第八十六話 魔王国へ その六
帰り道でユーシンに「まだよく分からない段階ではあるけれど」と前置きした上で、ユーシンの予知の力の危険性について話をした。
少し様子を見ようと思っていたけれど、何より本人の能力なのだから、懸念があるならば早く本人に知らせたほうが良さそうに思えたのだ。
昨晩の雨での「大丈夫」は、あの後、テントの溝をオレが掘ったからなのかも知れないという話をすると、あの時ユーシンには、無事に夜を越して、オレと朝の挨拶をするイメージが浮かんだらしい。
なのでそのまま寝てしまったとのことだった。
一秒よりも先の未来は、見ようと集中しても見えるものではなくて、ふっと分かることがあるもののようだ。
そしてその未来も不変のものではなくて、見るものによっては二重、三重にぶれていたり、鮮明に見えたと思っても、まったく違う結果になることもあるらしい。
「多分未来はさ、ひとつじゃないんだよね」
いつになく真剣な表情で、ユーシンはそんな言葉を呟いていた。
キャンプ地へと戻ると、タープの下で王子が寝転がってノートを眺めていた。
パタパタと足を動かしていて、どこか嬉しそうな感じので、判定ギフトのことで何か成果があったらしい。
「ただいま、何か成果があったの?」と聞くと、ちょっと口を誇らしげに尖らせた後、笑顔で頷いている。
そこでマジックバッグから取り出した二種類のキノコの判定の依頼をした。
王子はキノコを手に取って目の前に持ってきてじっくりと眺め、匂いなんかを嗅いで吟味し始めた。
それからノートを見て暫く考え込んだ後、教えたわけではないのにシャーペンを親指を軸にくるりと回したりしてから、新しいページを開いて判定結果を書き始めた。
それによると、アンズタケは微量の毒性分があるが食用可。美味。クリームシチューやソテーにすると良い。
そして偽アンズタケ、カラハツタケの方は無毒だか美味しくない。食用は推奨せず。となった。
最早「判定」ではなく「鑑定」のような結果である。
そして王子の食用判定のプログラムは正しく機能しているようだ。
「大当たりだね」
ユーシンがそう言うと、王子がにっこりと笑っている。
アンズタケは折角なので、王子お勧めのクリームシチューにしたいところだ。そこで今晩にでも食べることにして、取りあえず収納しておくことになった。
ゲロマズな偽アンズタケの方は、あのゴブリンに食べさせたいところだけれど、こっちは廃棄だ。
それから、朝と同じように王子に人間火炎放射器になって貰い、お湯を沸かして貰って紅茶を淹れて飲んだ。
暖かい紅茶を飲みながら、タープの外を眺める。
雨は小振りにはなってきたけれど、雲が低く黒い。
ユーシンの言う通り、今日は一日雨は確かなようだ。
そんなことを考えていると、辺り一帯の地面に不穏な気配が集まってきて、それが地表から近くに滞留し始めたような気がした。
雨が叩く地面から、今にもゾンビが続続と出現しそうな気配、とでも言ったら良いのか? なんとも落ち着かない。
「なんか、そこら中の地面に怪しい気配があるんだけど……」
オレが二人にそう告げると、二人は辺りを見回しているが、特にそうした気配は感じられないらしい。
「どこ? どの辺が怪しいの?」
ユーシンに聞かれたが、怪しい気配はこの辺全部だ。
「ここはなんかヤバそう。街に戻ったほうが良さそうだよ」
オレがそう言うと二人もその意見に賛成してくれて、急遽キャンプを撤収することになった。
三人で協力して、手早くタープ、そしてテントを畳んでマジックバッグに収納する。
水気を拭き取っている時間も惜しいから、そのまま「収納」だ。
そして忘れ物チェックをした王子からオッケーサインを貰い、街へと帰り始めたところで、いきなり閃光が走って辺りが明るく照らし出され、その直後に「ピキピキピキ、バーン」と凄まじい轟音がした。
思わず身を竦める。
すぐ近くに雷が落ちたらしい。
音のした方を見ると、オレ達から十五メートル程離れた所にある一本の木が、爆発したかのように縦に裂けていた。
幸い火は出ていないけれど、ツンと鼻の奥を刺激するような生臭い臭いがする。
その突然の出来事に王子とユーシンもオレ同様、その場に固まっている。
すると今度は雹がパラパラと降り始めた。
落雷は一回では終わらないだろうから、すぐにも建物の中に避難したいところだけれど森の中だ。
避難するような建物はない。
そして森の中ならば、高いところ、木に落雷する可能性が高いはずだ。
