第三十九話 ダンジョン都市へ
翌朝、宿でオートミールのような朝食を食べた後に出発した。屋台のおかゆのほうが美味しいと思った。
ジョウンさん曰く、今日は前半が山道で五時間くらい。そのうち登りが三時間くらいあるけれどちょっとキツい。
その後はだらだらとした下り坂が街道との再合流まで続き、ダンジョン都市には夕方到着の予定。とのことである。
ちょっとキツいというのは崖のことだったらしい。
街道を逸れて谷沿いに一時間ばかり山を登って行くと、オレ達の行く手を阻むように、斜度が五十度から六十度くらいありそうな急斜面が見えてきた。
大きな岩が所々に露出している。そして崖の上のほうは岩そのもので、垂直の壁に近いような感じだった。
「山道」と形容するようなものではない。手を使わなければ登れないような、山とか岩である。
サイエンさんの説明では、斜度がキツい所は前傾姿勢になって手足の四点のうち、三点で身体を支え、残りの一点となる手か足を動かしてゆっくりと登っていくとのことだ。
足を滑らさないようにすることが一番大事だが、オレのガントレットは邪魔になるとのことだったので、ユーシンの武器防具などと一緒にマジックバッグに仕舞う。
やはり前を歩く人間の手や足の置き場を確認しつつ登るのが良いとのことで、サイエンさんたちのパーティーメンバーの間に、オレ達を一人ずつ挟む感じで、先頭はジョウンさん、最後尾はケイトさんが担当することになった。
「登っている時は下を見ないようにね」ベルさんが、腰の引けているオレ達にアドバイスをくれた。
ケイトさんが「落ちても糸があるからな。全員まとめて落ちても大丈夫だぞ」と言って、手をわしゃわしゃさせていたのが頼もしく思える。
オウルさんからロープを受け取って、バックパックに括り付けたジョウンさんの二、三メートルくらい後をついて登った。
岩はざらざらで、つるっと滑ることはなさそうなので安心しつつ、出っ張っている岩を掴んだり、時に横に移動したり、露出している木の根っ子を掴んだりしながら、バランスをしっかりと取り、少しずつゆっくり慎重に登って行った。
三十分ほど登ると、踊り場のような場所があって、そこで小休止となった。
ちょっとキツいという話だったけれど、かなりキツい。
そしてこの踊り場から先は、見上げるような崖だった。
思わず口を開けてそんな崖を見上げていると、ここからはコイツを使うと、いつの間にか鎧その他装備を脱いでロープを襷掛けにしたジョウンさんが、そのロープを指差しながら言った。
「それじゃあちょっと確保してくる」ジョウンさんがサイエンさん達に言い置いて、するするとトカゲのように岩を登って行った。
テレビで見たロッククライミングのようだけど、安全を確保するためのロープはない。
最後の十メートルくらいは垂直に近い壁のように見えたけれど、ジョウンさんは両手両足を上手く使った三点支持でぐんぐんと登って行く。
途中、ジョウンさんが一旦立ち止まったと思ったら、そこから身体を振って勢いを付けて飛び上がって大きな岩を掴んだりと、見ているだけでも手に汗を握った。
そんなジョウンさんの姿が視界から消えて、五分程経ってから、
「ロープ落とすぞー」との声が上からあった。
どうやら無事に崖の上まで行けたようだ。
オウルさんが、皆を見てから「ロープ落としていいぞー」と大声で答えた後、崖の上からロープが解けながら落ちてきた。
サイエンさんがロープを掴み「ここからは一人ずつだ。魔法付与したロープだから、切れるようなことはないが、まずはオウルだな」そう言ってオウルさんにロープを渡した。
オウルさんが「それじゃあお先に」と言ってから、ジョウンさんのバックパックまで肩に担いで登り始め、ぐいぐいと力強くロープを手繰って登って行った。
そして「登り切ったぞー」と声がある。
次はユーシンの番だ。ユーシンも時間は掛かったけれど危なげなく登り切り、ベルさんが続いた。
その後、オレがロープを手繰りながら岩を登り、途中にあった座布団くらいの広さの場所で一息ついていると、王子とケイトさんが、空中浮遊でもしているかのように、オレの横をするすると上昇して行く。
「え?」と思い二度見すると、王子が笑いながら小さく手を振っていたので、思わず手を振り返す。
ケイトさんがにやりと笑って、そのまま追い越された。
