第十二章
前回、河勝から「私の内面を見ているのか、それともラミア属という特徴で見ているのか」というメールを受け取った彩。
そんな彼は、結局――
第十二章
河勝さんからのメールを読んだ翌日の夜、僕は香の家でやっている喫茶店に来ていた。
その目的は珈琲を飲むこと、ではない。
昨日のメールの件をずっと悩んでいたのだが結論が出なかった僕は、香に相談することにしたので彼の家を訪ねたのだ。
僕が来たとき、香は丁度店の手伝いをしているところだったが、僕が来たために親から今日は仕事を早めに切り上げてもよいと許可をもらってきてくれた。
「で、一体何の相談だよ?」
メールで相談があると事前に伝えていたので、香は席に着くなりそう尋ねてきた。
僕は河勝さんからのメールの内容を簡単に紹介した上で、僕はソキウスとしての彼女たちが好きなのか、それとも彼女たち自体が好きなのかということで悩んでいるということを香に説明する。
すると香は笑いながら、
「なんだお前、河勝さんに私たちの身体が目当てなのかって聞かれたのか」
と言った。
「いや、真面目な話なんだってば」
いきなり冗談を言われたと思った僕は即座に指摘した。が、香は決してただ冗談言いたかっただけではないらしく、
「悪ぃ、冗談に聞こえたか? でもな、俺は身体軽視ってのはどうかと思うんだよ」
と話を続けてきた。
「身体軽視?」
聞き慣れない言葉に僕は聞き返す。すると、香は首を縦に振り、
「ああ。まあ、そういう用語があるんじゃあなくて、俺がそういう風に呼んでいるだけだが」
と説明する。
なるほど、単に身体について軽く扱うってどうなのかっていう話か。
しかし、
「そうなんだ……で、どうかと思ってのは?」
どうと言われても、何が問題なのかいまいちぴんと来ない僕は香に再び訊ねる。すると僕の質問に、
「例えばお前、もし河勝さんと明石さんが実は男だったとしても明日どっちか選べるか?」
と訊ねてきた。
その質問に僕は戸惑う。
同性を好きなこと自体は構わないと思っている僕だが、じゃあ僕が同性から告白されたときに特に問題なく付き合えるかといわれたらそれは別というか。
そして、そんな迷いのある気持ちで付き合われたら相手も迷惑というか……。そもそも、それが可能なら逆に同性が好きな人でも異性と付き合えることにもなるというか……。
「じゃあ、明日告白する二人が五十歳は年の離れたおばあさんや、逆に五歳の少女なんかになっていたらどうだ?」
悩んでいる僕に更に質問する香。
それもそれで困るかもしれない。
確かに恋愛に年齢は関係ないという意見もあるが、どっちと付き合うのも色々抵抗がある。少女の方は倫理的あるいは法的にもまずそうだ。
先ほどの性別の例えとともに、年齢の方でもなんと回答していいのか迷う僕に、香は、
「どっちも中身は河勝さん、明石さんなんだから身体を無視できるなら特に悩まず付き合えるはずだろ?」
と告げ、更に、
「ま、その中身ってのも身体に左右されているけどな」
とも言ってきた。そこまで言われれば僕も香の言いたいことが多少分かってきているので、
「確かに、そうかもしれないね。ものを考えたり、感じているのが脳である以上、身体がないというのは無理だろうし」
と身体に内面が影響を受けている一例を挙げる。
「まあ、それもあるけどよ。そもそも性格とかだって身体に影響されているだろ?」
香は僕の意見に賛同しつつ、更に別の意見も述べる。
「性格? ああ、そうか。例えば明石さんの場合、オクト属という身体を持っているから――」
かつて告白されたのに、一方的にうやむやにされ、その結果今のあの明石さんがいるってわけか。
僕は明石さんがおそらく秘密にしているであろう、告白云々の辺りは言わずに一例を挙げる。
するとそれを聞いて香も納得したらしく。
「そういうこと。河勝さんの今の性格もラミア属っていう身体の特徴を隠しながら人と接したりしているうちに身についているわけで。それをラミア属っていう特徴抜きに内面だけ考えるのはちょっと無理があるぜ」
と河勝さんを例にして説明する。
「大体、内面なんて変化しやすいものなんだぜ?」
香は、今度は内面というものを中心にして語り出した。
「女心と秋の空ってやつ?」
僕はとりあえずその一例として思いついたことわざを言ってみる。すると香は、
「あれは最初、男心と秋の空だったんだぜ? ってことは、どっちの気持ちも変わりやすいってことだ」
と、ことわざの由来を説明すると同時に、心が変わりやすいのは男女ともに同じだということを言ってきた。