けれど木よりも人間のほうが電気を通しやすい。なので木の傍に居ると、木に落ちた雷が近くに居る人間へと流れることがある。
だから木から四メートルくらい離れて、枝やなんかからも二メートルは離れる。
全員で一塊に集まるのも危険で、各自が枝と同じく二メートル離れる。
そして木の天辺から四十五度以内の場所、低い姿勢で待機、が一応安全になるはずだ。
但し、低い姿勢と言っても、地面を雷が走るから、地面に座ったり寝っ転がるのは危険で、雷鳴から鼓膜を保護するために両手の親指で耳を塞ぎ、残りの指で頭を抱えてつま先立ち、足は揃えてしゃがみ込む「雷しゃがみ」姿勢になる必要がある。
しかし周囲を確認したところ、木の幹から四メートル、枝から二メートル以上離れた場所は見当たらない。
確か電柱の間、電線の下も落雷リスクが低いはずだが、電線もない。
オレが散歩に行った東の方向は、ここと同じく森なので危険だ。
どっちへ逃げれば良いのかと考えていると、王子がオレの肩を叩き、南の方角を指差した。
街へと向かうならば西だけれど、判定ギフトを使った結果なのか、王子は自信ありげな様子だ。
そこでまずはユーシンの片手剣と盾、そしてオレの大太刀をマジックバッグへ仕舞っ後、王子へと頷くと、王子が低い姿勢で先行して走り出し、オレとユーシンがそれに続いた。
王子は身軽に駆けて行き、時折止まっては辺りの様子を探るように見ている。
あれから近くへの落雷はないけれど、雲の中で雷が走り、時折雲が怪しく光っている。
まるで次の落雷場所を探しているようで怖い。
普段は街中で生活をしていたから、その音に驚くことはあっても、怖いと感じたことはなかったけれど、安全な避難場所のない野外で遭遇するとなると、魔物どころではない厄介さだ。
しかし進むにつれて、例の地面の怪しい気配が減ってきているのに気付いた。
「ダイゴ、安全なルートを判定しているの?」
背後からオレが聞くと、王子が親指を立てて軽く振っている。
どうやらそういうことらしい。
そしてオレの感じていた怪しい気配もまた落雷に関係しているようだ。
雷は雲の中に溜まった静電気の放電現象だ。
雲の中で起きるのが雲放電、雲と地上で起きた場合が落雷になる。
本来空気は電気を通さない絶縁体なのだけれど、そこを無理矢理押し通るから、ジグザグに進む。
その時に発生する熱によって空気の振動が起きて、轟くような音、雷鳴が生み出される。
そしてオレが感じた怪しい気配の正体は、ゾンビの出現ではなく、雲の中の電荷に影響されてその下の地面が、プラスかマイナスに帯電した状態のことだったんだろうと思う。
そうして怪しい気配が消えてしまった木立で王子が立ち止まった。
振り返ってオレとユーシンに両手の親指を立てて、にっこりと笑っている。
当座の避難は完了したらしい。
未だに雨はシトシトと降り続いているけれど、もう雷鳴は聞こえないし、辺りの地面に怪しい気配はまったくない。そこでオレが感じたことの説明をしたが、雷の説明が難しい。
物質の最小構成単位は原子と呼ばれるもので、原子にはプラス電気の塊、原子核があってその周りをマイナスの電子が回っているという説明を始めたが、そこからの説明がグダグダになって諦めた。
けれど雷が鳴ったら木から離れるとか「雷しゃがみ」など、知っていることを話した。
ユーシンによると、雷は夏から秋に多くて、この時期の雷は珍しいとのことだ。
「雷は怖いよね。どこに落ちるか分かんないからさ」
流石に落雷は予知出来ないらしいユーシンの言葉に素直に頷く。
「でも、ダイゴはどうすれば良いのか分かってたみたいだよ?」
オレがそう言うと王子が嬉しそうに笑い、オレ達に向かって、したり顔で頷いている。
キノコの件もそうだけれど、王子が判定ギフトを上手に使いこなし始めたことが嬉しい。
そしてオレの気配察知が、様々なものに対応しているらしいと分かった。
それから雨の中、三人で森を抜けてお昼過ぎに街へと帰った。
落雷現象について、地面から雲へと向うものもある。とか、
電気の流れ、電流はプラスからマイナスへと流れる決まりだけれど、実際には外部からの力、刺激によって、原子から飛び出した自由電子が物質の中をプラスへと向かって動く。とか、
いろいろと分かり易く書きたいことはあったのですが、なかなか難しく、断念してしまいました。
出来ればそんなことを加味して改定したいかな? と思っています。