そのケイトさんの頭の上にはシニフィエが居て、やっぱりオレを見ているんだけど、「こいつ、わざわざ何やってんだ?」みたいな顔をしているように見える。
飛行魔法とか浮遊魔法ではなくて、ケイトさんの傀儡魔法の魔法の糸なんだろうけど、その不思議すぎる光景は何か納得出来ない。頭を捻りながら後半も登り切った。
登りきった後、落ちても魔法の糸でサポートするから大丈夫と言っていたケイトさんが下に居なかったことに気付き、ぶるりと来た。
そこで文句の一つでも言ってやろうと先に登ったケイトさんを探すと、ケイトさんはオウルさんたちに傀儡魔法の実演をしているようで、地上から二メートルくらい空中に居る。
そしてオレを見て、「今日はへっぴりと言う程ではなかったな」と言って笑っていた。
オレが「登り切ったぞー」と下に居るサイエンさんに声を掛けて、最後にサイエンさんが苦笑しながら登って来た。
そして崖の上で、お昼にするか? と言う話になり、今日は野菜饅頭と肉串を御馳走になった。野菜饅頭を食べながら、「一日経っても温かいのは凄いよな」とオウルさんが呟いていた。
そう言えば、下りの場合は上に結び目があるロープをどうやって回収するのか疑問に思ってオウルさんに聞くと、ロープを立木などの確保点に掛け回して、二本のロープを持って下降するとのことだ。
そして最後の人間が降りた後にロープの一本を引っ張って回収する。
「但し、それで下降出来る距離はロープの長さの半分以下になるから、下降地点の地面までロープが到達していること、その場所が足場として安全なのかを絶対に確認する必要がある。
その確認を怠ると、降下中にロープが突然なくなる。なんてことになりかねないからな」とのことだった。
見晴らしの良い崖の上で食事をして、ちょっと休憩を取った後、山のなだらかな斜面を皆で下った。後はだらだらと二時間ばかり下れば街道と合流するとのことだ。
一応斥候役としてジョウンさんが先行することになったので、オレもサポート役に立候補して、ジョウンさんの後に続いた。
ジョウンさんはすたすたと歩き、時折止まって辺りの気配を探っている。そして前方を探りながら、こんな話をしてくれた。
「風は普通、昼は谷から山へ、夜は山から谷へと吹く。
昼間の今は谷の方、つまり進行方向からから風が吹いている。これを山風と言うんだ。
夜は山から谷の方へと風か吹く。こっちは谷風だ。二つを合わせた現象としては山谷風って言う」
「その日の天候や、山や谷の形状によってはそうならないこともあるが、空気の温度差によって普通はそうなるもんだ。つまり進行方向が風上だから、オレ達の匂いや音が前方に届いて、魔物なんかに待ち伏せされる危険は少ない状況になるぞ」と教えてくれた。
「つまり日中は山の斜面の空気が暖められて軽くなって上昇するから、谷から山の斜面への空気の流れが起きる。それが谷から吹く風になるんですね」と言うと、
「そうだな、空気も魔素と同じで目にはみえないけれど確かに存在してるものだからな。まあこの辺りにはゴブリンすら出ることはないけどな」
そう言って笑っていたが、その言葉の最中にさっと身を伏せるのでオレもそれに倣った。
ジョウンさんを見ると、口の前に指を一本立てている。音を出すな。と言うことらしいと察して質問を差し控えた。
それからジョウンさんが曲げた小指を口に咥えて、さっき聞こえた鳥の鳴き声をそっくりな音を作り、それを三回繰り返した。
それからオレを誘って、姿勢を低くしたまま、サイエンさんたちの方へと引き返した。
サイエンさんたちも、その場でしゃがんで居た。
ジョウンさんが「ゴブリンが居るみたいだ」とサイエンさんに報告し、「多分三匹、普通のゴブリンのようだった。こっちには気付いていない」と続けた。
オウルさんが「はぐれのゴブリンか、この辺りだと珍しいな」と答える。
サイエンさんが「良い機会だから、ダイゴとハクブン、ユーシンの三人に討伐をお願いするか? 」とオレ達に聞いてきた。
オレが王子とユーシンを見ると、二人はやる気満々らしい。ある意味ゴブリンとの雪辱戦となるユーシンは真顔で頷き、王子は両手で弓を撃つ仕草をして頷いている。
オレがマジックバッグから王子の短弓と矢筒を取りだして渡し、オレとユーシンの武器と防具も取りだした。
そして完全装備となったところで、オレ達三人はジョウンさんの案内で、屈んだ状態で移動し、ゴブリンへと近づいた。
ジョウンさんの指示で止まってしゃがむ。
