第九章 その3
ゲームセンターから出た二人は、昼食のためにカフェに行き。
そしてその後――
【第九章 その3】
ゲームセンターを出た僕と明石さんは、そのまま真っ直ぐに明石さんのよく行くという「マルイチ珈琲店」というカフェに入ることにした。
ここは僕も何度か利用したことがある場所だったのだが、明石さんも結構来るカフェだったらしい。
何故、明石さんがここによく来るのかちょっと気になったが、店に入る前に明石さんはカフェの前にあるカードゲームの店の方を気にしていたので、その関係でここを知って頻繁に利用するようになったのかもしれない。
まあ、それはともかく。
僕が海老とアボガドのバジルパスタを食べながら、最近のパスタはサラダと一緒に盛られていて、合わせて食べるのが多いなとか、これはバジルの利いたパスタとサラダのトマトの酸味がいい具合にマッチしているなんて考えていると。
マグロとアボガドのボウルを食べていた明石さんが、食事の手を止めて、
「そういえば藤若君もアニメとか好きなのかい?」
と訊ねてきた。
「そういえば?」
はて、アニメが好きだというようなことを匂わせる発言をしただろうか?
なんて僕が気にしていると、明石さんが、
「だって、家ではゲームもするみたいだし。プリクラのことアニメタイトルと言い間違えそうになったし。そうなのかなって」
と推測した理由を言ってきた。
なるほど、そういうことか。
そう納得した僕は、別に隠すことでもないので、
「まあ、人並みには好きだね」
と返事をする。すると明石さんは、「そっか」と言ってから、
「じゃあ、午後はショッピングとカラオケでどう?」
と提案してきた。
アニメが好きだとショッピングとカラオケになるということは、おそらくショッピングで行く店はそういうところだろうし、カラオケも大体そういった歌を歌うつもりなのだろう。
それはまあ大体予測がつくのだが、問題は――
「いいけど。僕、カラオケとか行ったことがないよ?」
そう。僕は歌を聴くのは好きだけれど、歌う方には自信がないのでカラオケには行ったことがないのだ。
なので、正直行くべきなのか、行っても楽しめるのかが不安なのである。
僕がそう考えていると、明石さんは笑顔で、
「大丈夫だって。知っている曲をノリと勢いで歌えば気分もスッキリするし、楽しいよ?」
と言ってきた。
ノリと勢いか。
まあ、確かに歌うのは楽しいのかもしれないが、しかし、まだ会って数日しか経っていない人の前で歌うのはちょっと抵抗が――いや。
今回のデートは相手に任せると決めた以上、ここだけあれこれ言うのも問題だな。
そう思ったので、僕は覚悟を決めて、
「じゃあ午後の予定も明石さんに任せるとするよ」
と言うことにした。
「了解ー」
と軽く返事をする明石さんは、そのまま続けて、
「ところで藤若君、こういうお店とか慣れているの?」
と訊ねてきた。
僕としては明石さんがこういうカフェに慣れていることが気になるのだが、それは置いておくとして、
「まあね、友人に喫茶店巡りが趣味みたいなヤツがいるんだ」
と答える。それを聞いて、
「それって女子?」
と何か以前にも僕がどこかでされたような質問をする明石さん。
勿論、女子ではないので僕は、
「いや、香だよ。アイツ家が喫茶店だからほかの店の調査とかをよくしているんだ」
と嘘をつかずに説明する。
「へえ、そうなんだ」
と頷いた明石さんは、更に、
「でも、アニメ好きで喫茶店とか行き慣れているって珍しいよねー」
と自分のことを棚に上げて言ってきた。
いや、あるいは同世代のアニメ好きな友人をこういうお洒落な喫茶店とかに誘った経験からそう言っているのかもしれないが。
まあ、兎も角。僕はそんなに珍しいとは思わないので、
「そうかな?」
と返す。
「え? そう?」
僕の返事を聞いて、意外そうな顔をする明石さんに僕は、
「そもそも僕が香と一緒に喫茶店に行くのは珈琲好きだからだけれど、その珈琲好きは漫画やゲームに影響されているからね。案外、きっかけを与えられやすい分、そういうもののファンの方がお洒落な店とかにも行くんじゃないかな?」
と説明する。すると明石さんは、「ああ、なるほど」と相づちを打ってから、
「あれかな? 聖地巡礼っていって、漫画やアニメの舞台に行ったりするのに近いのかな?」
と言ってきた。確かに、それに近いものがあるので僕は、
「まあ、そうだね」
と答える。
「祭田市もなんかの聖地になればいいのにねー」
明石さんはそう言って話題を別の方向にずらす。
別に僕もさっきまでの話題をいつまでもする気はないので、明石さんの振ってきた話題に乗って、
「あるよ。祭田市を舞台にしたやつ。確かドラマや映画にもなった小説」
と返事をする。
すると、明石さんもそれは知っていたらしく「ああ、そういえばあるね」と口にした。だが、ちょっと考えてから、
「でも、あたしとしてはやっぱりアニメとか、そっちの方がいいなぁ」
と呟いた。
「あの小説、読んでみたけど結構面白かったよ」
明石さんの気持ちも分かるが、あの小説はあれで結構好きな僕はそう言っておくことにする。
「へぇ、そうなんだ」
「何なら今度貸そうか?」
「うーん。まあ、機会があったらね」
この反応。どうも、明石さんは普通の小説はあまり読まないようだ。
が、だからこそあえて読ませたい気もする。
さて、どうやったら明石さんにあの小説を読ませることができるだろうか?
