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第4話【悩める双子】

 水風船という遊びは、この世界にも変わらずある。暑くなってきた日に子供たちが専用の風船に水を入れて投げ合う。明確なルールなどないが、水をかぶることにより身体を冷やすことが目的だ。

 もっとも、そんな目的など小難しいことなど考えずに行う子供たちもいた。

「よーしよーし! それじゃやるよ、ピグ!」

「オッケー! いくよ、シグ!」

 いつも子供たちが遊びに来る広場に、複数の少女が集まっていた。

 その中心にはシグとピグの姿と、彼女らにより描かれた魔法陣がある、

「……盟約に従い! 来たれ我が下僕!!」

「……いでよ! 秘めし力を持つ者よ!!」

 力強く詠唱をすると、見る見るうちに広場が光に包まれ――

「……え?」

「あれ?」

 なかった。



「まったく、水風船の水を出すために召喚術を使うとは何事だ!」

「だ、だから使えなかったんだよー」

「そそ、だから、ね? 怒らないでよ、お父さん」

「誰がお父さんだ! 誰がっ!」

 と、ミュラ家のリビングではアルカスがシグとピグを叱っている最中だった。

 二人は友達を集め水風船の遊びをしようと思い、召喚獣の『ウンディーネ』を呼び出し水を出そうとしたのだが、アルカスは遊びに魔法を使うことを咎めている。

「まあまあ、アルカスさん。そんなに怒らないであげてください」

 部屋に入ってきたのは、アイスココアとコーヒーを持ったミュラだった。

 アルカスにはコーヒー、双子にはアイスココアを与える。

「そもそも召喚術とは召喚獣との信頼関係で成り立つことであって……それを一部の術者は一方的に呼び出すばかりで……」

「だってだってしょーがないじゃん」

「できちゃうんだもんねーシグ」

 彼女達には、自分達が強大な力を持つ召喚魔法使いであるという自覚はない。ただできることを当たり前にやっているだけなのだ。

「……召喚魔法に異変が起きていることを知らないわけではないだろう。原因がわかるまでは魔法の使用は控えてだな……」

「そ、それは……」

「わかってるけどぉ……」

 召喚した魔物は通常、一定時間で元いた場所に戻っていくのだが、ここ最近では召喚獣が戻っていかないという現状が相次いでいる。

「いくら信頼の魔法とはいえ魔物を野放しにするわけにはいかないだろう。それに……お前達はすでにツヅリを召喚してしまった罪がある」

 どういうわけかシグとピグに召喚されてしまったツヅリ。強大な魔力を持つ者に強制召喚されたということになるが、人間を召喚した例は彼女達が初である。そしてそこに、召喚獣が戻らないという現象が重なってしまっている。

