第四十八話 新しいダンジョンその六
そんな感じでダンジョンを探索し、九階層の地図の空白を埋めながら、上位ゴブリンと何度か戦った。
不意打ちが出来れば、なんということもない相手なのだが、片手剣ゴブリンや槍ゴブリンは普通の棍棒ゴブリンと同じような体付きなのに力が強く、スピードも速い。
なかには単に剣や槍などの武器を持っているだけではなく、武器スキルまであるようなゴブリンも居て、そうしたゴブリンは棍棒ゴブリンのように、武器を闇雲に振り回すようなことはなく、きっちりと構えて、こっちの急所を狙って攻撃してくる。
特に、スキル持ちらしい槍ゴブリンは厄介な相手だ。
短い槍ではあるのだが、突く動作、攻撃のモーションが小さいので、攻撃してくる瞬間の動作、「起こり」が分かりづらいのだ。
そして、その攻撃も刺突を目的とした突く動作となるので速い。剣で切りつけるような線の攻撃ではなくて点の攻撃となり、しかも身長差から、狙いはオレ達の胴体あたりとなるので、オレの木刀やユーシンの片手剣で捌くことが難しい。
ユーシンは盾があるから防御自体は可能なのだが、連続して攻撃されると、防御一辺倒になってしまう。
オレは後ろに下がり続けるくらいしか出来ない。
ケイトさんからは、ただ下がっても槍ゴブリンの攻撃が続くだけだ。ゴブリンの左に回り込め。と言われ、その指示に従うと確かに攻撃の手数は減るのだが、通路は広くないので、常に左というわけにもいかない。
そんな相手と、王子とシニフィエに一対一の状況を作り出して貰いながら、オレとユーシンの実戦訓練のような討伐が行われた。
何度か戦ううちに、ユーシンは盾での防御から相手の隙を見てスラッシュを発動するようになった。
オレは常に正眼に構えることを心懸け、ゴブリンから繰り出される槍を、足さばきを使って姿勢を崩さずに避けて、ゴブリンの左右の面へ斜めに打ち込む。という攻防一致の反撃パターンを何とか熟せるようになった。
しかし、左右に動く必要があるため、学校の授業で教わった――右足が前、左足が後ろとなる――送り足の形ではなく、それを左右に広げた感じになっているし、左に動く時は左足が前になったほうが動きやすいので、そうしているのだが、これが正しいのか? ちょっと不安だ。
そうして、そろそろお昼、という時間になったところで、シニフィエが「前に三匹居るぞ」と教えてくれた。
「三匹とも棍棒だな」ケイトさんが続けて言った。
そこで王子に弓矢で一匹を倒して貰おうと、王子に「一匹お願い」と言うと、ケイトさんから「そろそろ二人で三匹とも戦ってみたほうが良いんじゃないか?」と言われた。しかし、まだちょっと経験不足な感じがする。
なので、ケイトさんに「取りあえず今回は二対二で戦いたい」と言うと、「棍棒ゴブリンだぞ、三匹だろうが五匹だろうが、どうとでもなるだろうに……」と言って、ちょっと面白くなさそうな顔をしている。
オレが王子に頷くと、王子が矢を放った。通路の先で「ぐぎゃっ」と言うゴブリンの断末魔が聞こえたので、オレとユーシンが武器を構えて、残る二匹のゴブリンへと向かった。
それに合わせて王子の魔法、弱い光の球が通路の先に浮かんだ。その明かりの下、棍棒ゴブリンが通路に並ぶように、こっちを向いて立っているのが見えた。
ユーシンに、オレが左側との意味で、自分を指さしてから左側のゴブリンを指さすと頷いて答えてくれたので、二人で走り出す。木刀は左手で掴み、腰のあたりの位置だ。
今回は右にユーシンが居るから、走りながら下段から抜き付けるのは難しそうだ。走る勢いを乗せたまま上段から攻撃しようと思い、打ち込むタイミングを計りつつ走った。
二匹のゴブリンは、棍棒を振り上げてオレ達を待ち構えている。
オレは右足を大きく踏み込んで、上段から木刀の打ち込みをする。ゴブリンは棍棒を横に掲げて、防ごうとしたようだが、オレの体重を乗せた木刀の打撃の威力に押し切られ、ゴブリンの頭部に打突が決まった。致命傷だ。
ユーシンは盾での体当たりをしようとしていたようだが、ゴブリンに躱されてしまった。その背中にゴブリンの棍棒攻撃が入った。革鎧の上からだし、ゴブリンの腰が入っていない攻撃だけれど、鈍い音がした。
ユーシンは前につんのめりながら、数歩よろけて走っている。
ケイトさんから棍棒ゴブリンと聞いていたことで、ちょっと油断していた。
ユーシンは革鎧のお陰もあって、大きな怪我などはしていないようだ。体勢を立て直して、ゴブリンへと向き直っている。
そこでユーシンと対峙したゴブリンが棍棒を中段に構え、竹刀持ちしているのが見えた。
「普通のゴブリンじゃないから注意して!」ユーシンに声を掛けて、慌てて助太刀に走る。
ユーシンは、ゴブリンが盾へと打ち込んでくるのに合わせて、スラッシュで攻撃しようとしたが、ゴブリンの盾への攻撃はフェイクだった。棍棒ゴブリンなのに上位ゴブリン並に速い、ユーシンのスラッシュをさっと横にずれて回避した。
ユーシンはスキル発動で硬直しつつ、なんで? といった感じで棍棒を振り上げているゴブリンを横目で見ている。一秒の硬直はヤバい。オレは走り寄ろうとするが間に合いそうにない。そこでゴブリンに向かって、手にしていた木刀を投げつけたが、その攻撃に気付いたゴブリンが身を屈めて避けた。
