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スター☆ツアーズ

 夜。

 シン……と凍える真冬の空に抱かれながら、男はアスファルトの上に立っていた。

 澄み渡った空を仰げば、名も知らない無数の星が視界を白くさえぎりながら、さらに向こうの、どこまで続いているか皆目見当もつかない2月の黒い宇宙を映し出している。

 もしその黒よりももっと先へ飛び出せたとしたら……。ぼんやり思っていると、ふと、声がした。

「ちょっと飛びますよ」

 見れば、着物のように大きな袂のある白い奇妙なブラウスに、紫色の帯を巻いたミニスカートの少女が立っている。

「星の旅へようこそ」

「え?」

 少女は男の手を取り少し身をかがめ、流れるような旋律で意味不明な言葉を発した。かと思えば、身体はふわりと軽くなり、温かな風に包まれる。

 両足からみるみる力が抜けていく感覚に狼狽した男はしばらく身体をばたつかせた。

「大丈夫、すぐに慣れます」

 少女の笑顔は美しく、まるで母親のような安心感を漂わせている。男は、気がつけばさまざまな感情をもって少女の腕にしがみついていた。

「行きますよ」

 風をはらんだ少女が、トン……と、まるで石段を一歩飛び降りるようなやわらかいジャンプする。すると、伸び上がった彼女の身体と腕をつかんでいた男の身体が、まるでロケット花火になったかのように光に包まれながら、一直線に大宇宙へと打ちあがった。

 あれよという間に小さくなる街。高速道路の尽きぬ渋滞が、人の喧騒が、日本という雑踏が、まるでボールにして遠くへ投げつけてしまったかのようにぐんぐんと遠ざかってゆく。

 速い速い……ひたすら速い。

 苦しさなどない。ロケットに乗るとその加速の力に押しつぶされそうになるというが、少女を包む光に溶けた男の魂はその重さや閉塞を感じることもなかった。

 雲をつきぬけ、成層圏を越えて、さらに速く流れていく景色の中で、やがて自分たちの住んでいた場所が丸いことを知る。

「すげぇ……」

 感慨深いものを感じながら青い星を見下ろせば、世界をつなぐ飛行機の往来や鉛玉の飛び交う戦争の臭い、おもちゃのような人工衛星が、次々に視界を通り過ぎていく。

 男はその光景にいたく感激したものだが、それもつかの間、地球はまもなく見えなくなった。


 見るものすべてが新しい。

 間近で見る「星」の壮大さに圧倒されつつ、水金地火木土天海冥……気がつけば太陽系全体が手の平くらいの大きさになって、それもすぐに見えなくなって……。

 いつまでもいつまでも黒と白の世界の続く宇宙を、さらにさらに加速して、星雲と呼ばれる赤く輝く星の雲を突っ切って、なお加速していく。

 右を見ても左を見ても楽しい。こんな感激は今までなかったのではないだろうか。時々信じられないモノを見つけては驚きはしゃぐ男の目は無邪気に四方八方へと踊っている。

 少女は、そのたびに女神のように暖かく微笑んでいた。


 いつしか「星」への感動もなくして、流れる風景にも飽きて、自分が上へ進んでいるのかも分からなくなった頃、それでも加速をやめない少女に、男は不安になった。

「どこまで飛ぶの?」

「フフ……飽きましたか?」

「まぁ正直……」

「そうですね。ちょうどここです」

「ここ?」

 "ここ"といったその場所で、彼女は飛ぶのをやめた。

「どこ?」

「宇宙の果てですよ」

 さらりと言ってのけた彼女は、視線の先を指差す。

「さぁ、何が見えますか?」

「え……?」

 何が見える……?

 何が見えるだろう……。

 この宇宙の果てで同じ質問をしたら、読者の方々は何と答えるだろう。


 男の場合、彼女の指し示す先には、何もなかった。

 物質的なものはもちろん、夏だとか冬だとか、晴れだとか雨だとか……そういう次元の問題すべてを通り越して「なにもない」。

 ……匂いも、味も、音も、暑さも寒さも、時間も……なにもかもない。

 こう何もないと、自分が自分であることさえも、あるのかないのかわからなくなる。

 男がなにも口にすることができないまま、しばらく狐につままれたような表情を浮かべていると、彼女はぽつりと言った。

「それが、あなたの思い描く死後の世界です」

 少女は言う。人の人生は、宇宙を果てまで旅することと同じだと。

 はじめはうろたえ、安心すれば美しい世界に感激して、真新しいものを見つけてははしゃぎ、そんな感動もなくした頃に人は老いて、最後に行き着く場所に人の最期がある。

「たまに、地球が見える人もいるんです」

 その人の死は、新たな「生」なのかもしれない。それはこの娘にもわからなかった。

「あなたは今日の朝、すでにご病気で亡くなられています。わたしはあなたの送人おくりびとです」

 なるほど。

 死後の世界を見せられた男には妙に腑に落ちた。彼女の腕にすがったとき、自分の運命は尽きていたのだろう。

 この何もない空間に溶けてゆくのが自分の死のようだ。

 思えばもう何の記憶もないが、この少女にいざなわれたこの場所で宇宙になるのも悪くない。


 自分の見た不思議な走馬灯が、黒く輝く宇宙の中で、ただ静かにくるくると回っていた。

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