第八十五話 魔王国へ その五
夜半に雨音で起きる。
テントの屋根、天幕に落ちる雨粒の音がポツポツからテンポを上げて、すぐにザアザアと降り始めた。
本降りだ。
そんな雨音を聞きながら微睡んでいると、
「残念。今日は一日雨だね」
寝言なのか? ユーシンの呟く声が聞こえた。
そうして暫く経った頃、何だか下に敷いていた毛布が冷たいのに気付いた。
手で触ると湿って、否、濡れている。
雨水がテントに侵入したらしい。
床はないけど床上浸水だ。
「ダイゴ、ユーシン、起きて! 雨が侵入してるよ」
オレが叫ぶと二人が起きたが、目覚めたという感じでは無い。
二人とも寝ぼけている感じで、反応が薄い。
しばらくの間を置いてから、
「そう言えば、溝を……掘らなかったもんねー」
ユーシンは今の状況について、当然のこと、みたいな説明を眠そうな声でしているが、大問題だ。
「溝? 溝をどこに掘ればいいの?」
せっつくオレに対して、
「……んーとねー、雨水がね。入らないようにテントの周囲に溝を掘れば良いんだよ。……でもね、大丈夫みたいだよ。朝になったら皆で掘ろうよ」
そう答えると、こてんとまた横になった。
寝てしまったらしい……。
半身を起こした王子も何だかぼおっとしていて、目が開いていない。
しかし雨がテントの中に侵入して地面が濡れていることには気付いたようで、もぞもぞと動いて、ユーシンの上に移動している。
大丈夫の上なら絶対大丈夫ぞうだ。なかなか上手い手だが、オレの乗る余地は無い。
朝まで水浸しは勘弁だ。
「溝を掘ろうよ」
そう言って、ユーシンと王子を揺り動かして起こそうとするが、起きない。二人は睡魔に負けてしまったようだ。
ユーシンが寝言のように「……大丈夫、だよー」と呟いている。
大丈夫だとは思えない。
そこでトラウウェル、移植ゴテとランプをマジックバッグから取り出して、一人テントを出ようとしたところ、凄い雨だ。
そこで新たに購入したポンチョを頭から被って外に出ると、冷たい雨がザアザアと激しく降っている。
風も出てきて時折横殴りの雨が激しく吹き付けてくる。
テントの反対側へと回ると、斜面を川のように水が流れていて、テントは決壊寸前の川っぺりの家のようになっていた。
デカいシャベル、スコップじゃなかった、こっちの世界のショベルが必要な感じだ。
とにかく流れを逸らさないと決壊だ。
このままだとテントごと流されるなんてことになりかねないから、流れを変えるべく溝を掘り、さらにその溝を深くしていく作業を続けた。
雨が降る強さは大分弱くなってきたけれど、川の増水は雨の直後ではなく、時間が経ってから最大水位になるはずなので、休まずに作業を続ける。
そんな作業を終えてテントに戻ると、王子はユーシンの上に避難したまま眠っていて、下になっているユーシンは何だか寝苦しそうにしていた。
オレの突貫作業で水の流入は防げたみたいだけれど、テントの下の地面は濡れたままなので、どうしようかと考える。
嵩上げするものとして、マルタンの端材があったのを思い出して床に敷き詰めていると、王子がもぞもぞと移動してきて、完成した丸太床の上で、猫のように丸くなった。
ユーシンに声を掛けたが、「朝になったらね~」との答えだったので、王子の隣でオレも丸くなって眠った。
* * * * * * *
翌朝目覚めるとまだ雨が降っていた。夜半のようなザアザア降りではなくシトシトと降っている。
オレの掘った溝は上手く機能しているようで、雨水の浸入はない。
ユーシンの予言通り今日は一日雨なのかも知れない。
焚き火をしたいけれど、この雨では無理そうだ。余った枯れ木はマジックバッグに仕舞っておけば良かったと後悔する。
そんなところへ王子が起きた。
湿気のせいなのか、寝癖で髪の毛が凄いことになっている。
王子は寝ぼけ眼でオレを見て、両手で小さな輪を作った。
小鍋の要求らしいので、紅茶セットと共にマジックバッグから取り出して渡すが、魔道コンロは壊れてしまっし、ダコタ式の焚き火穴は水溜まりになってしまったので、残念ながらお湯は作れない。
そこで、その旨王子に話したが、問題ないらしい。
オレの言葉を何度か頷いて聞きつつ、王子は小鍋に水を注いでいる。
そしてあくびをしながら小鍋を左手に持って、右手から炎を出して温めている。
人間火炎放射器だ。
テントの中だし、ちょっと無茶な魔法の使い方のような気がする。
「ダイゴ? それ大丈夫なの? 熱くないの?」
王子はオレの問い掛けに眠そうに頷いている。
そうして三杯のお茶が完成したところでユーシンも起きた。
「おはよ。今日はちょっと寒いね」
そう言って大きなあくびをしている。
