第七章 その2
海奈とデートをするという約束をした後。
彩は香に、街のカフェに誘われて……。
果たして二人は一体何を話すのか?
第七章 その2
放課後、小田鉄祭田駅の側に新しくできた喫茶店に行きたいといった香に付き添い、僕は「イル・カッフェ」という喫茶店に入店した。
ここはかつて「珈琲の宮殿・ヘリオス」という甲冑や観葉植物や絵画なんかが店内に並んでいるという奇抜なカフェだったのだが……ずいぶん店内の様子が変わったものだ。
なんて思いながら僕は注文した珈琲を一口飲んだ。その時、
「おい、彩。河勝さんがソキウスなんて、俺今日初めて知ったぞ」
と香が言ってきたので、僕は珈琲を吹き出しそうになった。お洒落なカフェの中だったので何とか堪えたが、かなり危ないところだった。
「な、な、な、何で知っているの?」
僕は思わず聞き返す。
河勝さんが香に正体を明かした? いや、それはありえないだろう。
だとしたらあれか。
河勝さんの言っていた「観察力が優れた人なら普通の人と、ソキウスの違いが分かる」というやつなのか?
確かに、料理人も食材の鮮度とか、肉の焼き加減なんかを見分けるために鋭い観察力が必要だし、香がそういう能力を持っていてもおかしくは――。
「いや、お前の様子を見ていたら他の女子に好かれていたときとは明らかに違ったし。ということはやっぱりソキウスなんだろうなって」
あ、なるほど。
観察されていたのは河勝さんじゃなくて、僕の方だったってわけか。
って、おい。
「もしかして河勝さんがソキウスって、今僕が言うまで推測でしかなかったの?」
「まあな。でも、九割七分五厘ぐらいはそうだと思ってたぜ?」
どうやら香は僕を騙したらしい。
しかし、僕は香に態度から大方のことを読まれた上、香のしかけたブラフにまで引っかかってしまったということか。
これは何か、「モナ・リザ」にかけられた保険金と同じだけの金額を失ったギャンブラー並に敗北感がある。
そして、そんな感覚を味わうと同時に、河勝さんの秘密をあっさりばらしてしまったことに申し訳なさも当然感じるのだが。
もう、こうなると隠しようもないわけで……さて、どうするか。
僕がそう悩んでいると、香が、
「ああ、このことは当然秘密にしておくし、万が一河勝さんにばれたら俺が無理矢理話させたことにして、一緒に頭下げに行ってやるぜ」
と提案してきた。
「え、ああ。そう。ありがとう」
それはそうしてもらいたいので、とりあえず僕は礼を言う。
言いながら僕はふと、香が今日、こういう喫茶店に誘ったのは、新しい店の様子を調べるためではなく、こういう話はあまり高校生が利用しないような場所でするべきだと判断したからではないのかと気がついたのだが。
何か、そうすると今度は敵から高級岩塩「フルール・ド・セル」を贈られたぐらいに助けられている気がするな。まあ、香は敵じゃなくて友だと思っているけど。
なんて、僕が香の気遣いに感心していると、香は、
「で、だ。彩、お前やっぱり河勝さんの方を取るんだろ?」
と当たり前のように訊いてきた。
「え? どうして?」
僕がまだ明石さんとデートもしていないのに、何故そういう風に香が決めつけるのか。疑問に思ったので訊ねる。すると香は、
「だって、明石さん。あの人なんか変だぜ? 俺もまさか会っていきなり告って抱きつくなんて思っていなかったから紹介したけどよ。普通じゃねえって」
と言ってきた。確かに僕も香が言うとおり明石さんは変だと思っていたので、
「まあ、普通じゃないけどさ」
と同意する。すると香は「だろ?」と相づちを打ってから、
「そりゃ確かにお前のよくやるようなゲームとか、ラブコメものの漫画とかならあれぐらいのヤツは結構いるだろうが……現実だとおかしいだろ? どう考えても」
などと言い出した。
「そうだよなあ……」
いわゆる、ギャルゲーとか、あるいはラブコメではあの手の超積極的な女子は結構登場することが多いけれど、現実にはあまりいないというか。何か周囲から浮いているというか。
確かに、明石さんは付き合ったら大変そうな感じではあるか。
なんて思った僕が、明石さんと付き合った場合の苦労をあれこれ想像していると、香が、
「だから俺はどっちか選べって言えば、お前は河勝さんを選ぶと思ってたんだが選ばなかったし。河勝さんは河勝さんでデートを止めなかったし……」
などと言い始めた。
「え? あれはそういうつもりだったの?」
僕はてっきりその場の勢いで言っているんだと思っていたので驚いて訊ねる。すると香は、
「あん? 俺がもしかして特に考え無しに言ったとでも思ってたのか?」
と訊ね返してきた。
「いや、そうじゃないけど」
香のことを考え無しだと思っていたなんて流石に言えないので、僕は嘘をついて香の質問に答える。すると香は、
「俺はお前と河勝さんは秘密を共有しているぐらいの仲なんだから、きっかけがあれば付き合っても普通かなと思ってたんだがよ」
などと僕にどちらかと付き合うように薦めたことに関しての詳しい理由を述べてきた。
ん?