ユーシンへの攻撃は防げたけれど、木刀は当たらなかった。と、そこでユーシンの硬直が解けたようだ。ゴブリンに向き直り、盾を前に構えを作った。
木刀を拾いたいところだが、ゴブリンの後ろだ。
オレはゴブリンと対峙するユーシンの左隣に移動した。ユーシンの攻撃のための布石だ。
そしてゴブリンの様子を窺う。
オレは無手だけど、二人対一匹の状況だ。
ユーシンは左手に盾、右手に剣を持っているから、身体を反時計回り、左側へと回す攻撃のほうが、速く攻撃出来るはずだ。
この位置取りならばゴブリンがオレを攻撃しようとした場合、ユーシンは身体を左へと回すワンアクションで、ゴブリンの側面を攻撃出来る。
問題はオレが武器を持っていないことだ。ゴブリンの棍棒攻撃をガントレットで受けるか? 受けるのならば出来るだけゴブリンの近く、棍棒が振り下ろされる前に受けたいけれど、そうするとユーシンがスラッシュを出しづらくなってしまう。
それより何か投げるためのものはないか? と考えて思い出した。渋柿だ。
マジックバッグから、東のダンジョンで収納した渋柿を取り出して、すかさずゴブリンの顔目掛けて投げようとしたのだが、他の渋柿同様、これだってきちんと渋を抜けば、美味しく食べられる食べ物になるはずだ。そう考えて投げる動作を止める。
背に腹は代えられないか? と、もう一度投げようとして、また躊躇った。
そんな挙動不審なオレを見て、オレの手の中にオレンジ色を見つけたゴブリンが警戒している。
そこで投げつける振りをすると、歯を見せて威嚇してきた。当面の敵をオレに切り替えたようだ。
棍棒の先をオレに向けて、中段に構えた姿勢が様になっている。いつものガニ股ではなく、踏み込むための右足が前、後ろに送り足となる左足がある。
ゴブリンなのに、高校の授業で教わったような、きちんとした「正眼の構え」なのが小癪だ。
ふと、この渋柿をおそらくオレ達の後ろに居るはずな、ケイトさんに投げるのが正解のような気がしたが、ゴブリンから目を離せない。
棍棒の先端がオレの左目に向けられていてちょっと怖い。確か中段で相手の左目に切っ先を向けるのは同じ「せいがん」だけど、漢字では「青目」と書くと教えて貰ったように思う。
その構えのせいで、ゴブリンの棍棒は短いはずなのだけれど、はっきりとその長さが把握出来ない。一旦、間合いを外して後ろに下がりたいところだけれど、ユーシンも居るのだ。我慢してじりっと左へとずれて行く。
ユーシンのスラッシュは、さっきはフェイク動作に釣られた攻撃だったから避けられてしまったけれど、今の状況であれば決定打を与えられるはずだ。
オレはゴブリンの意識からユーシンを消すため、渋柿を投げるようなフェイントを入れつつ、じりじりと左方向へと回り込んだ。
ゴブリンが右足を上げて、剣を振りかぶろうとした瞬間にユーシンのスラッシュが発動した。
今回は二メートルくらいの距離、しかもゴブリンの側面だったことから、無事攻撃が成功して、一瞬の後、ゴブリンが消えて、魔石が落ちた。
ケイトさんによる棍棒ゴブリンの傀儡化は前に一度経験しているが、危険過ぎる。ケイトさんに強く抗議しようと振り返ると、ケイトさんが王子に平謝りしていた。
そしてオレとユーシンに、ちょっと悪乗りが過ぎた。申し訳ない。以後は慎む。と謝ってきた。
どうやら王子が先にケイトさんに対して怒ってくれたようだ。
「どういうことなの?」と、戸惑い気味に聞くユーシンに、ケイトさんが棍棒ゴブリンの動きを魔法の糸で作っていたらしいことを説明すると、ユーシンは「えーっ」と言って顔を顰めていたけれど、それから少し考えて、「つまりスラッシュに頼り切って戦うのは危険ってことなんだよね」と呟いていた。
オレもまた反省することが多い。ゴブリンの棍棒を受けるとか、渋柿を投げつける以外にも、ガントレットで殴っても良いし、蹴っても良かったのだ。ユーシンのスラッシュにオレもまた頼ってしまっていたのだ。
ゴブリンの魔石と木刀を回収しつつ、ダンジョンに石ころが落ちていないかと探してみたが、ひとつも落ちていなかった。ダンジョンを出たら、石を拾って入れておこうと思う。
そんなハプニングの後、お昼になった。今日の昼食は肉串とパンの予定だ。
しかしその前に、ちょっとしたアイデアが閃いたので王子とユーシンに相談する。オレの提案を聞いて王子とユーシンは、にやりと笑って賛成してくれた。
そこでオレが二個の渋柿の皮を折りたたみナイフで剥いて、干し柿にするための作業をし、小皿に一切れ切り取って王子に渡すと、王子は指を一本立てて横に振った。そしてその指でオレとユーシンを指さしてから指を二本にした。
二人に迷惑を掛けたのだから、二つ。ということのようだ。
王子は未経験だからだろうけど、渋柿は本当に渋い。躊躇うオレに王子が立てた二本の指を揺らすので、仕方なくもう一切れ切り分けて小皿に乗せた。
王子はにっこりと笑ったまま、それをケイトさんに差し出すと、ケイトさんは何も言わずに受け取って一口にして、それはもう渋そうな顔をしていた。




