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ハーキントン公爵家に来てから数日。
ルファは今、窮地に立たされていた。
日が沈んでいく様子を窓から眺め、夜が近づくにつれて自分の小さな心臓が小刻みに跳ねていく。
「む、無理です! 無理です無理ですっ!」
「まあまあ、落ち着いてください、ルファ様」
逃げ腰になるルファに、グルテがにこやかに微笑みながら阻止する。
きゅ、と締め付けられたコルセットに息が詰まり、抵抗の言葉がのどの奥へ引っ込んだ。
「さあ、もうひと踏ん張りですからね」
ぐいぐいと締め上げられ、肉に生地が食い込む。
臓器まで圧迫されて、うまく呼吸ができない。
緊張のせいで気分も悪く、少しでも気を抜けば倒れてしまいそうだ。
「ううぅぅ……」
「はい、あと少しですからねえ」
ボディラインを作り上げると、濃い紅色のシフォンドレスをルファに着せ、手早く化粧もされ、髪まで結い上げられて宝石を飾り付けられる。
高価な宝石が散りばめられ、なんだかキラキラしている。
普段は薄化粧しかしないのに、しっかり粉をはたかれ、紅まで引かれているし、香りづけの甘い香水を肌にすり込まれ、仕上げは真珠の粉パウダーで肌の艶出しまでされた。
ふわふわの結い上げた髪に、ふわふわのシフォンドレスはかなり合っていると思う。
──まあ、これが白髪なら、だけどね。
しかしグルテは満足したらしく、似合うと微笑まれ、ルファは曖昧に返事する。
すべての準備が終わるとグルテに手を引かれ、廊下を歩き、ロジェの部屋を目指す。
「私の力作をぜひロジェ様にも見て頂かなくては!」
多少興奮しているグルテは、きっと今まで能力を持て余していたせいだろう。
ハーキントン公爵家の嫡男であるロジェの婚約発表パーティが、今夜行われる。
正式な婚約披露宴ではないらしいのだが、それでも名だたる権力者が出席する。
これが緊張しないでいられるものかとルファは思うが、公爵家の跡取りに嫁ぐのだから仕方ない。
したこともない格好に落ち着きなくそわそわしてしまう。
ようやく着いたロジェの部屋をノックして入り、全身真っ黒に身を包むロジェと目合った。
「凄いな。とても綺麗だよ」
感心した様子で褒めてくれるロジェに、ルファはなんと返せばいいかわからず迷っていると──いきなり背後から抱きしめられた。
「ひゃっ!?」
「さすが僕の娘! 妖精みたいに可愛いよぉ!」
後ろから抱きしめられたまま頬に頬擦りされ、レグランの短いあごひげがジョリジョリと当たる。
ぞぞ、と悪寒が走り、顔を真っ青にして涙を浮かべた。
「……お父さん、今すぐ彼女を離してください」
ロジェの声があまりにも冷め切ったものだったからなのか、レグランは途端にルファを解放した。
「ルファ、あまりそれに近づいては駄目だよ」
ロジェに手を差し伸べられ、何の躊躇もなく掴む。そのまま彼のそばに引っ張られ、レグランから離れると公爵家当主は残念そうにため息を吐いた。
「娘との交流に水を差すなんて、野暮な奴だね」
「若い娘と戯れたいだけのただのおっさんは彼女に近寄らないでください」
息子の冷ややかな視線に耐えかねたのか、レグランはタイを締めなおし、わざとらしく咳払いをした。
「みなさんもうお集まりだ。そろそろ行こう」
自分がふざけていたのを棚に上げて言うレグランに、ロジェが今度はため息を吐き、疲れた様子で頷いた。
「そうですね。待たせるのはあまり良くない」
「大勢が来ているからね。その子をしっかり守るんだよ」
「もちろん」
繋がれたルファの手が、力強く握られる。
ロジェの手が手袋越しでも暖かく、少し自分の緊張が和らぐ。
これから大勢いる場所へ行くが、彼と手を繋いでいれば乗り切れる気がしてきた。
***
緩やかな音楽と共に、ざわざわと談笑する貴婦人、貴族達。
甘ったるい香水の香りが漂い、白いレースで飾られたテーブルクロスの上には様々な料理が並んでいる。
天井から下がったシャンデリアの光を受けて、ホールは眩しく輝いていた。
会話を楽しむ貴族達の輪の中に、今もっとも話題の人魚・エリーチェがいた。
見事なストレートの髪をおろし、海の瞳と名高い蒼眼は深く透き通っている。
その外見は確かに優れていて、白髪、白い肌、着ているドレスや身につけたアクセサリーまでもが白一色だ。
白は高貴な色で、身につける者も多く、周りと被りやすい。
だが、エリーチェは周りから逸脱していて、その美しさが際立っている。
ルファが話題の人魚に見惚れていると、貴族達と話していた彼女がこちらへやって来た。
「こんばんは、ロジェ。お父上はお元気?」
「さあ。どこかで酔っぱらって寝ているのかもね」
これほどの美人に微笑みかけられているのに、まったく動じないロジェは肩を竦めて彼女からの視線を受け流す。
エリーチェは笑みを浮かべたままルファに視線を向けた。
彼女はその細い指がルファの頭を撫で、髪をすべり──くすりと無邪気に笑う。
「この人があなたの婚約者? とっても可愛らしいわね。色気もなくて、まるで清らかな妖精だわ」