「まあ、そう言われるとそうなのかもね」
確か、どこかでそのことわざは男の方は恋愛感情についてだが、女の方は幅広く女性の感情全般を扱っていると読んだ覚えがある。
が、まあ、今は話の本筋に関係ないから指摘はしないで僕は頷く。
「だろ? 内面なんて不確かで掴みようのないものなんだよ」
僕が同意すると香はそう言った。
「でも、それでも変わらない確かなものがあるんじゃないのかな? それが相手本人なら――」
と、香の意見に途中まで反論しかけた僕は、そこまで言ってとあることに気がついた。
なのでここで一端、言葉を句切ってから、
「ああ、でもそれは」
と呟く。
「でもそれは?」
僕がなんと答えるのか、既に予測済みだという表情で問いかけてくる香に僕は、
「DNAか。確かに変えようのないいうものって」
と答える。
勿論、一卵性双生児のように「同じDNAだが別人」はあるけど。
「同じ人のDNAが別人のになる」という事はありえないはずだ。
なので、僕はそう言ってみたのだが。
香はそれを聞いて「そうだな」と言ってから、
「つまり、変えようのないものは心じゃなく、むしろ身体だってことだ。流石にDNAを理由に付き合いたくはねえだろ?」
と言ってきた。
DNAを理由って、もうそれ単に性欲、いや繁殖欲か。ともかく、そういうもので付き合っているだけになってしまうじゃないか。
「まあ、いくら生物が遺伝子の乗り物って話があるといっても、自分の意志までそれに左右されたくはないね」
僕はどこかの漫画のシーンに、自分の生涯においては、命やDNA含めた身体さえも、己を運ぶための乗り物だという場面があったのを思い出した。
が、でもこの意見はどう考えても肉体より精神を選んだ意見で、そして今の僕もそれに近いことを考えたのだからやっぱり身体より内面を根拠に相手を考えるべきではないかとも気がつく。
だが、その内面というのは肉体以上に不確かなものなわけで。そんなものを根拠にするというのはまた難しくなってくるし……。
というか。
「なあ、香。お前は結局、精神と肉体、どっちをどう捉えて付き合うべきって考えているんだ?」
最初に肉体を軽視することを問題視した香が、最後は肉体を根拠に相手を選ぶことを否定するような意見を述べていることに気がついたので、僕はそう訊ねてみる。
「結局も作曲もねえよ。ただ、肉体を蔑ろにするのはまずいし、内面は変化しやすいし、でも身体ばかり見るわけにもいかねえしって話をしただけだぜ」
香はそう僕の問いに答える。
どうやら香は別にどっちを重視するべきとも考えていないようだ。
そうすると、最終的にこの話は何処に行き着くんだ?
なんて、僕が心配していると、香が、
「大体、河勝さんもフェアじゃねえだろ」
と言い出した。
「フェアじゃない?」
「ああ、だって見た目でいうならお前、『顔はいい男』なんだぜ? ってことは河勝さんだってお前を顔で選んだ可能性もあるじゃねえか」
「あ、なるほどね」
僕自身は自分のことなのであまり意識していなかったが、そういえば女子から僕はそういう評判があるって前に香が言っていたな。
僕はその呼び方、あまり気に入っていないけれど、まあ、それはともかく。
「第一、身体が好みだから付き合おうとしているんじゃないかなんて聞いてくるなんて、河勝さんって実は面倒くさいタイプの女子じゃねえか?」
香は僕にそう問いかけてきた。僕は少しその意見に賛同する部分もあったが、河勝さんの気持ちも分からなくはなかったので、
「まあ、確かにそうなのかもしれないけど……それだけ心配だったんだと思うよ」
と答える。
「ん?」
「僕がどっちを選ぶか迷っているこの状況で、こんなメールを送ったら自分の立場が不利になるってことに気がつかないほど河勝さんは頭が悪い人じゃないだろうし。そう考えると、まあ、自身が不利になってでも確認したいぐらいに気にしていたんだろうなって」
「ああ、確かに」
僕の説明に香は納得して頷きながら、
「何せお前は、ソキウスにしか興味が無く、そういうジャンルのギャルゲーやラブコメ漫画を買い集めているような男だからな。相手からすりゃあ、自分もその手のコレクションと同列に扱われているんじゃないかって心配にもなるか」
となにげに酷いことを言ってきた。
まあ、言っている口調や顔つきから冗談だと分かるから別に反論はしない。
しかし、話を戻して考えると、河勝さんは河勝さんで僕の容姿を理由に僕を気に入った可能性もあるわけで。
