第八十七話 魔王国へ その七
街の冒険者ギルドへ行き、常設依頼となっていたクコの実を納品する。
フユイチゴは結構食べてしまったので、納品はクコの実だけだけれど、お肌に良い薬効成分などが含まれているらしく、依頼先は薬剤師ギルドだった。
少量ながらも銀貨六枚(六千円相当)と結構良い価格での納品だ。
キノコの常設依頼にアンズタケもあったけれど、こっちは納品せず済ませる。
それと雷に遭遇したことを職員の人に話すと、雷避けとして「雷獣のヒゲ」なるお守りアイテムがあると言われた。
さすが異世界だ。
おそらく野外活動では必須のアイテムになるんだろう。
そこで「雷獣のヒゲ」を売っている魔道具店の場所を教えて貰い、屋台で買った肉串を食べながら、皆で魔道具店へと向かった。
街のメインストリートにある魔道具店は小さいながらもショーウィンドーがあって、ちょっと高級そうなお店だった。
扉を開けるとカランコロンとベルが鳴る。
カウンターの奥には三十歳くらいの、ハイカラーのシャツを着て銀縁メガネでビシッとキメた店のご主人が居て、早速声を掛けられた。
そこで雷獣のヒゲを探しているとの話をすると、雷獣のヒゲのお守りは金貨一枚(十万円相当)とかなりお高いアイテムとのことだ。
雷避けの効能は一年続くらしく、春から夏に売れる季節商品とのことだが、この値段だと、駆け出し冒険者は買うことは出来ないように思う。
「あれは在庫があったかなあ?」
お店のご主人は倉庫を確認して来ますと言って奥へと引っ込んだ。
そして十分ほどしてから、
「ありましたよ、ちょうど三つです。いやあ良かったです」と、爽やかな笑顔で戻ってきた。
カードサイズの袋の中に雷獣のヒゲが入っているらしいのだが、袋は縫い付けられていて中身を見ることが出来ない。
なんでも開けてしまうと雷獣の気が一気に放出されてしまい、お守りの効能がなくなってしまうらしい。
三人で金貨三枚(三十万円相当)と高いが、これは買っておいたほうが良さそうだと思っていると、王子が手を上げている。
そこで、「はい、ダイゴ君」と指を差して指名すると、王子はノートを取り出してオレとユーシンに見せてきた。
どうやら買う前に判定してみたいということのようだ。
高価な品物だから、どの位効果が見込めるのか、知っておいて損は無い。
そこで王子に判定して貰うことにした。
王子はお店のご主人を上目遣いに見て、にこりと笑った後、お守りを手にとって裏返して見たり、匂いを嗅いだりしている。
それから少し思案して、ノートにすらすらと判定結果を書き始めた。
判定結果は、ストランド(兄)が製造し販売しようとしているサビ柄のオス猫のヒゲ入りの小袋、無毒だか美味しくない。食用は推奨せず。と、偽アンズタケの判定と似たような結果になった。
雷避けの効果について判定していないのは、ちょっと失敗なのか? 王子が結果を見て顔を顰めているから多分そうなんだろうけど、雷獣ではなく猫のヒゲだからお守りの効果は期待出来ないだろう。
「ストランドさん、雷獣ってネコのことなの?」
ユーシンが真顔で聞いている。
「ネ、ネ、ネコじゃない雷獣、雷獣ですよ」
ストランドさんの顔からはクールな笑顔は消えていて、なんだかちょっと焦り気味だ。
ハンカチを取り出して額の汗を拭っている。
ストランドさんか……、どこかで聞いたことのある名前に思える。
ふと視線を感じて見ると、いつの間にかお店のカウンターの上に、ちょっと太り気味の猫が居た。
黒と暗いオレンジの体毛が斑になったサビ柄の猫だ。
ちょっとふてくされたような憮然とした表情で、隙あらば引っ掻いてやろうとでもいうように黄色い目でストランドさんを見て身構えている。
その顔を見ると口の上に生えているヒゲのバランスが悪い。
ヒゲの片側の先っぽがハサミか何かで切り取られてしまったような感じだ。
サビ猫はオレが見ていることに気付くと、まるで切り取られた右側のヒゲの部分を見せつけるように、ぐいっと左を向いて見せた。
「分かった。このネコちゃんのでしょ!」
ユーシンから鋭い一撃が入った。
「ち、ちがいます。雷獣、雷獣ですよ雷獣、貴重な雷獣のヒゲですよ」
ストランドさんはそう言って抗っているけれど、最早勝負ありだろう。
オレはサビ猫君にマジックバッグから取り出したご褒美のチーズの欠片を与えつつ、
「えーと、ちょっと高いんで、購入するかどうか皆でじっくり相談します」
そう言って、王子とユーシンを促して店を出ようとしたところで、壊れた魔道コンロのことを思い出した。
是非とも修理をお願いしたいところだけれど、どうも信用出来ない店のようだ。
そこで閃いた。まずは王子に判定して貰おう。
そう考えてマジックバッグから魔道コンロを取り出して、カウンターの上にドンと乗せる。
「ダイゴ、これを直したいんだけど、取りあえず判定をお願い出来るかな?」
オレの言葉に王子が頷き、魔導コンロを手にとって裏返して見たり、また匂いを嗅いだりしている。
「そんなことより、お守り、早く買わないと売り切れちゃいますよ」
そう言って揉み手をしているストランドさんに笑顔だけで答える。
王子は少し思案した後、ノートに判定結果を書き出した。
結果は魔導コンロ(故障中)、故障箇所は転倒消火装置。ストランド(兄)が修理可能、修理代金は銀貨三枚(三千円相当)が妥当。無毒だか美味しくない。食用は推奨せず。となった。
どうも王子の作った判定プログラムだと、食べられるものかどうかの判定は絶対につくらしい。
故障箇所は転倒消火装置、ストーブなんかと同じ構造の、底にぴょこっと出っ張りが出ているようなものなんだろうか?