「あ、う……はい……」

「わかってる、けど……」

「だってだって、私達だって好きでツヅリ君を呼び出したわけじゃないし!」

「それに本当にいけないことしちゃったって思ってる!」

「けどけど、どうしたらいいかもわかんないし……!」

「こんなの初めてで、もうわけわかんない!」

 だんだんと気が昂って、二人は言い放ちながらリビングを出て行ってしまう。

 アルカスは呼び止めようとしたが、間に合わなかった。

「……アルカスさん、シグもピグも、ツヅリの件に関しては反省しています。それに本当に悩んでいるみたいで……あんまり強く当たらないであげてください」

「ミュラちゃん、しかし……」

「魔法が使えなくなっているのも、ツヅリのことに責任を感じているからだと思います。今、彼女達に必要なのは、心のケアです」

「……そうか。任せてもいいのか?」

「ええ、任せてください!」

 そういってミュラは双子の後を追う。

 テーブルの上にはアルカスのコーヒーと、シグピグが飲まなかったアイスココアが置いてある。

「どんなことがあっても、いつもすぐに飲み干すのにな……」

 アルカスは、熱々のままのコーヒーを飲み込んだ。



 外はかなりの炎天下だった。日の光が街行く人々を暑さに包む。

 シグとピグは郊外の草原に来ている。この草原には一本の大木があり、その根元が二人のお気に入りの場所だった。

 今日も二人は、木の下に座り込んでいる。いつもならばお喋りをするのだが、今日は二人共、そのような気分ではなかった。

「ねえねえ、ピグ」

「なに? シグ」

「私達もう、魔法使えないのかな」

 シグは悲し気な表情でピグを見つめる。

「そんな……」

「ツヅリ君のこともさ、どうすればいいかなんてわからないし。本当はツヅリ君は、私達のこと迷惑がってて、嫌ってるのかも……」

「あ、あ……」

「私達が未熟だから、会った瞬間から迷惑かけて、嫌われて、最悪だよね……」

 二人の目から涙が零れる。涙は流れ、草の上を露のように滑っていく。

「ツヅリ君のこと何も考えずに召喚しちゃって、下僕なんて酷いこと言っちゃって……!」

「もう、どんな顔してツヅリ君に会えばいいのか……」

 双子はツヅリを召喚してしまったことに対して、どうしていいかわからないでいた。

 幼いながらに、責任を背負っている。

「まったく、しかたないですね、シグもピグも」

 木の後ろから、二人の後を追っていたミュラが現れた。

 こっそりと二人の会話を聞いていたようだ。

「みゅ、ミュラ!」

「聞いてたの!?」

「はい、ばっちりと! 私もぜひ、お話にいれてください」

 ミュラのお悩み相談室が始まる。



「それでは今日、相談にきてくださったのはこのお二方! ライトルーンの街で広く知れ渡るのは名声か悪名か……シグとピグのお二人です!」

「…………」

「…………」

 元気のない二人を少しでも励まそうとしてピエロを演じるミュラは、草原の中大きな声で言い放った。

 しかしいつもはお調子者の二人も、今日ばかりはそのような気分ではなかった。

 それでもミュラは同じままのテンションで続ける。

「どうやら元気がないようですねー。きっとお悩みが原因でしょう! では早速、お悩みを打ち明けてみてください!」

「だからだから……」

 シグは悲壮な表情で、ゆっくりと思いを吐き出す。

「私達、魔法が使えなくなっちゃって……こんな私達のことを必要とする人なんていないし……」

「それにツヅリ君を召喚しちゃって、今更だけど申し訳なさとか罪悪感とか、いっぱいで、どうやって顔を合わせればいいんだろうって……」

「……なるほど」

 二人の悩みは二つ。魔法が使えなくなり、職を失いかけていること。もう一つは、ツヅリを召喚してしまったことに責任を感じている、ということだ。

 強大な魔力を持ち、召喚魔法使いとしても屈指の実力を持っていた彼女達の誇りにも似た何かが崩れている。そこにツヅリを召喚してしまったことの罪を覚えてしまい、悪循環を生み出している。と、ミュラは推測していた。

 ミュラは召喚魔法こそ専門ではないが、魔法の知識に関しては優れている。魔法は術者の精神が大きく作用していることを知っている彼女は、今シグとピグが魔法を使えなくなっている現象は、そうしたネガティブな心から来ているのかもしれないと考えている。

 『魔力とは、その者の精神力そのものである』とまで、偉大な賢者は言う。逆に考えれば、普段のシグとピグの何があってもへこたれずに明るく振る舞える精神力が、彼女達を優秀な召喚魔法使いにしているのかもしれない。

