第2話【お手伝い】
「ん……」
窓から陽の光が差し込む。小鳥にさえずりに気づき、ツヅリは目を覚ます。
ミュラから与えられた小さな部屋。ここがツヅリの部屋だった。ベッドやデスクなど必要最低限の家具は置かれているので不自由はしない。
「あー……そっか。ここって異世界なんだ……」
しみじみと、自分のいる場所を再確認するツヅリ。
身体を起こし、ツヅリは寝巻きから着替える。
今日もカフェの手伝いがあるため、ツヅリは急いで支度を済ませていく。
「お、起きたなツヅリ」
リビングで出かける準備をしていたのは一人の男だった。ツヅリと同年代だろうか。
ツヅリの茶髪とは違い、彼は緑色のかった綺麗な髪を持っていた。
「おはよう、えっと……ケレス」
男の名はケレス。彼もまたミュラの家に住み込む一人だ。
彼の職業は商人で毎日商店街や別の街に商売をしに行っている。そのため彼はいつも出かけるのが早い。ツヅリがリビングに来る頃には既に出かけている、ということがほとんどだった。
そのためこうして朝リビングでケレスと会うことは珍しい。
「今日も仕事なのか?」
「まぁな。今日はライトルーンで売り込みだから、ゆっくりできるぜ。と言ってももう時間だ。それじゃあな」
ケレスはすぐに出て行ってしまう。ツヅリと歳はさほど変わらないのに、ミュラといいケレスといい仕事熱心である。
と、ツヅリが心の中で思っていると、ちょうどミュラがリビングへと入ってきた。
「あ、おはようございますツヅリ!」
「おはようミュラ。他の人達は?」
「シグとピグは昨日からお友達のところに泊まりに行ったみたいです。ロムルスさんは依頼の危険種退治のため早くから遠征、ケレスは今出ていきました」
シグとピグはともかく皆仕事に行ったようだ。おそらくミュラも店の準備をしていたのだろう。
「となると後は……」
「ニュメル姉ですね……そろそろ起きてくると思うんですけど」
ミュラの予想は当たり、リビングのドアが開かれ一人の女性が入ってきた。
「んんん……おはよう……ミュラちゃん……」
紫のかったぼさぼさのロングヘアで寝巻きのままリビングに入ってくる一人の女性。
彼女は目をこすりながら、ぼやけた視界でミュラの姿を探した。
「おはようございます、ニュメル姉」
「ミュラちゃんおはよ……朝ごはんは……?」
「もう出来てますよ! ツヅリも、一緒に食べちゃいましょう」
「へ? ツヅリ君……?」
ツヅリの存在に気付かなかった女性―――ニュメルは、ミュラの言葉でようやくそこにツヅリがいることを認識した。
ニュメルはとっさにミュラの後ろに隠れて、ミュラの肩から顔を覗かせる。こうして二人を並べて見るとミュラよりも、ニュメルの方が小柄だ。おそらく彼女達で半頭身分の差はあるだろう。
「もうニュメル姉ったら……そんなにツヅリが怖いんですか?」
「ち、違う……ただ、男の子は苦手なの」
ニュメルは男に対して過敏に緊張してしまう。ロムルスやケレスのように慣れている男ならこのようにはならないが、ツヅリはまだ日が浅い。異性でないにしろ彼女は人見知りが激しく、コミュニケーションを得意とはしない。心を開くにはそれなりの時間を要する。
「さあさあ。座ってください、朝ごはんですよ」
ミュラに促されるまま席に着くツヅリとニュメル。これは先日ロムルスとの稽古後にツヅリ達がミュラのハーブティーを飲んでいたのと同じ席だ。
テーブルには、ミュラがツヅリと共に買い出しに行った時に買った魚が料理されたものがあった。ツヅリとニュメルのふたり分のみ置かれているので、ミュラは既に朝ごはんは摂ったのだろう。
「いただきます」
「……いただき……ます」
ツヅリが両手を合わせて唱えると、ニュメルが続いてかたことに呟いた。
ご飯を食べ始める二人のもとへ、ミュラがハーブティーと、ジュースを持ってくる。
「はい、二人とも」
「ありがとう、ミュラ」
「ミュラちゃんの作るフルーツジュース、大好き……」