そしてストランドさんが修理出来るようだ。
待機姿勢のストランドさんに、魔導コンロの転倒消火装置が壊れているみたいなので、銀貨三枚で修理して貰えないかと聞いたところ、
「転倒消火装置ですか……滅多なことでは壊れない場所なんですけどね……予算は銀貨三枚……。そうですね、確か部品の在庫があるからそれで出来ますよ」
とのことだ。
作業は五分程度で終わるとのことだったので修理をお願いすると、
「お守り、ちゃんと相談しておいて下さいね」
オレ達にそう言い残して、ストランドさんが奥へと引っ込んだ。
そうして五分、皆で今回の被害者であるサビ猫君を撫でて慰めていると、魔導コンロと壊れた部品を持って、笑顔のストランドさんが作業場から戻ってきた。
二つをカウンターの上にススッと置いて、
「これが壊れていた転倒消火装置です。で、コンロのほうはバッチグーです」
そう言って魔導コンロのスイッチをカチッと捻り、火を付けた。
「転倒消火装置はこう、コンロを傾けると火が消える仕組みです。安全装置ってヤツですね。ついでに火力調節の分解能を上げて、五段階から二百五十六段階にしてみました」
などと話ながら、実演してみせてくれた。
火力調節のダイヤルを回すと、超弱火から強火まで、淀みなく出力が上がるようになった。
修理と改造の腕は確かなようだ。ついでに磨いてくれたのか魔導コンロはピカピカになっている。
そこでお礼を言って修理代金を渡そうとすると、「サービスです。お代は不要です」と爽やかな笑顔で言った後、
「で、相談の結果は出ましたか? 三つで良いですか? 金貨三枚で今ならもう一つ、予備のお守りが付いてきますよ」
ストランドさんのセールストーク、最後の足掻きだ。
そこでオレが厳しい声で言う。
「ええと、これは関係ない話なんですけどね、ネコのヒゲもセンサーなんです。切ったりするのは厳禁ですよ」
オレの言葉にサビ猫君が同意するように、低い声で「ナーゴ」と鳴いた。
ストランドさんはそこで初めてサビ猫君の被害の大きさ、自らの過失に気付いたようだ。
「今日からは朝晩二回のブラッシングを一日五回にします」とか「今日から一週間はおやつはチーズですよ」などと、謝りつつ懐柔し始めた。
サビ猫君はご不満なようで、低い声で短く「ナー」と鳴いている。
どうやらネコ好きで、基本的には良い人らしい。
そんなやり取りを聞きつつ小声で修理のお礼を言って、店を後にした。
その後荒物屋へ行き、斧とノコギリを見せて貰った。
ユーシンは店で一番大きな巨大斧をひょいと持って、「手斧はこれが良さそうだよ」などと言って目を輝かせている。
王子は刃の部分が一メートル、両端に柄が付いていて二人で使うような形の、これまた大型のノコギリが一押しらしい。
確かに二人で押したり引いたりして木を切るのは楽しそうだけれど、二人とも大袈裟過ぎる。
「ダイゴ、ユーシン、木こりに転職するわけじゃないからね?」
オレがそう注意すると、
「でも、大は小を兼ねるんだよ?」
ユーシンの言葉に王子も「まったくだ」とでも言いたそうに頷いている。
確かにお金はあるから買えないことはないし、マジックバッグで持ち運びの問題もないけれど、森の中に小屋を建てるわけじゃあない。無駄遣いだろう。
「じゃあ買っても良いけど、持ち運びは各自にお願いするからね」
オレがそう言うと、二人は少し不満そうにしつつも諦めていた。
と、そこでユーシンが王子の耳元にこっそり囁いている。それから二人は笑顔で頷くと、ショベルを手にしてオレを見た。
移植ゴテ、トラウェルだと溝を掘るような土木作業にはちょっと力不足だったと思い出す。
「こっちは大型でオッケーです」
そう言うと、二人は笑顔で頷いている。
ショベルは一本あれば良さそうにも思えるが、あの緊急事態のことを考えると人数分あったほうが良いのかも知れない。
二人に相談すると王子は指で「三」。ユーシンも三本あったほうが良いよ。との意見だったので三本のご購入だ。
結局、手斧は三十センチくらいの小さめのもの。ノコギリは三十センチくらいの、枝などを切るのに適した荒目の刃のものと、二十センチくらいの木工細工用の細目の刃の二本。
そして斧とユーシンの片手剣の手入れのための荒砥と中砥、直角に曲がった金属製の定規、差し金。
さらにノコギリの手入れの為のブラシと錆止めのための油を購入した。
全部で大銀貨九枚(九万円相当)と高額になってしまったけれど、おまけとして木工用のヤスリ、銀貨五枚を貰えたのが嬉しい。
ついでにノコギリが研げるかお店の人に聞いたところ、ノコギリは研ぐのではなく、目立てをするものらしい。
そもそもノコギリの刃は単にギザギザになっているのではなくて、ギザギザの刃の一枚一枚が右、左の順番でわずかに横に飛び出た「あさり」というものがあって、ノコギリの刃が切る材料に食い込んでしまうのを防ぐようになっているらしい。
その調整もあるので、研ぐ技術があっても、素人には難しいとのことだ。
そんな話を聞かせて貰った後、お店を出て裏通りでマジックバッグに収納し、次の店、武器店へと向かった。
ご近所さんのサビ柄の猫をモデルにしてみました。




