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川に浮かんで小さくクルクルと回る笹舟を、そっと持ち上げるように、リコの気持ちごと優しく掬う。
止まらない涙はきっと今までに嘘をついていた分だろう。それは自分の悲しみから目を逸らした分。
いつ止まるのかわからないけれど、それでいい、それが自然なことだと思ったんだ。
喜怒哀楽。人間らしく生きるためにどれも必要な感情で、素直に表現できる場所がきっと誰もに用意されていて。ただ弱さを頑なに否定するから、見えなくなっているだけなんだろう。
寂しさだけじゃなく、優しさだけでもなく、お互いの弱さを許し合うように、唇を重ねた。
言葉だけじゃ足りない想いを伝えるために。
やっと本来のリコを見つけられた気がした。本当の意味で同じフィールドに立てた気がしたんだ。弱さもあって、泣いて傷ついて…だけどしなやかで折れない。
静かに唇が離れた後に、小さく笑うリコ。ああ、この笑顔を守るためなら、俺は全てを賭けてもいい。素直にそう思えるような微笑み。仕立てのいいシルクのドレスのように、ふわりとリコを抱きしめた。
「幸せになろうよ…。もう許してもいいんだ。自分自身を…」
一度ビクリと身を固くして、小さくつぶやく。
『…なりたいよ…。幸せに…』
ずっと心の深いところに押しやっていた、感情。何度も何度も叩き続けて、それでも閉じていた扉、高く築いた防壁が今、音を立てて崩れ落ちた。
隙間ができないように強く重ねた二人の身体。とめどなく流れ落ちる涙は、心の汚れを流していく。小さな痛みと共に。
漠然と勝たなくちゃって思った。世間でも、周りでも、自分でもなく、それは運命ってヤツに。
どんなに苦しくても、辛くても、寂しい思いをしても…今、俺たちは生きているのだから。
差し出した左手に伝わる重み。無防備に眠るリコを見つめ、髪を撫でた。等身大はこんなもんだ。俺の両手にすっぽりと収まってしまう、小さな女。取り巻く環境が彼女を変えただけで。
今度は逃げられないように、ギュッと右手で抱きしめながら、俺も柔らかな眠りについた。