「おはよう。風邪とか引いてない? 体調は大丈夫?」
「ん? 大丈夫かな?」
とのことだ。
ユーシンに聞くと、どうも昨日の夜のことは、はっきりと覚えていないらしい。
「そう言えば、そんな夢を見たような気がする。それで大丈夫だったんだよね?」との答えだった。
王子も寝ぼけていたらしく、ユーシンの言葉に同意するように頷いていた。
確かに大丈夫と言えば大丈夫ではあるのだが、その「大丈夫」は、多分オレの奮闘も入っての大丈夫だ。
ユーシンが無意識で使っている未来予知は、当人以外にとっては取り扱い注意なギフトなのかも知れない。
何よりユーシンの為に、早急の検証が必要だろう。
そして王子も、寝ぼけつつ判定ギフトを使っていた可能性がある。そしてそれはユーシンと同様、オレが何とかするという情報込みでの判定だったかも知れない。
こっちも問題ありだ。
無意識に人任せにしてしまうような感じになっているのならば、王子の為にならない。
二人のギフトは強力なものなんだろうけれど、しっかり自分のギフトの能力を把握して使い熟せるようになって貰う必要がある。
とは言っても、こうした考えは憶測に過ぎないから、もう少し観察してからの方が良さそうに思えた。
しかし雨だと出来ることがあまりない。
取りあえずマジックバッグの中にケイトさんが買ったタープがあったのを思い出して、肉饅頭の朝食の後に三人で建てて、マルタンの端材を床にしたのだけれど、その後はやることがない。
この際、街へと戻りたいところだけけれど、王子はノートを掲げて見せた。昨日の続きをやりたいみたいだ。
ユーシンは料理の勉強をしたいとのことだ。
内容をしっかり覚えたいから、興味のあるレシピをノートに書き出してみると言って、やる気満々な様子である。
そこでオレはちょっと散歩に出掛けることにした。
念のために王子から時計を借りて、
「お昼までには戻るから」
二人にそう言って雨の森をゆっくりと歩いた。
雨のほうが却って気配が読みやすいみたいで、一キロくらい先の森の奥にイノシシが居るのが分かる。
エサでも探しているのか、牙で地面を掘っているみたいだ。
鹿も居る。こっちもエサを探して歩き回っているようだ。
まだまだ森の実りはあるけれど、そろそろ本格的な冬だ。
熊は冬眠をするけれど、イノシシや鹿にとっては、なかなか苦労の多い季節になるんだろう。
そんなことを考えながらのんびり歩く。
道に迷うと危険なので、立木に紐を巻き付けて目印にしようと思っていたのだが、一時間程歩いても、背後に王子とユーシンの気配が感じられた。
背中合わせで本を読んでいるのか、二つの気配はすぐ近くで動かないままだ。
ふと落ち葉の間にミカンの皮が、まとめて落ちているのが目についた。
ミカンの木があるのかと思って上を見るが針葉樹で、ミカンは見当たらない。
近づいてよく見ると、ミカンの皮ではなくてキノコらしい。
オレンジ色の傘の部分が波打っていて、少し杏のような甘い匂いがする。
匂いからして食べられそうだけれど、確か良い匂いでも毒キノコというのもあるはずだ。
ここはユーシンに聞いた方が良さそうなので、キノコはそのままにして二人の元へと引き返した。
ユーシンを連れ出してオレが発見したキノコを見せると、「アンズタケ」とのことだ。
食用キノコで、あっさりとした味だけれど美味しく、食べると舌先にピリッと来るらしい。
但し、ちょっとだけ猛毒入りなキノコなので食べ過ぎ注意、とのことだ。
ちょっとだけでも猛毒というのは怖い感じがする。舌先ピリリは毒のせいなんじゃないかと思える。
「ちょっとだけは、ほんのちょっとのちょっとだよ、全然ちょっと」
と、ユーシンは笑っているので、食べても問題のない微量の毒ということらしい。
そしてアンズタケのすぐ近くにあった、色合いが似ているキノコはカラハツタケで、通称は偽アンズタケ。
本物と比較をすると傘がキチンと丸いから、違うと判断出来るけれど、これだけがあって色合いとか大きさ、形なんかで判断してしまうと、間違えてしまうような気がする。
こっちは毒はないけれど、猛烈に辛くてゲロマズらしい。
「毒のように不味いよ」とのことである。
この二つのキノコは王子の判定ギフトに役立ちそうだ。
そこでユーシンと二人で本物のアンズタケと偽物を採集をして、キャンプ地へと戻った。
アンズタケはごく微量の猛毒を含有している為、日本だと毒キノコに分類されていますが、世界ではメジャーな食用キノコです。
カラハツタケは毒キノコに分類されていたのですが、どうも毒キノコではないと判明したようです。が、激辛で不味いらしいです。