なんて、考えながら食事を進めていたら、気づいたとき僕はパスタを食べ終えていた。
様子を見ると明石さんも食べていたボウルの中身を空にしていたので僕は、
「さて、そろそろ行こうか」
と明石さんに言う。
「そうだねー。じゃあ、行こうか」
明石さんはそう言いながら立ち上がって、レジの方に向かって行った。
僕もその後について、レジに向かう。
そしてそれぞれ別々に食べた分の代金を支払って、僕たちはカフェを後にしたのだった。
☆ ☆ ☆
明石さんとのショッピングでは、まず雑貨を中心に扱った書店に向かった。
この店は色々な珍奇なものが置かれていて、確かに見ていて楽しい店である。
が、明石さんはデートでここを訪れて、一体何を見ようというのだろうか?
なんて僕が思っていると、明石さんは迷わず二階に上がり、漫画コーナーに行った。
そしてそこで、
「藤若君、何か気になる作品ある?」
と訊ねてきた。
「そうだね……」
僕はちょっと迷う。
ここにある漫画のうち、目立つところに置かれているものはかなりマニアックというか、癖の強い漫画ばかりなので、実はどれも気になるのだが。しかし、その中でどれか一つあげようとするとこれが、どれにするか迷ってしまい選べないのだった。
さて、どうするか。
そう、僕が思ってあちこち見回していると、ふと、あるコーナーに目がとまった。
それはバンド・デシネと呼ばれるフランスなどの地域で描かれている漫画を扱ったコーナーであった。僕はとりあえずその中の一冊を手に取ってみる。
するとそれを見ていた明石さんは、
「藤若君って外国の漫画に興味があるの?」
と訊ねてきた。僕は、
「いや、興味もあるけど……僕の好きな漫画家がね、結構好きらしいんだ。この漫画」
と答える。すると明石さんは、
「ん? もしかしてその好きな漫画家さんって、この前海外の美術館とかで作品展示してた人? あたしも好きだよ。まあ、アニメの方から見たんだけどねー」
と言ってきた。
アニメから見たとすれば、もしかして明石さんはあの漫画にそんなに詳しくないのかもしれない。
などとちょっと思ったが、よく考えるとその漫画の作者の作品が海外の美術館に飾られたことを知っているのだから、そうでもないのかな? なんて僕は推測しながら、
「ところで、明石さんはどんな漫画が好きなの?」
と明石さんに好きな漫画を訊いてみる。
すると明石さんは、
「え? あたしはねえ……」
と言って少し考えてから、店の商品をあちこち示して、
「これとか、これ。あとこれかなぁ……あ、こっちも好きだよ」
などと紹介してきた。
ええと……これは、自分がタイトルを知らないやつの方が多いが、知っているやつも世間でメジャーな作品ではなく、知る人ぞ知る名作みたいなタイプばかりな気がする。
どうやら明石さん。かなり色々な漫画を読んでいるようだ。
「それと……まあ、他にはここより別の店の方が見つけやすい漫画とかも読むよ」
「それはどんな漫画なの?」
「そうだねえ……ま、それは別の店で紹介することにするよ。ってわけで、次行こうかー」
そう言って明石さんは次の店に行こうとし始めた。
僕はそれを「ちょっと待て」と言って止め、一度棚に戻していたさっきのバンド・デシネの作品を再び手にする。
値段は……三千円弱か。ちょっと高いが――よし、買おう。
「これ買ってくるから」
僕はそう言って、レジの方へ向う。
そんな僕に影響されたのか、明石さんは、
「じゃああたしはこれ買うー」
と言って、僕の好きな漫画家の短編集を手にした。
こうして僕と明石さんはこの本屋でそれぞれ一冊ずつ漫画を買ってから次の店に向かうことにしたのだった。
☆ ☆ ☆
雑貨を扱った書店を出て、次に僕と明石さんが向かったのは、同人誌などを中心に扱っている店である。
ここは僕はあまり来たことがない。
というのも、今まであまり同人とかそっちの方向には手を出していなかったからだ。
いや、実はネット上で知った、好きな漫画家さんが同人誌を出しているのでそれを買いたいと思ったことはあったのだが.
