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『銃を降ろしなさい。意味がないわ、そんなこと』
冷ややかな声で静かに告げる。
俺はなぜだか笑えた。腹の底から笑いが込み上げた。
頭に銃を突きつけながら、なぜか気がふれたみたいに。演技ではない。気づいたらそうなっていたんだ。
制止の声が劣化したビデオテープのように、スローモーションに聞こえて、遠いところで鳴る。
自然に涙がこぼれた。走馬灯は見えないが、別れた彼女の疲れた顔を思い出した。蔑んだ瞳。救えなかったのは…俺だ。どうしてそんな映像が浮かんだのだろう?何らかの暗示か?
滔々と流れる涙を気にも止めずに、考えていた。緊迫した状況の中、それがひどく重要なことに思えたんだ。
リコにこだわる理由。救いたい気持ち。それは…根底に元彼女との別れがあって。偶然か必然かわからないけれど、俺たちは出会って。なぜか今、俺は…死ぬ気で銃を頭に向けている。
シンの言葉を思い出す。
『忘れた方が幸せだ』
だけど、心の全てが否定する。ひどく食い込んだ爪痕。それを剥がせなかった。諦められなかったんだ。
この感情が芽生えたのは、きっと捨てられることが怖いのを知っているからなのだろう。
状況にはなんら変わりはない。だけど…。一つ深呼吸をして、もう一度笑った。
「ありがとう」
自然に口をついて出た言葉。ただ、ありがとう。素直にそう思えたんだ。
『どうしてもうやめてよ』金切り声でかぶりを振った。
「…やめないよ。君が止まるまでは」
一瞬、刹那の沈黙。
『またあたしを一人にするの?』
いくつもの人格が入れ替わるように、表情を変えるリコ。
捨てられる恐怖感に縛られた瞳。すべてを否定する瞳。どれも本当のリコ。その全部受け止めたい。
「絶対に一人なんかしない。そのために…俺はここにいるんだ」
こくりと小さく頷いて、寂しそうな顔を向ける。
涙が止まらない。視界がぼやける。
『最初から負けるゲームだったのよ。唯人っていう名前だった時から』
「そうかもな…俺にとってはすごくラッキーだったかもしれないね」
静かに銃を降ろし、そのままリコを抱きしめた。
強く強く、二度と離さないように。