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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
一 婚約者、発覚
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6

「ありがとうございます!」

 感動のあまり涙目になりながら頭を下げると、グルテは苦笑してルファの両手を握り締める。

「あら、使用人に頭なんて下げてはなりませんよ。お顔をあげてください。お礼はロジェ様に」

 言われるまま顔を上げて、笑顔を浮かべるグルテに、ルファも笑顔を返した。

「旦那様とロジェ様は今いらっしゃいませんから、少しお待ちくださいね。もうすぐお帰りになる頃ですから」

「はい 、わかりました 」

 そのまま部屋を出て行ったグルテを見送り、もう一度部屋を見渡す。こんな可愛い部屋がルファの住処(すみか)だなんて。これからは、嫌味な人魚達の雑用せず、罵倒も受けない。この可愛い部屋で、優しい人達と暮らせるのだ。

 公爵家の当主と、ルファの婚約者は今外に出ている。すぐに戻るらしいが、権力者二人に会うなんて、出来れば避けたい。叶うことなら公爵家の婚約者ではなく、使用人で雇って欲しいくらいだ。

「お屋敷も凄いところだし。絨毯も綺麗、壁紙も綺麗」

 廊下にも調度品が置かれていた。絵画もあるだろう。

 家の主が帰るのを部屋でじっと待つのも退屈だ。屋敷内を少し散歩をしても怒られないだろうか。

 好奇心に背中を押されて、自分の部屋から出る。

 紅色の壁紙で包まれた廊下をゆっくりと歩きながら、飾られた名画や、高価な壷、花瓶。それらを眺めながら歩いていると、一つの絵画で足が止まる。

 緑で囲まれた森。木陰から光が伸びて、一人の女性に差す。輝くような白髪と、白い肌。

 口元には柔らかい笑みを浮かべ、温かなまなざしを向けている。風でふわりと足元のドレスが揺れて、結われていない白髪も(なび)いていた。人魚であっただろうその女性は淡い海の瞳。

 どこか幻想的なその絵画は、まるで妖精を絵の中に閉じ込めたよう。

「……綺麗な人」

 現在まだ貰い手がついていない人魚達の中で、一番美しいと言われているエリーチェを実際に見たことはない。だが、今美しいと評判なのは現王妃、そしてエリーチェだ。どちらもルファは見たことはないが、人魚館にいた女性達を遥かにしのぐだろう。

 絵画の美女に圧倒されていると、ばたばたと慌しい足音が聞こえ──いきなり男に抱きしめられた。

 男の顔も見れぬまま、ただされるままに体が硬直する。

「ルファ、ルファ! うわ、本当に可愛いなあ。会いたかったんだよ!」

「だだだ誰ですか!?」

 ぎゅうぎゅうと遠慮なく抱えられ、真っ赤になりながら戸惑っていると、ごっ、と鈍い音が聞こえ、続いて床に何かが転がった。

 不思議に思っていると男から解放され、仕立ての良い服を着た四十代ほどの男がその場で頭を抱えてうずくまる。

「いったぁああ 」

 男の頭に命中したらしいそれは、ころころとルファの足元に転がり、何気なく拾ってぎょっとする。

 なんと、真っ赤に染まった林檎だった。

「何をしているんですか、お父さん」

 冷たい声音が静かな廊下に響き、声の方へ向くと、人魚館で会った青年がいた。

 人魚も羨む白髪の、ルファの婚約者。全身真っ黒のいでたちで、にこやかな笑顔を浮かべて廊下に立っていた。

 しかし、自分の婚約者よりも更に衝撃的な発言に、ルファは動きを停止した。

 お父さん。お父さんと言っただろうか。先ほど無遠慮に自分を抱きしめた男をまさかお父さんと呼んだのだろうか。

 ルファの耳がいきなり悪くなったのではなければ、確かに彼はそう言ったはずだ。

「君こそ父親に何をぶつけているんだい!?」

「林檎です。よく熟れていましたので何個か持ち帰ったのですが、なるほど、このためだったのですね」

「未来の娘に挨拶しただけじゃないか!」

 王家からの信望。ルテリア公国一の権力者。代々続く由緒ある歴史を受け継ぐレグラン・ハーキントン。──その当主が、まさか今目の前で涙を浮かべているこの男のことなのだろうか。

「いったいよ!いったいんだよ!!」

「そうですか。死体にならずにすんだのだから大目に見てください」

「父親に向かってなんて酷いこと言うの!」

 いけしゃあしゃあと冷たく言い放つロジェは、 固まったルファから林檎を取り、 父親に冷ややかな笑顔を向けた。

「ルファには触るなと事前に言いましたよね。俺の婚約者です」

「僕の娘ぇええ!」

 わっと泣き出すレグランは威厳のかけらもない。そんな父親の相手をするのが嫌なのか、ロジェ はため息を一つついて手を叩く。

 すぐにコリアランが駆けつけ、その場にうずくまるレグランの背中をさすって泣き止ます。

 しかし、涙目でこちらをちらちらと見てくるレグランはロジェに何か言ってほしい言葉があるらしい。

「ほら、みんなで食事にしましょう」

 ロジェが言葉をかけるが、どうやらほしいものとは違ったらしく、ひっぐひっぐと再びしゃくり始めるレグランを見かねて、んん、とコリアランがわざとらしい咳払いする。

 坊ちゃん、と念を押すように老執事に呼ばれ、ロジェはコリアランを睨み付けながら彼の望む言葉を口にする。

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