朝からミュラがこしらえていたフルーツジュース。この材料であるフルーツは、ツヅリがミュラと商店街に買い物に行った時、最初に立ち寄った青果店で購入したものだろう。
ニュメルが、フルーツジュースが好物なのを知り買っておいたのだろう。気の利く少女である。
二人に飲みものを提供したミュラは、ツヅリの隣、同時にニュメルの正面の席に座り、ニュメルに一つ質問をする。
「ニュメル姉! 今日は予定あるんですか?」
「魔法の練習、あとはだらだら」
この家に住む者はみんな何かしらの職業を持つ。ロムルスは剣士、ケレスは商人、シグとピグも二人で召喚術師、ミュラに至っては治癒術士とカフェの経営者、二つの顔を持つ。
だがニュメルは、はっきり言って無職だった。そのため日々、独学ながら魔法の練習を行っている。魔法使いになり戦えるようになれば、ロムルスのように魔物を倒す依頼が来てそれを職とすることができる。
現在この家に住む者のうち、無職なのはツヅリとニュメルの二人のみである。生粋の問題児であるシグとピグですら、ごく稀に依頼がやって来る。召喚術師としての実力は本物だ。
ニュメルよりも歳下のミュラやシグ、ピグが仕事をこなすのに、自分も怠けていられないと練習に励む彼女だが、魔法の道は厳しい。
「だったら今日はお店の方を手伝ってくれませんか? ツヅリと一緒に!」
「まったく……なんで私が……」
文句を言いながらも着替えを済ませたニュメルと、既に用意の出来ているツヅリは、カフェの店員であることを示すエプロンを身に付ける。緑色を基調としたものだ。
ニュメルの小柄ながらにしてはち切れそうなほど豊満な胸がエプロンを押し上げる。
二人は準備ができるとすぐに表のカフェの方へと向かった。
まだ開店前で、お客はいなかった。
店内はウッド調の部屋で、テーブルやイスだけでなく床や壁も木を加工したものだ。カウンター席とテーブル席が半分ずつほど設置され、主にカウンターでミュラが注文を受けた品を用意する。
「来ましたね、二人とも! もうすぐ開店ですよ」
「ミュラちゃん、私は何をすればいいの……?」
「そうですね……ニュメル姉はあまり慣れてないですから、お湯を沸かしてもらえますか?」
「むう、ミュラちゃん私のこと馬鹿にしてるでしょ」
「そんなことないですよ。ツヅリはあそこのフルーツを小さくカットして、全部ミキサーにかけてください」
「ああ、任せてくれ」
それぞれ自分の仕事につく。
間もなくして、ミュラは店の看板を『OPEN』に返した。
そうするとすぐに、ひと組目のお客さんが見えた。年配の方で、近所に住んでいるお婆さんだった。
「こんにちは! いらっしゃいませ」
「ああ、こんにちは。今日も元気だね、ミュラちゃん」
「はい! おかげさまで」
「そうだ。うちでできた野菜を持ってきたんだ。はいよ」
「いいんですか? こんなに! ありがとうございます!」
お婆さんの提げる袋には、芋などの野菜がたくさん入っていた。
ミュラはその袋を受け取ると、お婆さんを席へと誘導する。
「こちらの席にどうぞ! ご注文はどうなさいますか?」
「それじゃあね、ハーブティーをいただこうかの」
「かしこまりました!」
ミュラはすぐにハーブティーを淹れる準備を整えた。
そしてお婆さんを皮切りに、どんどんとお客さんは店内に入ってくる。
「わ……人がたくさん……」
お湯を沸かしたニュメルが小さく呟く。
「ニュメル姉、このハーブティーをあちらのお婆さんまでお願いします。ツヅリは他のお客さんの注文を聞いてください」
ニュメルはおぼつかない感じでハーブティーの入ったカップを持ち、先ほどのお婆さんの席へと運ぶ。
「あら、ありがとうねえ……ニュメルちゃん」
「……うん」
このお婆さんはカフェの常連のため、もちろんニュメルのことも知っている。
しかしニュメルは人見知り、更には人の事を覚えるのが苦手なため、お婆さんのことは正直記憶にない。適当に相槌だけを返した。