「もおおおお。二人らしくないですよ!」

「ミュラ……」

「で、でも」

「どんな顔してたっていいんです。大切なのは、ちゃんと話してみることですよ。ツヅリが一度でも、二人に嫌な顔をしたことがありましたか?」

「それはそれは……」

「……ない、けど」

 ツヅリに二人を迷惑がっている気持ちが全くないわけでないが、しかし彼女達を非難することは決してないということを、ミュラは知っている。

「そっか……そっか、そうだよね」

「……シグ……」

「やっぱりやっぱり、一回ちゃんと謝ろう。ピグ」

「……うん!」

 どんなにお調子者であっても、根は純粋無垢な二人はしっかりと前を向いた。

 彼女らの背中を押したミュラは静かに微笑み佇んでいた。



「ツヅリ君ツヅリ君!」

「あの、ちょっとだけいいかな?」

 日は既に沈み、夕食を終えた一同は皆が自室に戻り、それぞれの時間を過ごしている中、シグとピグはミュラの家二階にあるツヅリの部屋の前に来ていた。

 ツヅリに謝罪をするために、三人だけになれるこのタイミング狙っていたのだ。

「あ、あれあれ? ツヅリ君……?」

「入るよ……?」

 返答は無い。部屋にいるのかどうかを確認するために、シグとピグはそっとドアを開ける。

「はっ、はぁっ……はっ……!」

「わ、わ、わわわ! つ、つ、ツヅリ君!?」

「ななな、何してるの! そんな、そんな……そんな格好で……」

 部屋の中にいる息の荒いツヅリを見て、シグとピグは目を手で覆い隠した。

 きらりと光り流れる汗、ゴツゴツとした男性的な肉体、何度も振られる木のように勇ましい棒――ツヅリは、剣術の素振りの最中だった。

「――あれ、シグとピグじゃないか。どうしたんだ?」

「い、い、いいから、早く服着てよ!」

「もう、変なことしないでよね!」

「な、なんで怒られているんだ……」

 ツヅリは、食後に木剣で素振りをするのが日課だった。すぐに汗だくになってしまうので、上の服を脱いでやるようにしているのだ。

「それで、どうしたんだ?」

 棚から新しいシャツを取り出して着たツヅリは、改めて用件を聞く。

 シグとピグは堂々としている。心の準備はもうできている。初めに言うべき言葉ばかり、二人でずっと確認しあうくらいに。

「ツヅリ君、本当に、ごめんなさい!」

「ごめんなさい!」

 ぺこり。と、二人は深々と頭を下げる。召喚してしまったツヅリに対して。

 しかしその意図は、当事者には伝わってはいない。

「……へ? な、なにがだ……?」

「な、なに言ってるのツヅリ君……」

「私達のせいでこんなことになっているのにさ……」

「こんなこと……? え、何か事件でもあったのか!?」

 露骨に誤魔化している――というわけでもなさそうだ。ツヅリは本当に、何の事だかわかっていない。

 自分が別の世界に召喚されて、嫌な顔一つ見せないどころか、全く気にしている様子がなかった。

「……ピグ」

「うん、シグ」

「ミュラの言った通りだね、ふふん」

「そうだね、あはは!」

「え、な、なんだ……?」

「ツヅリ君はさ、私達のせいでこの世界にやってきたじゃん」

「だから、それを謝りに来たの」

「えっと……そんなことか? だったら全然気にしていないよ」

 ツヅリにとって召喚されてしまったことは仕方のないことでしかない。仕方のないことでクヨクヨする気もない。

「むしろロムルスさんに剣の手ほどきをしてもらえるのは向こうじゃできなかったことだ。それにミュラの店の手伝いをするまでバイトすらしたこともなかったからいい経験になっているよ。それに……」

「それに、それに?」

「ツヅリ君?」

「召喚魔法は術者と召喚獣の信頼の魔法なんだろ? 僕と二人の間には信頼が成り立っているってことさ!」

 笑みを含んだ顔で、ツヅリは言った。

 突然この世界に召喚されて戸惑っていた彼だが、どういうわけかシグとピグのことを嫌いになれないでいた。むしろ好意に似た気持ちすらあった。そこには確かに、術者と召喚獣の信頼関係がある。

「つ……ツヅリ君……!」

「ツヅリ君!」

「好き、好き!」

「私も!」

「う、うわ! 汗かいてるから、飛びつかないでくれ……!」

 ツヅリの気持ちが嬉しくて、思わず二人はツヅリに飛びついた。それとなく拒むツヅリだが、拒否しきれずにされるがままだが、悪い気はしなかった。

「そういえば、ツヅリ君このあとシャワー浴びるんだよね?」

「そうだな、汗かいたまま寝るのは気持ち悪いし」

「それじゃあそれじゃあ、私達に任せてよ! いくよ、ピグ!」

「うん! シグ!」

「え、あ、ちょっと待って、ここで魔法は……!」

 シグとピグの周囲に青色の粒子が舞う。輝きを放つ粒子は少しずつ形を持ち始める。

「共に血を交わし、盟約を契りし我が伴侶……!」

「今ここに、優雅なる水の輝きを示せ!」

「「いでよ! ウンディーネ!!」」

 形を持った粒子は、水を司る精霊『ウンディーネ』に姿を変える。

 皮膚が水のように透き通り、女性的なウンディーネは、わずかに笑みをこぼして、そしてツヅリの真上から大量の水を降らせる。

 ツヅリはびしょ濡れになり、部屋は水浸しとなり、まるで洪水したようになっている。

「あ、あ、やりすぎちゃった!」

「キャンセル! キャンセル! ウンディーネ!」

 大量の水を放出したウンディーネは恍惚の表情を浮かべて姿を消した。

「…………」

「ツヅリ君、平気!?」

「ご、ごめん!」

「ちょ、ちょっと何事ですか! つ、ツヅリ! それにシグとピグも……!」

「みゅ、ミュラ……タオルを……」

 騒ぎに駆けつけてきたのはミュラだ。

「も、もしかして……魔法、使えたんですか……?」

「あ」

「あ!」

「使えた! 使えたよピグ!」

「やった、やった!」

 手を合わせて飛んで喜ぶシグとピグ。

 その二人の様子を見ている、ツヅリは怒れないでいる

「……よかった」

「ミュラ」

「ごめんなさいツヅリ、すぐにタオル持ってきますね。それと……シグ、ピグ」

 すぐに事態を察したシグとピグは、恐る恐るミュラの顔を見る。

 彼女の表情はいつもよりも晴れ晴れとしていて、この世のものとは思えないほどの笑顔で、恐怖すら覚えるほどの雰囲気が漂っていて、双子を震え上がらせるには十分だ。

「ちゃんと、後始末してくださいね?」

「は、はいいい! すぐ、すぐに!」

「ごめんなさいいいい!」

 普通ならば魔法陣なしの召喚魔法は成功しないのだが、それをいとも簡単に成功させる双子の召喚術師。各地で起きている召喚獣が召喚されたままになるという不可解な現象すら無視して発動させる、それほどまでに強大な力を持っている。

 だが彼女達もまだ思春期真っ只中の幼い少女である。一つ一つの失敗で成長していく。

「シグとピグは、今日も元気だな……」

 びちょびちょのツヅリは、そっと呟いた。


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