第3話【最年長の男】
「それでは皆さん……いただきます!」
ミュラの号令に、皆が続いて食事の挨拶を唱える。
今このリビングには七人の人間が集まっていた。多くの料理を乗せた長テーブルを七人が取り囲む。順は端からツヅリ、ケレス、アルカス、対面にミュラ、ニュメル、シグ、ピグだった。列ごとに男女別で並ぶといった感じだ。
今までは皆の仕事の都合でこれほど多くの人数で食卓を囲むことはなかったので、今日は珍しい。
「いただきます! いやぁ腹が減って仕方がなかったんだよねぇ」
と、ケレスが真っ先に食事にありついた。彼も仕事柄、朝から働き詰めなのだろう。
彼を皮切りに皆が食べ始めた。
七人という大人数での食事に、ツヅリは少し戸惑っている。
「しかし……やはりこれだけ人がいるっていうのも……」
「皆で食べるご飯は美味しいですよ、ツヅリ」
地球にいた頃はこれほど多くの人数で食事をすることはなかったので、新鮮だった。そんなツヅリに声をかけたのは正面に座るミュラだ。
「さぁ、食べてください。自信作なんですからね!」
夕食の料理は全てミュラの手作りだ。相変わらずハイスペックな女の子である。
自信満々に料理を振る舞うミュラに、ツヅリの無配慮なほめ言葉が突き刺さる。
「ミュラの料理はいつも美味しいじゃないか」
「そ……そんな急に言われたら照れるんですけど」
「? 本当のことなんだけど……」
「まったくツヅリは女心がわかってないな」
横槍を入れてきたのはツヅリの隣に座るケレスだ。
「もう。ケレスは黙って食べてください!」
「なんだよミュラちゃん、俺には冷たいなぁ」
「知りません!」
「はいはい」
にやにやしながらケレスは食事を続けた。
少しだけ顔を赤くしたミュラは、ふとツヅリと目が合ってしまう。
「あっ……」
「…………?」
ツヅリは何かあるのかと首を傾けてじっとミュラを見つめた。
余計に照れてしまったミュラ。目を逸らそうにも、逸らすに逸らせなかったので困ってしまう。
すると、彼女の隣に座るニュメルがぽんぽんとミュラの肩を叩く。
「……ソース、とって」
「あ、はい、ごめんなさいニュメル姉」
「……むぅ」
「? どうしました?」
「なんでもない。ありがと」
ニュメルは少しだけ頬を膨らませている。
その顔に反応したのは彼女の隣に座る双子、シグとピグだ。
「おやおや、ニュメル姉」
「ミュラとツヅリ君の視線のやり取りに嫉妬しちゃったかなぁ?」
「ふぇ……そ、そんなんじゃ……」
ケレス同様ににやけづらの二人がニュメルにちょっかいをかける。
しかしそれはニュメルだけでなく、ミュラの頬も紅く染めた。
「し、視線のやり取りなんかしてません!」
相変わらずケレス、シグ、ピグはにやにやしっぱなしだ。
疎いツヅリはなんだかよく分からずに、一人食事を進めていた。
「……若いな」
端の席でロムルスが呟いた。
なんだか退屈そうだ。
「ん。誰か来たようだな」
ロムルスがそう察したところで、玄関の方から男の大きな声が聞こえた。
「ただいま!」
「ミュラ、俺が出よう」
席を立ち来客者を迎えに行こうとしたミュラを、ロムルスが止めた。
彼はそのまま玄関へと向かい、一人の男を出迎えた。
「お帰り。アルカスさん」
「おうただいま、ロムルス。まったく久しぶりの帰宅だというのに出迎えはお前だけか」
「食事中なんだ」
と、大柄な男―――アルカスは家の中に入っていく。
皆のいるリビングに入ると、一斉にお帰りの挨拶が飛び交った。
「お帰りなさい、アルカスさん!」
「おおミュラちゃん、相変わらず可愛いね」
「おやおや、早速ナンパですかな?」
「ミュラも罪に置けないねぇ」
「シグピグも元気そうだな」
「……お帰り、なさい」
「ニュメルか。いい加減、職は見つけたのか?」
「……まだ」
そこでアルカスは端の席に知らない男が座っているのを見る。
「そちらは……?」
「あ、あ……はい、実は……」
ツヅリもアルカスとは初対面だ。ミュラは、シグとピグの魔法によってツヅリが召喚された経緯を詳しく、事細かに説明した。
「ほう……つまりは新しい住居人ということか」
アルカスはそう言ってじっとツヅリの顔を見つめる。
これ程の体格差があると、少し目を合わせるだけでかなり圧となる。
「よろしくなツヅリ。俺はアルカスだ」
「は、はい。こちらこそ、お世話になります」
彼こそがこの家で最年長(三十二歳)の男、アルカス。最年長ということもあり皆のリーダー的存在となっている。筋骨隆々の見ための通り彼の職は武闘家。ロムルスやツヅリのように剣を使ったり、ミュラやシグ、ピグのように魔法を使うことはできないが、これまでその拳で様々な危険生物を討ってきた。
「しかし……召喚術、か……」
アルカスは腕を組みしばらく考え込む。
「アルカスさん、ご飯は食べたんですか?」