「あの男の子は新しく雇った子かい? なかなかいけめんな男じゃないか。ニュメルちゃんにぴったりだ」
「な……!?」
顔を真っ赤にするニュメル。
「そんなんじゃないもん!」
いたたまれずにニュメルはすぐにその場を後にした。
「うう……変なこと言わないで欲しい……」
と、前をあまり見ずに歩いていると、ニュメルは注文を一通り聞き終えたツヅリと、軽くぶつかってしまう。
「あ、ごめん……ニュメル、さん」
「ふぁ……!」
お婆さんにあんな事を言われたあとで少し意識してしまうニュメルは、何も言わずにすぐにまたミュラの方へと向かっていった。
「……僕なにか悪いことしたかな……」
「もう。お婆さんがあんなこと言うから……」
ニュメルはミュラに休憩をもらって、家のリビングの方で休んでいた。
ミュラの気使いでハーブティーを淹れてもらったので、彼女はそれを飲んで、久しぶりのカフェの手伝いの疲労を癒す。
「ニュメルさんも休憩?」
「!」
やってきたのはツヅリだった。ニュメルは彼との距離をとろうと休憩をもらったのだが、これでは意味がない。
先ほどから変にツヅリの事を意識してしまい、ニュメルは気が気でない。元々、引きこもっている無職なため、男に対する免疫がないのが原因だろうか。男でなくとも人見知りは多い。
「……ごめん、ニュメルさん」
「え……?」
「さっきぶつかったの。怒っているかと思って」
「そ……そんなことじゃ、怒んない……」
どうやらニュメルの態度を見て、怒らせてしまったと勘違いしたのだろう。
ツヅリは性格上、几帳面なところが多々ある。どれほど長くこの世界にいるのかわからない以上、変なわだかまりは取り除きたいと思ったのだ。
「そっか。ならよかった」
「……ねえ」
ニュメルはもじもじしながら、ツヅリにある要求を申し出る。
「ミュラちゃんのことはミュラって呼ぶのに、私はニュメルさん……不公平。私もニュメルで呼んで」
「……」
先ほどのツヅリとミュラの会話を聞いていたのだ。
『さん付け』が定着しているツヅリにとっては結構難題な要求だ。ミュラに関してもやっと慣れてきたのだ。
それでも彼女が望むのなら、彼はそうする努力をする。
「ああ。わかったよ、ニュメル」
「……うん」
ニュメルはハーブティーのカップを持つと、ツヅリから顔を逸らした。
少しにやけてしまっただらしない自分の顔を見られたくなかったからだ。
「おやおやぁ、なんだかラブコメの匂いがするぞぉ」
「匂いの原因はこちらのようですシグ!」
と、やって来たのはシグとピグだ。友だちのところに宿泊してきた帰りだろう。
ツヅリとニュメルは仕事のせいで気付かなかったが、すでに外は夕焼けに染まっている。
「シグちゃん、ピグちゃん、お帰り」
「むっふふーん。ニュメル姉もツヅリ君も隅に置けないねぇ」
「僕達がいないからって二人きりでランデブーかな?」
「何を言ってるんだ……」
例のごとく掴みどころのない双子である。
すると、ミュラがカフェの方から戻ってきていた。
「あら、シグとピグ、帰ってきたんですね」
「ただいまだよミュラ」
「そしておかえりなさいな!」
「おなかすいたでしょう。もうちょっと待ってくださいね、ご飯作りますから」
ミュラはぎゅっとエプロンを身に付ける。
「ミュラ。カフェの方はもういいのかい?」
「そうですね、今日はもう閉店の時間ですし後片付けだけなのであとで私がやっておきます。二人とも今日はありがとうございました」
「たまにはカフェの手伝いも……悪くない」
これで本日のカフェ手伝いも無事完了した―――と、ツヅリはほっと一息ついた。
辺りが夕闇に染まる頃、一人の男がカフェの前にやって来ていた。
大柄で赤毛の短髪、見るからに筋骨隆々な男だ。
「久しぶりの帰宅だな……」
男は閉まっているカフェの入口から回り込み、裏にある家の玄関へと向かう。
そして扉を開き、開口一番に大きな声で言い放った。
「ただいま!」




