私がなんとかしなければ
私へのからかいもひと段落した頃、勇者様付きの侍女がポツリと呟いた。
「…勇者様の様子が今日は違いました」
「急に出立が決まったのなら当たり前じゃない?」
誰かが呆れたように口を挟み周りも頷く。
「そうではなく…なんというか、今日でここが最後、という感じで過ごしていたように見えて…」
彼女の言葉に場がシンと静まる。
「魔王さえいなくなればいい」
誰かがボソッと呟き、それに対して誰も反応しなかった。総意、ではないが同じような気持ちなのだろう。
その後は何もなかったかのように、皆はお喋りを再開し笑い合っていた。
私はそこに思い至らなかった事を悔いていた。
魔王を倒すまでではなく、回数が決まっているかもしれないこと、
私以外にも知っている人がいるかもしれないことを。
ーーもしも、また同じ事が起きるのなら止めなければ。私が、止めなければ。
「ユーリ、顔色が悪いけど具合悪いの?」
帰り道、イリヤが私の顔を覗き込む。
「疲れが溜まってるのかな…少し休めば良くなると思う」
「あとは雑用だけだし私がやっておくよ。ユーリは部屋で休んで。」
イリヤは私の持つかごを奪いさっさと歩き出した。私は、ありがとう、とイリヤの背中に声をかけ、自室へ足を向けた。
****
私に出来る事を考えた。
あの背の高い男をなんとかすれば、彼らの死は免れるかもしれない。
私が騒ぎを起こして人を呼び戻せば、彼らは治療を受けられるはず。
私が罰を受けるだけで済む。
****
転移門は巨大な岩で囲まれている。その周りにも大きな岩が乱立しているので、隠れるには都合が良かった。
私は前回より結界に近い岩の陰でその時を待っている。
「魔王城から転移が使われました!!」
「到着はまだだ。神官長に知らせろ!」
陽が落ち、辺りが暗くなって来た頃、突然神官達の声が響く。
私は岩に背中を預けたまま大きく深呼吸をする。まだ神官長様が来ていない。彼らもまだ。
神官達が続々と集まり始めた。
「彼らが戻りましたか」
神官長の声。少し息がきれている。
そこへ結界から数人の神官が走り寄ってきた。
「神官長!失敗です!!」
「勇者様たちは酷い状態です!早く治療を!」
私がそっと様子を見ると、勇者様たちはまだ転移門から外には出されていなかった。
集まった神官達は、騒がずに神官長の一言を待っているようだ。
「私も確認する。少しここで待つように」
神官長は足早に結界の中へと消えた。
私は再び岩に寄りかかり一息つく。
ーーまずは、戻ってきて良かった…
ホッとしたのも束の間、神官長がすぐ結界から出てきて皆の前にまた立つ。
「勇者様達の状態は酷い。これより王都に転送するのでお前たちは全員神殿に戻りなさい」
ーーああ、やはりまた同じ
神殿に戻っていく神官達の流れに逆らうように1人の神官が神官長の元へ来て、神官長に耳打ちし、神官長は深く頷く。
ーーあの男を呼ぶのだわ。
私は背の高い男を思い出し身震いする。
ズルズルと人を引きずる音
小さく聞こえる呻き声
ガチャガチャと装備が外されていく
ここにいる3人の神官は知らない顔だ。
神官長は何の感情もない顔で作業を見下ろしている。
彼らがまた荷物のように積み重ねられた。
私は用意していたナイフの鞘を抜き、柄を握る手に力を入れ、深く息を吸う。
ーー大丈夫。騒ぎを起こすだけ。失敗はない。
ユラリ、と音がするように、男は現れた。
ゆっくりと彼らの方に歩みを進める。
私の隠れている岩を通り過ぎ、今は私に背中を向けている。
ーー今だ!!
私は立ち上がり、男に向かって一歩を踏み出そうとしたところで、身体が動かなくなった。
恐怖で、ではない。何か見えないもので拘束されたように動かない。その間に男は彼らの前に立つ。
「うぅ……」
呻き声が聞こえ、そちらに目を向ける。
賢者様と目が合った。
彼は手のひらを私に向けている。彼が魔術で私の動きを止めたのだろうか
私は目を見開いたまま何もできない。
彼は首を小さく横に振り、優しく笑った。
男は手を上げ火柱が上がる。
前回はここで戻った。でも今回は、戻らない。
ーーもう、戻らない…もう、終わりなんだ
炎に包まれた賢者様が、ゆっくり口を動かした。
ユ ウ リ
声を出さなくてもわかる。
最後に名前を呼び合う事すら叶わず
私はただ涙を流し立ち尽くすしかなかった。