「ああ、食べてきたよ」
「それではコーヒーを淹れますね」
「すまない」
ミュラはキッチンへと向かい、アルカスの好きなコーヒーを準備する。
すると彼の視線は再びツヅリへと向く。
「ミュラちゃん、コーヒーはツヅリに、俺の部屋に持ってこさせてくれ」
「え……?」
「俺は少し疲れたからな、部屋に先に戻っているよ」
それだけ言うとアルカスは自室へと向かった。
「……アルカスさんって、どんな人なんだ?」
ツヅリは興味本意でそう質問した。
問いに答えたのはロムルスだ。
「気さくな人だ」
「気さく……ですか」
それでいて彼からは妙な落ち着きが感じられた。最年長としての余裕と落ち着きだろう。
ミュラはすぐにコーヒーを淹れて、カップをツヅリに渡した。
「きっとツヅリとお話がしたいんだと思います。これは頼みますね」
カップはホットコーヒーの温度で熱くなっていた。
アルカスへ届けるコーヒーが冷めないうちに夕食を平らげたツヅリは、アルカスの部屋がある二階へと上がる。
この家は二階建てで、基本的に一階に女子、二階に男子の部屋がそれぞれある。見た目よりも大きい家で、つい先日ツヅリは部屋を与えられたが、二階にはもう一つ空室があるようだ。
二階に上がり、階段から最も近い部屋がケレスの部屋で、奥に行くにつれてツヅリ、ロムルス、アルカスの部屋があり、その奥に空室がある。
湯気が立ち上るコーヒーを持ちながら、奥方にあるアルカスの部屋を目指していく。
「気さくな人、か……」
見た目こそ、ゴツゴツのモリモリ、といった印象だが、話してみるまではどんな人かはわからない。
剣の師であるロムルスの言う通りならば、人間的な問題はないはずである。少なくともこの家の最年長なはずなので、それなりに落ち着きが感じられた。
ツヅリはアルカスの部屋の前に立ち、左手で二回、扉を叩く。
「えっと、アルカスさん、コーヒーを持ってきました、ツヅリです」
「おっともう来たか……って、ぬわああ!」
扉の向こうで、突然、物が床になだれ落ちるような音が聞こえてきた。それに合わせてアルカスの悲鳴が響いた。
「アルカスさん!?」
ツヅリが勢いよく扉を開けると、そこには何とも形容しがたい光景が広がっていて、アルカスの姿は見当たらない。
「え……あ、アルカス、さん……?」
部屋は薄暗く、そして物が多かった。動物の骨やよくわからない形の置物など、ガラクタのようなものばかりがたくさんあった。
床にもガラクタがたくさん転がっていて、その下からアルカスのうめき声が聞こえている。
「た、助けてくれ、ツヅリ……!」
「何やってるんですか……」
「は、はは……」
二人は隣の空室に移動した。
空室と思っていた部屋は、壁一面に書棚が置かれ、びっしりと本が埋まっている。机の上に無駄なものはなく、部屋全体が厳かな雰囲気に包まれている。窓からは、闇夜を照らす月(のような星?)の光が入り込んでいて、落ち着きのある空間を生み出していた。デスクの反対側の壁際には一人用のベッドが置かれていた。
アルカスはデスクのチェアに座り、目くばせをしてツヅリにベッドに腰掛けるように促す。まだ湯気の上るコーヒーを口に含み、そのうまみとコクを、全身に染み渡らせていく。
ツヅリは促されるままベッドに座り、そして彼の一言を待つ。
「んん、やはりミュラちゃんの淹れるコーヒーは最高だな。これだけですぐにアットホームを感じることができる。すごいだろう、彼女は。しっかりしていて、とても立派だ」
「……ええ、僕もそう思います」
改めて彼女の能力を考えると、その凄さを思い知る。容姿端麗、温厚柔和、カフェの経営から一般家事までこなし、加えて、実力者や腕の立つ魔法使いが数多く訪れるこの街でみても屈指の治癒術師。非の打ちどころが見当たらない、完璧な少女といえる。
「ただな、俺の部屋の片づけを手伝ってくれたらいいんだけどな!」
「いやいや……あれは手を出せませんよ……別世界じゃないですか」
少しだけ、意図せずだがほんの少しだけのアイロニーを含んだ『別世界』という言い方を、ツヅリはすぐに反省した。
「はっはっはっ! そういうな! 任務先でもらった貴重な物品だ、どうしても捨てられなくてな」
ツヅリは、アルカスのことを事前情報として少しだけ知っていた。
彼はこの家の最年長(三十二歳)の男で、見た目通りの図体と腕力を活かして武闘家を職としている。ロムルスと同じように、危険生物の討伐依頼で生計を立てている。昔は様々なところを旅して回っていた冒険家だったようだ。
ここ数日で姿が見えなかったのは、昔の冒険仲間との集まりがあったようで、この街を離れていたそうだ。
実は地方の郷土史などに精通していて、少数民族の長や人里離れた村の村長と顔見知りになり、その地に縁のある品物をいただいては持ち帰り、部屋にため込んでいる。
