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「そうだね。馬車なんて面倒だし、街にでも行かない限り馬に乗っての移動が多いかな。まあ、 揺れにも耐えなくちゃいけないし、 眠たい時とかは辛いけど、 馬に乗るのは好きだよ」
「馬車が面倒……?」
「どこかに行こうと思ってもすぐ行けないのが面倒だね。御者に頼んで手配して、玄関に回らせる。馬だけなら俺が厩舎に行けば済む」
ルファにとっては馬車なら人の目も気にしなくてすむし、乗っていれば勝手に目的地につく便利な代物だが、確かに手配するのは面倒だし、時間もかかる。
「高い所は苦手?」
「……はい、とっても」
「他に苦手なものは?」
背後から聞こえるあなたの声が酷く心臓に悪いです。そう言えたらどんなに楽だろうか。ルファは顔が赤くなるのを堪えながら自分の苦手なものを考え出す。 高い所の他には……。
「えと、真っ暗な場所も苦手です。それから幽霊話とか、あと雷も。あ、でもなんのも音のない、無音とかも嫌です」
高いところは落ちる自分を考えてしまう。
暗いところは自分一人なのが心細いから。他に何かいるはずのない者がいそうで、怖くなる。
怪談話なんてもっての他で、実在しないものを信じたくなどないが、頭は勝手に作り上げるから聞きたくない。
雷は心臓に響くあの音が精神的に耐えられない。
極端に静かなのも落ち着かない。自分が一人だということを思い知らされるから。
──一番嫌なのは、いろんなものを怖がる臆病者の自分。あまりにも多すぎるルファの答えに、ロジェが小さく笑う気配がした。
「怖がりなんだね」
「……どうして、私を選んだのですか?」
人魚館でバセット夫人に話を聞いてからずっと疑問だった。なぜルファなのだろう。
偶然、人魚達の披露会の前に出くわした、ただの冴えない自分など。
「他にも人魚がいたのに、なぜ私だったのですか?」
「君が綺麗だから」
「……綺麗? 私がですか? こんなに髪も痛んで、しかも髪色はくすんでいて、取り柄もなにもない、私がですか?」
ロジェの言葉が信じられずに少し顔を動かして彼に視線を向ける。
綺麗、だなんて生まれてから一度も言われたことのないルファに、なぜそんなことを言うのだろう。
ルファは綺麗ではない。
それは自分自身が一番身にしみてわかっていることで、何度も自覚させられたことだ。
「大丈夫、君は綺麗だよ」
すぐそばでそう囁かれ、ルファはますます混乱した。
頭によぎるのは、小さな確信。
──もしかしてこの人、ブサイク好き?
数日前は《ドブネズミ》と蔑まれていたルファが、綺麗だなんてありえない。
きっとロジェの目がおかしいのだ。だからエリーチェのような美人ではなく、ルファを選んだに違いない。
温かな背中を感じながら、今一番自分が納得できる唯一の理由を噛み締める。
たとえ趣味がおかしくてもルファを選んだのだから、両手を挙げて喜ぶべきだが、あまり気乗りしなかった。




