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「……お父さんと、食事がしたいんです。俺の婚約者と三人で。あなたと、家族で」
それが言わされていることなどわかっているはずなのに、レグランはこれでもかと目を輝かせた。
そのままロジェに飛びつき、ルファにしたように問答無用で力の限り抱きしめ始める。
なぜかえぐい家族間での抱擁を目の前で見せられるルファは、顔がひきつるのを我慢できなかった。
やがて、ぐっ、とくぐもった声が聞こえ、コリアランが慌ててレグランを引き離すまで、その抱擁は続いた。
***
「いや、あのね、決して悪気があったわけじゃ……」
「まさかお父さんに殺されそうになるなんて。考えてもいなかったですよ」
「あれは不可抗力!」
庭を見渡せるテラスに三人で昼食を囲んで食事している。
さらに不機嫌になったロジェは、先程から端正な顔を凍りつかせたまま。
初日から気まずい雰囲気に、ルファは小さくなりながら昼食のパンを取り、口に運ぶ。噛 み締める度にじわじわと味が口の中に広がり、こんなにふわっとした生地は、今までに食べたことがない。
ルファが食事の幸せに浸っていると、横に座ったロジェが食事の手を止めて、こちらに視線を向けた。
「挨拶が遅れて申し訳ない。先程はこれが、失礼をしてすまなかったね」
「これ呼ばわり!」
ロジェの真向かいに座ったレグランが、バンとテーブルを叩いて立ち上がる。
しかし、 実の父親に対して何の反応も見せないロジェは、ルファに視線を向けたままだ。
「いえ、少し驚いただけですので」
目を合わせることは恥ずかしいが、それでもここで視線を外したら失礼になる。目線だけ上げて、答えた。
「食事を終えたら散歩しないかな、 馬で少し」
「馬で?」
「乗れる?」
「いいえ、乗ったことがありません」
馬は馬車を引くところしか見たことがない。 乗馬というものは主に貴族が狩猟をするための移動手段で、乗馬などできる庶民は限りな く少ない。ルファも馬の背に乗ったことは一度もない。
「じゃあ俺といっしょに乗ろう。初めてでもそんなに怖くはないと思うよ。少し揺れるけどね」
「お、お父さんも一緒に行きたいなあ……」
「お父さんは黙っていてください」
ぴしゃりと跳ね除けられたレグランは、口をへの字にして庭の遠くへ視線を向ける。いじける父親など目に入らないのか、もしくは目に入れたくないのか、ルファに視線を向けたまま、外そうとしない。
「じょ、乗馬をするのに、この格好で大丈夫ですか?」
「走るわけじゃない。少し乗って歩くだけだからそのままでいいよ」
「……はい」
まっすぐ射抜くロジェの視線に耐えかねて、ルファは俯く。整っている顔のロジェに、自分をあまり見て欲しくない。綺麗な人は近くではなく、遠くから見るだけでいい。
自分の優れていない顔が、 嫌になる。
***
動物は好きだ。自分の外見も気にしなくて良いし、侮蔑の言葉も発しない。
ただ丸い瞳をこちらに向けて、意思を通わせる。それだけでいい。
毛並みの見事な、栗色の馬。背に乗せた鞍にまたがるロジェは、 こちらに手を差し伸べてくれる。
馬をこんなに近くで見たのはいつぶりだろうか。
硬い馬の頬を撫でると、心地良さそうに目を閉じる。
もっと触っていたいが、ロジェを待たせている。おずおずと手を掴み、ゆっくりと引いてくれる動作に合わせて鐙に足をかけて体を馬上へ引き上げる。
勢いにまかせて横乗りになったルファを、ロジェが腕を腰に回してしっかり支えてくれる。
「け、結構高いのですね」
「そうだね。普段とは目線の高さが違うから余計そう思うんじゃないかな」
高いところが苦手なルファは思わず腰が引けそうになるが、背後にいるロジェがそれを阻止してくれる。
「大丈夫?」
「……だ、……大丈夫です」
たぶん、と言う言葉はルファの心の中で付け加えられる。
ロジェは手綱を握って、軽く足で馬を叩き、ゆっくり進ませる。
ルファがやって来た屋敷の入り口を、できるだけ振動のないようにロジェが配慮してくれながら前進し、人気のない方へ向かう。
「怖い?」
「少し怖いです」
揺れる振動が怖い。
落ちる可能性なんてほんの少しだろうに、落ちたらと頭の中で考えてしまう。
それに、コルセットに慣れていないルファはもちろん今だって着けていない。なんの防壁もない頼りない腹に回った彼の腕を、変に意識して恥ずかしい。
もしかしたら、自分の心臓の音が伝わってはいないだろうか。先程からどくどくと脈打つ音は、果たして本当にルファの耳だけに聞こえているのだろうか。
「あの、ロジェ様」
「様、なんて付けなくていいよ。ロジェでいい」
「ええと、では、ロジェ。あなたは良く馬に乗られるのですか?」
いきなりの呼び捨て要望に戸惑いながらも、質問を続ける。