ただ――そこまで顔が広く、熟練の武闘家であるのに、なぜわざわざミュラの家に住み込んでいるのか、そこまでは知らない。
アルカスがこの部屋にツヅリを連れてきたのは、彼の部屋が別世界だから、だけではない。
「……この部屋はな、亡くなったミュラちゃんの父親の部屋なんだ」
「ミュラの、父親……」
彼女の両親の話は聞いたことがない。確かに、この大きな家で人に部屋を与えて暮らしていることに、疑問を抱かないわけではないが、そこになぜ彼女の家族がいないのか考えたことは、実はなかった。
「彼女は幼い頃に両親を亡くしているんだ、二人とも、な」
「両親を、二人とも?」
「ああ事故、でな。唯一、彼女に残された財産はこの家とカフェのみ……彼女がどれだけあのカフェを大切にしているかはもうわかっていると思うが、彼女なりに家族を感じられる場所なのだろう」
彼女が完璧に見えるのには、両親の死が関係している。自立したのではなく、自立せざるを得なかったのだ。両親のいないこの大きな家で暮らすための方法を身に着ける必要があった。
「ただ、まだ幼かったミュラちゃんを一人にすることはできなかった。彼女の両親と友人関係にあった俺が、彼女を支援することにしたんだ」
「……どうしてその話を?」
「まぁな……彼女がこうして家族の世話をして、カフェの経営をしているのが、天涯孤独の身である寂しさを埋め合わせているように思えてな」
この家に住むメンバーのことを、彼は『家族』と言った。
「その傷に、お前が触れないうちに釘を刺しておこうと思ってな。間違ってもミュラちゃんを泣かせるなよ。俺は彼女を守ると、彼女の両親に誓ったんだ」
「…………!」
先ほどまでの高笑いとは裏腹に、真剣な眼差しを向けてくるアルカスに、ツヅリは圧を覚える。
「……はっはっはっ! 安心しろ、お前がそんな奴には見えないし、それに今となっては俺が世話される方になっているしな! いつのまにか賑やかな大家族になってやがるし、何が起こるかわからねえものだな、はっはっはっ!」
アルカスは再び高笑いを見せた。
「お前のことも、な」
どうやら彼の本題はここからのようだ。
「話は先ほど聞いた通りで間違いないな。ツヅリは、シグとピグにより召喚され、そして元の世界に戻ることができない、と」
「……はい」
「なるほどなぁ……」
再びコーヒーを含み、そして腕を組み悩まし気な表情をするアルカス。
「なにか、原因に心当たりがあるんですか?」
「……最近、各地で召喚獣が召喚されたままになるという現象が相次いでいるようだ」
「それって……!」
「いや、だがな、ツヅリ、お前のように人間が召喚されるという現象は初めてだ。前例が一切ない」
「……そうですか……」
召喚術は、別の地点や別の空間にいる生物をその場所に召喚する魔法だ。術者と召喚獣の間には信頼関係が成り立っていて、またそうでなければ召喚は成功しないはずなのだ。
また、召喚するには術者と召喚獣とで魔力の交換が必要となり、そうすることで、磁石のように術者は召喚獣を呼び寄せる。
例外として、稀に優秀な術者はその二つの条件を無視することがある。術者の魔力が引力を持つように、屈強な魔物を無条件で召喚する。魔物はその魔力に魅せられて術者に従うのだ。シグとピグは、その例外の方に当てはまる。
そうであっても、歴史をいくらひっくり返しても人間を召喚する召喚術はない。
「各地で起こっている召喚術の異変と無関係とは思えない、が、シグとピグもいくら優秀だとはいえ、まだまだ幼く未熟だ。君をこのようなところに連れてきてしまった責任は必ず取らせる」
「はい、わかっています」
「……ただこれだけは覚えておいてくれ。この家にいる限り、君もこの家の家族だ。みんなと仲良く、楽しくやっていってくれ」
しきりに『家族』と口にするアルカスが少し気になったが、ツヅリは触れないことにした。ただ、彼の言葉の暖かさは伝わった。
「悪くないですよ。ここでの生活も」
「はっはっはっ! 当然だ! 最高の奴らが揃っているからな!」
ミュラにシグやピグ、ケレスやニュメル、ロムルスにアルカス、そしてツヅリ。
ツヅリはまだ数日、一週間ほどしかこの世界で過ごしていないが、それでもここでの生活を楽しく送っている。
今はそれだけで十分だ。
アルカスは、高笑いをしながら、コーヒーを飲みほした。
召喚獣が召喚されたままになった。人間が召喚された。
二つのありえない現象の原因は、誰も知らない――
「召喚術は、術者と召喚獣同士の魔力の流れ……それを操り脅かすことができる奴は……まさか……」
が、明かされるのは、そう遠くないのかもしれない。
「……まさかな、はっはっ」
アルカスは窓を開けて、闇の中の小さな光に向かい、そう呟いた。