まだ僕はその漫画を実際に購入してはいなかったというわけだ。
というわけで、こういう店に来るのは初めてだったが……なるほど。どうやらかなり大きめにいわゆる十八禁と言われる年齢制限を設けたコーナーがあるが、ここはこういう店なのか。
しかし、そうなると女の子とデートで来るのはちょっと抵抗がある――って、
「明石さん。何やっているの!?」
「何って欲しい本を探しにいくんだよ?」
「ちょっと、いや、でもそっちは……」
明石さん、年齢制限を無視して進もうとしているんだが。
いや、勿論。
僕も性的、あるいは暴力的描写がある作品にも名作はあるということは知ってはいるけれど。
しかし一応高校生なわけだし、その上デート中だし、行ってはまずいだろう。
そう思って僕は明石さんの腕を掴んで引き留める。
すると明石さんは、
「何? 藤若君ってそういうの気にするの?」
などと言ってきた。
「いや、年齢制限あるから。駄目だから」
僕は正論を言って説得するが、明石さんは、
「そんなこと言って、藤若君だってベッドの下とかにそういう本、隠したりしているでしょ?」
などと言ってきた。
「いやいや、ないから。そんなベタなところには隠さないから」
僕が慌ててそう言うと、
「『ベタなところには』ってことは、持ってはいるんだ」
と揚げ足を取ってからかい、
「どうせあれでしょ、ソキウスを扱ったエッチな本とか持ってるんでしょ?」
とまで言い始めた。
いや、仮に持っていても当のソキウスの女の子の前でそれを明かすことはうっかり口を滑らせやすい僕でも流石に言えないのだが。
というか、
「明石さん。恋愛的に好きっていうのと、性的に興奮するってのは別問題なんだよ」
そう。
僕の場合、恋愛的な目で見ているものに対しては、性的な目で見ることに罪悪感を覚えてしまい、結果、その二つの好みが一致していなかったりするのだ。
なので、ソキウスを扱ったギャルゲーやラブコメは楽しむけれど、性的な描写が多い作品はそれとはまるで別のものを持っていたりするのである。
――まあ、それはそれでどうかと思うのだが。
なんて、僕が悩んでいると、明石さんは、
「まあ、そうだよね。そういう人もいるね。好きなキャラのエロい絵は受け付けない人とか……」
などと言って納得しながら再び、年齢制限の設けられたコーナーに入ろうとする。
「だから、駄目だって」
それに気がついた僕は、さっきと同じように明石さんの腕を掴んで引き留める。
「何で?」
何も悪いことはしていないとでも言いたげな顔で訊ねてくる明石さん。
これはまともな説得をしても応じそうにない。
そう思ったので僕は、
「そんなことしたらこのシーン、アニメ化するとき規制入っちゃうからだよ」
と、冗談を言ってみる。すると明石さんは、
「ああ、そうだよね。確かに、そうだ」
と言って首を縦に振り、
「あれも不思議だよね。泥棒とか、暴力みたいな露骨に悪いことは問題にならないことが多いのに、未成年が年齢制限を無視するとそのシーンがカットされたり、ぼかしが入ったりするってのは」
と言いはじめた。
よし、これなら明石さんを止められるかもしれない。
そう思ったので、僕は、
「折角のデートシーンがカットされたり、べた塗りで潰されたりしたら困るでしょ? だから入っちゃ駄目」
と冗談を続ける。するとそれを聞いた明石さんは、
「うーん。じゃあしょうがないなー」
といって年齢制限の設けられたコーナーに入るのを諦めてくれた。
「よし、じゃあこの辺りの、全年齢対象のコーナーでも見ていようかな」
そう言って僕は、ネットで知った漫画家さんが描いている、自身の日常の出来事を描いた四コマ漫画という、いたって健全な作品を探すことにした。
まあ、僕がその漫画を探している最中で、背後から、
「って、よく考えたらこのデートがアニメ化するわけないじゃん」
という、至極まっとうな意見が聞こえた気がしたし。
その後、少しの間、明石さんが僕の側にいなかった気がしたのだが。
おそらく明石さんはお手洗いにでも行っていたのだろう。
うん、そういうことにしておこう。
流石にそれを女子に尋ねるのは失礼だろうから、真相は闇の中になってしまうが……。
気にしてはいけない。いいね。
(続く)
果たして明石さんは本当にそういったコーナーに入らなかったのか?
それは……ご想像にお任せいたします。




