第36話 竹下さん
「ねえ」一葉はにっこりと笑いながら、竹下さんに話しかけた。
「奇遇だね」
明るい声色で、言った。ちなみに一葉の声は、携帯越しに聴こえている。
今も一葉と電話でつながっているのだ。
そして、俺にはわかる。あれは作ったような声色。つまり。演技だ。
「ここで何してんの?」
一葉の携帯越しに声が聴こえてくる。僅かながらだ。
「私が何して酔うと、私の勝手でしょ」
ため息交じりに彼女は言った。
「もしかしてストーカー? まじキショ」
「ストーカーじゃないよー」否定するように、手を振る一葉。
「本当にたまたま朝ごはん食べに来ただけなんだから」
「朝から外食なんて金持ちなんだね」
「それを言うならそっちもでしょ」
今一葉の表情がどうなっているかは、見れていない。
だけど、今彼女は無理をしているだろう。
「で、用件は何?」
そう面倒くさそうに言う竹下さん。
「用件はないよ。ただ、暗いなって思って気になっただけ」
「それはあんたには関係ない!」
声が突然にでかくなった。イヤホンをつけて訊いていた俺の耳がきんとなる。
「金輪際話しかけないで」
そして踵を返し、席に戻っていく。
「怖かった」
一葉はラインでそう書いた。
俺の目の前には一葉がとってきたコーラがある。
一葉は軽い涙目だ。まさかあそこまで怒らせるとは思っていなかったのだろう。
一葉は小さくため息をつき、「失敗しちゃったなあ」と嘆く。
ん、てかあれ?
「俺たちドリンクバー頼んでなくね」
ふと気づいた。
「後で頼めばいいんだよ。今頼も」
そう言って一葉は笑う。だけど、元気がなかった。
「そうはいってもなあ」
学校の時間まであと20分もない。元がとれなさそうに思えるのは俺だけだろうか。
そこからは竹下さんに関しては気にしない方針で固まって行った。
考えすぎてもいけない。今はただ一緒にご飯を食べる事を楽しむことにしよう。
一葉の表情も俺と話しているうちに少しずつ明るい物になって行っていた。
それこそ、元の明るい物に。
そして、店を出る。その時にはもう竹下さんはいなかった。
「なあ一葉」
「なに?」
「無茶すんじゃねえぞ」
俺は一言そう言い放った。
「なんで」
「明らかに、無理してたじゃねえか。演技上手かったとしても、俺は騙せねえ。オレのためとはいえ、無茶されるとこちらも困る」
一葉は人間関係で転校をしたと言っていた。単なる俺の憶測にすぎない。しかし、恐らく彼女は無理をしてしまったのではないだろうか。
俺も一葉と一緒にこの一週間以上一緒に楽しく過ごしてきた。だから、分かるだけで、単なるクラスメイトには一葉の先程の笑顔はまぶしい物だと見えたのだろう。
だけど、俺にはどうしても敢えて明るく振る舞っているだけ、のように見えてしまった。
「一葉は無理しなくていいんだぞ」
「するよ。恭介君がこのまま苦しんでるのは見たくないんだもん。まあ、失敗しちゃったんだけどね」
一葉は自嘲的な笑みを浮かべた。
「向こうからしたら俺と一葉は警戒するだろうからな」
「うん」
一葉は頷いた。
俺と一葉は浮気を行ったという事になる。
勿論それは悪質なデマだ。そう考えれば結局一葉とは仲いい関係で居ない方がよかっただろうか。結局他人の振りをした方がよかっただろうか。だけど今そんなことを考えても意味がないだろう。
「ほかに協力者はいないのかなあ」
先生もああは言っていたけど、本音で言えばもう少し言って欲しい所だった。
だけど、先生という立場上、証拠が出そろわないと、理子を糾弾することは難しいのだろう。最近はモンスターペアレンツというのがいる。
半端な証拠で結論を出してしまうと、面倒なことになるのだろう。
「行き詰まりかな」
ともなれば、彼女に、桐花さんに尋ねるしかないのだろうか。
信用できるのかは分からない所なのだが。




