しい物だった。
それを見て、一葉は少し不満足そうだった。
結局あの後もよくわからないままだ。
一応俺は、二人きりでは会えないとは言った。だけど、俺自身の感情としては別に二人きりであってもいいと考えている。
というよりもオレが彼女——桐花さんまでもが、敵とは思いたくないのだ。
これはわがままであるという事はよくわかっている。分かっているんだけどなあ。
そうしてあっという間にお昼休みとなって行った。
クラスの中の居心地の悪さは今日も相変わらずだった。
勿論それは当たり前の話なのだ。
「で、なんでいるの」
だけど、今日違ったのはそのただ一点。そこに桐花さんがいたという事だ。
一葉はなんでと言いたげに俺の顔を見る。
いや、俺も知らねえよ。俺が呼んだとでも一葉は思っているのだろうが、それは大きな間違いだ。俺は決してここに桐花さんを呼んでいないのだから。
なら、なぜここにいるのか。それを俺は答えられない。
何しろ俺も何がどうなっているのかがわからないのだから。
「えっと」そう、口にしたのは一葉だ。「どうしてここにいるの?」
沈黙を破るように一葉が口を開く。
「別に理子さんは関係ありません。ここには私の意思出来ました」
「私の意思で来ましたなんて言われても」
困り顔で一葉が言う。
「大丈夫です。私はお二人の味方ですから」
「なあ、桐花さん」
「桐花ちゃんでいいですよ」
「俺は君の事をどのくらい信用してもいいんだ?」
そこが分からないところだ。
別に俺は彼女の事を信用したくない訳ではないし、むしろ信用したいと思っている。だけど、信用するにはそれに足る根拠も必要だ。
それがなければ、信用できるわけがなくなるのだ。
「信用してくれなくてもいいですよ。今更信用して欲しいなんて、そんなのお二人にとって認めがたい事だと思っていますから」
ちゃんとそこは弁えているみたいだ。
しかし、また物事が複雑になってくるな。
「君が赤松とは違う理由を教えてくれ」
赤松という、クズ中のクズ。奴は正直許してはならないと思っている。彼のせいで俺は苦しみ、そしてこんなことになっているのだ。
「あのやり方は最低だと思います。私は理子さんの命令じゃなく、彼自身の決意でやったことだと思います。理子さんは喜んでいましたが」
喜んでいた、という点が問題なんだよなあ、と思う。
ただ、この作戦に、この出来事にあの醜悪女が関わっていないわけがない。
桐花さんが嘘をついているのか、それとも桐花さんも知らなかったのか。
その答えは今のところは分からないが、
「じゃあ、俺に君を信用させるべく情報をくれ」
実物が欲しいのだ。
情報をくれれば、信用する材料になるだろう。
「そうですね。情報と行ったら大げさかもしれませんが」
そう言って彼女が持ってきてくれたのは、スマホの画面。そして、それはトーク画面であり、そこには俺の歌う動画の再生ボタンが見える。
なるほど、ここでばらまかれたのか。
「否定はしていないんだな」
酷いなんて言葉は言っていない。勿論それは、桐花さんがという意味だ。
「すみません」
頭を静かに下げた。そういう謝罪をしてほしかったわけではないが。
ただ、そのトーク画面の中で、桐花さんが送信取り消しした後もないし、桐花さんが『恭介君の歌だっさ」みたいな言葉を言っている様子もない。
ラインのトーク画面を見せるというのは個人のプライベートを開示する好意と同意である。それをしてくれるという事は、桐花さんは俺の敵ではないのか?
いや、結論付けるのには早いと思うけれど。
「なあ、理子との個人トーク画面も見てもいいか? 嫌だったら別にいいけど」
「うん。大丈夫」
キリカは頷いて見せた。
そして、そのページ全体を見ていく。
理子とは仲良く会話をしているようだ。だけど、その中で俺に関する話題にはうやむやに答えているようだった。それはつまり、桐花さんは俺に対して酷い、くそ野郎、などという事は思っていないという事なのだろうか。
「なるほどな、十分な証拠だ」
「……理子さん、恭介君と付き合っていた時、楽しそうでしたよ?」
「え?」
どう言う意味だ。
「毎日楽しいって言ってました。途中まで」
「途中まで」
途中までという事はつまり、俺の何かしらの行動によって理子の気が変わってしまったという事か。
一体何のせいなのかは分からないし、それが理子のせいなのかは分からない。でも、あれ?
「嘘告白なんて言ってた気がするけど」
「嘘告白はほんとうみたいですよ。でも、すぐに嘘告白関係なくなったらしいです」
「関係なくなったというのは、俺の事が好きになったからという事?」
「うん」
桐花さんはそう頷いて見せた。
そう言われても、よくわからない。最初からずっと愛着がないと言われるよりはましだ。だけど、だからと言っていいという訳ではない。
「なるほどな」
俺は頷いて見せた。それは一種の俺の強がりみたいなものだ。
強がり、そう強がりだった。
「でもこの証拠を掴んだら、先生に言えるんじゃないか」
「それはだめです」
そう、桐花さんが言った。
「それだと理子さんが苦しんでしまいます」
確かにそう言えばそういう理屈だったな、と思った。
「だから、先生には言うなと」
「うん。ごめんなさい」
彼女は謝って見せた。
彼女は俺と理子が仲直りすることをあくまでも望んでいるのだ。
だけど、そんな未来はまだあるのだろうか。俺は少なくとももう無いように思える。
俺はあくまでもまだ理子の顔は好きだ。あの事件の前までの理子の性格は好きだ。
だけど、俺は
今の理子とやり直すこと等、もはやできようもない。
「まあ、君の気持ちもよく分かったよ。じゃあ、返すね」
そう言って俺はスマホを返す。
一葉はちょっと、とでも言いたげに目を見開く。
「大丈夫だよ」俺は一葉に小さな声で言った。
そう、大丈夫だ。