すると更に話はややこしくなったというか……ますます最終的に行き着く場所を失ったというか。
「おい香。これだと話の収拾がつかなくなってきているぞ」
心配になった僕はそれを香に訊ねる。すると香は意外なことを言われたという顔をして、
「え? お前、この話収拾がつくと思っていたのか?」
と訊ねてきた。
「え? つかないのか?」
僕は思わず訊ね返す。
「おいおい、恋愛についての話がそんな簡単に綺麗にまとめられるんなら、キルケゴールもニーチェも苦労はしなかったぜ」
香は恋愛で色々と苦労をした哲学者の名前を出して、そう答えた。
まあ、確かに哲学者さえ苦労した問題を、ただの高校生二人がちょっと話したぐらいで綺麗にまとめられるはずもないか。
「ま、恋愛が上手い奴っていうのは何も考えずに『君が一番好きだ』とか言えるような奴だよ」
今日の話がまとまらないことにとりあえずは納得した僕に対して、香はそう言ってきた。
「香、君は彼女がいるわけだけれど、やっぱり何も考えずにそう言ったわけ?」
気になったので僕は試しに聞いてみた。すると、
「いいや。むしろお前と今まで話したような恋愛に関する問題をあれこれ彼女と話していた結果、『じゃあ実際に付き合いながら、そういう問題を考えましょう』って相手が提案してきたから付き合っているんだがな」
と香は答えた。
「それはまた、ずいぶん変わった相手だね」
まあ、そんな相手だったからこそ、香と付き合っているとも考えられるが。
しかし、香の彼女、僕は会ったことがないのだけれど今の話を聞いてちょっと会ってみたくなったな。
ああ、そうか。僕が明日どっちかと付き合ったらいわゆるダブルデートとかいうのをしてみるってのも悪くはない……って、結局僕はどっちと付き合えばいいのだろう?
「なあ、彩。ところでお前、本当はどっちと付き合うかまだ決まっていないんじゃねえか?」
僕の心を読んだのか、いや、それは流石にないだろうけれど、僕が明日どっちを選ぶべきなのか迷っていると丁度香がそのことを訊ねてきた。
「うん。まあ、実は……」
僕がそう明かすと香は、
「だろうな。この前聞いた話だと明石さんとのデートも結構楽しかったみたいだし」
と言い、そしてそれから、
「なら、明日決めたりしないでもうちょっと時間を置いてからにしたらいいんじゃねえか?」
と提案してきた。
「まあ、そうなんだけど?」
「けど?」
「明石さんとデートの日に、四日後、つまり明日決めるって約束しちゃったし、河勝さんもそのことを了承しているし」
ああも、はっきり約束してしまっていると今更「どちらも選べない」というのは無責任な気がしてしまうので、僕は何とか選びたいと思っていたのだ。
だが、僕の意見を聞いて香は、
「いや、だから。ここは例え優柔不断だとか、約束を守らないって嫌われても無理して選んで相手をかえって傷つけるよりはマシじゃないかってだな」
と勧めてきた。
「いや、言った以上は僕もどっちかは選ばないとまずいと思っているし……」
僕としてはやっぱり言ったことには責任を取りたいので、そう口にすると香は、
「まあ、いざとなったら自分が嫌われたり、悪役になったりしてでも好きな相手の将来を考えるってことも考慮した方が良いって。違うか?」
とアドバイスをする。
嫌われたり、悪役に……か。
「まあ、考えておくよ」
僕はそう言って返事をする。
するとそのとき、香の母親から、
「そろそろ遅くなったし、もう帰った方がいいんじゃないかい?」
と訊ねられた。
時計を見ると、既に閉店時間を三十分は過ぎていた。これでは店に迷惑がかかってしまうし、それに高校生があまり遅くに出歩くと色々問題になるかもしれない。
そう思ったので僕は、
「そうですね……それじゃあそろそろ帰ります。珈琲、ごちそうさまでした」
と言って店を後にすることにしたのだった。
☆ ☆ ☆
さて、香の家からの帰宅路で、僕は明日どうするべきか考えた。
河勝さんや明石さんと約束したとおり、どちらかは選ばないとならない。
ついでに八雲さんには河勝さんのことをよろしくと言われている。
そして香は悪役になってでも好きな相手のことを考えろとアドバイスをもらった。
これらの条件を全てクリアするには……僕は考えに考えて、ある結論を出した。
それは、どう考えても僕が不利になるアイディアだったのだが。
まあ、こうなってしまった以上やるしかないのだろう。
こうして、彩はあることをする決意をしたのですが。
果たしてそれは何なのか……次回に続く。