それからジョウンさんの指さす方向を見ると、二百メートルくらい先の木々の間をゴブリンが歩いているのが確認出来た。前を二匹、もう一匹は五メートルくらい後ろを歩いている。
ジョウンさんが「ゴブリン三匹で間違いないな」と言ってオレ達を見る。
まずは王子の弓矢攻撃が良さそうなんだけど、王子は弓矢を買ってから練習をしていない。シニフィエと協力して発現させる魔法も今のところ初級の魔法だけだ。
オレが回り込んで、ユーシンと二人両側から突っ込んで前の二匹を倒して、王子は短剣で後ろの一匹担当が良さそうなんだけど、どうしたものか? と考えていると、王子が弓の弦をみょんみょんさせてから指を三本立てて、にっこりと笑った。
その肩にはシニフィエが居て、うんうんと頷くような仕草をしている。
「三匹目は弓で倒せるよ」と言うことらしい。
そこで、オレが前の二匹居るゴブリンの側面に回り込み、ユーシンはこのまま前のゴブリンに接近して待機、王子の弓矢で攻撃の後、同時に両側から突っ込もう。と話した。
ジョウンさんも「良し。それで行こう。ハクブンは移動の時、小枝に注意しろ」と言ってくれたので、三人で頷き合い、オレはゴブリンの背後を大きく迂回しての移動を開始した。
姿勢を低くして、小枝なんかに注意しながらゴブリン達の横まで回り込んだところで、そう言えば、オレが待ち伏せ場所に到着した時の合図を決めていなかった。と気付いた。
と、シニフィエがゴブリンの上を飛んでいる。そしてオレのほうを見て、「へっぴり、オッケー」と言っている。酷い合図だが、仕方が無い。
ゴブリン達もシニフィエに気付き、持っていた棍棒を振り上げて、ぐぎゃぐぎゃと騒ぎ始めた。良し、チャンスだ。
そんなゴブリンに王子の弓矢攻撃が襲った。青く輝く矢が、光線のような速さで三匹のゴブリンを射貫いた。
オレとユーシンが襲うはずの前の二匹のゴブリンも、頭を矢で打ち抜かれてばったり倒れてしまっている。
オレは走り始めたところで蹈鞴を踏んでよろめき、ユーシンは走り始めたところでずっこけた。
どうやら王子の指三本は、三番目ではなくて三匹倒すよってことだったらしい。
ユーシンと二人、ゴブリンの傍で待っていると、王子とジョウンさんがやって来た。
ユーシンが、「ダイゴ、独り占めは酷いよー」と言っているけれど、首尾良く倒せたことでほっとしているようだ。
肩にシニフィエを乗せた王子は、ちょっと得意げに、いたずらっ子のように小さく笑っていた。
それからジョウンさんがゴブリン三匹が死んでいることを確認し、これならオークでも致命傷になりそうだな。と感心したように言った後、また指笛を吹いた。今度は六回だ。
サイエンさんたちを待っている間に、ジョウンさんがオレにナイフを差し出して、
「ゴブリンの討伐証明は体内の魔石だけれど、取り出す手間を考えるとお勧めは出来ないぞ。匂いも凄いしな。でもまあ何事も経験だからやってみるか?」
そう言われたのだが、遠慮した。
その後、皆と合流し一時間程歩いて街道に出た。
その道すがら、サイエンさんにダンジョン都市についての話を聞いたところ、ダンジョン都市は東西二箇所にダンジョンがある。
この二つのダンジョンと、それを繋ぐ大通りを中心とした都市で、ダンジョンで魔物を倒した時に出現するドロップアイテムが産業の基盤になっている大陸でも有名なダンジョンで、冒険者が千人近くは居るんじゃないか? とのことだ。
東のダンジョンと西のダンジョンでは出現する魔物の種類が異なり、通常の魔物の他にアンデッドも出現する西のダンジョンはドロップアイテムが少なく、出ても小さめの魔石であることが多いので不人気らしい。
対して東のダンジョンは、出現する魔物はコボルト、上位のゴブリン、オークなどで、金貨や魔石の他に、肉や武器、魔道具などのドロップもあって人気がある。
大手クランによる攻略も進められていて、現在の東のダンジョンの到達階層は七十階層、十階層毎に居るボスモンスターの七番目となるオーガキングの攻略を二つのクランが競い合っているとのことだった。
ちなみにダンジョン内にはワームホールと呼ばれる場所が何カ所かあって、階層を飛び越えて移動することが出来るという話だ。
そんな話を聞いているうちに街道の先に高い城壁が見えてきた。灰白色の二つの高い塔がそびえている。
「おそらく、あの二つの塔が東西のダンジョンだな」
そう言ってサイエンさんがにやりと笑った。