なんか香は勘違いしているみたいだな。
そう思ったので、僕は、
「え? 共有って……してないよ。秘密」
と訂正する。
「……マジで?」
「うん。マジで。僕が一方的に知っているだけ」
驚いた様子で尋ねてきた香に、僕は答える。すると香は少し考えてから、
「あ。そうか。だからお前、河勝さんと付き合ってねえんだ。気まずいから」
と言ってきた。
「そういうとこ……かな?」
別に付き合ってない理由がそれだけというわけではないけれど、それが大きな理由の一つではあるので僕はとりあえず肯定する。すると香は今度は、
「でも、河勝さんがお前と明石さんのデートを止めなかったのは何でだ? どう考えても河勝さん、お前のこと好きだろ?」
と訊ねてきた。
「うん。河勝さんは多分、僕が彼女の秘密を知っているかもしれないって疑っているからね。それがはっきりするまでは迂闊に付き合ったりはできないんじゃないかな?」
まあ、河勝さんが実際何でデートを止めなかったのかというのは、僕には分からないが、おそらくこういう理由だろう。
「なるほどね……」
香の方も、僕の考えに納得したらしく頷く。そしてそれから少し考えて、
「スマン! そういう状況をより一層ややこしくしちまって」
と謝罪してきた。
「いや、香は悪気があったわけじゃないし……別にいいよ」
今回の場合、香も含めて誰かが悪いというわけではないから香を責めても仕方がないと思っていた僕はあまり迷わず香を許す。
するとそれを聞いた香は、「ならいいんだが」と言ってから、
「ところで彩。お前、もし秘密のことがなければ河勝さんと付き合うのか?」
と訊ねて話題をずらしてきた。
「え……ええと……まあ、そうかも」
付き合いますとはっきり言うのはちょっと抵抗があったので、僕は曖昧に返事をする。
すると、香はややにやけながら、
「そうかもねえ。そうりゃそうか。ようやく出会えたソキウスだもんな」
なんて言ってきた。
「え? ああ、そうだね。うん」
そういえば、そうなんだよな。
河勝さんは僕の好みであるソキウスで、しかもその中でも特に気に入っているラミア属なんだよな。
……ん?
そういえば。僕が河勝さんと一緒にいると幸せな気持ちになるのは、河勝さんのことが好きだからなのだろうか?
ひょっとしたら、「ラミア属のソキウス」という属性を持った人と一緒にいるから幸せに感じているだけなのではないだろうか?
いや勿論、デート中に河勝さんのことを常にソキウスだと頭で考えていたかといわれたらそうでもなかったのだが。一方、心のどこかでは「自分の好みの女性といる」ということで幸福感を感じていた可能性もあるわけで。
あれ?
だとすると、それは果たして河勝さんを好きなのか。
それともラミア属のソキウスが好きなのか。
もし、河勝さんがソキウスではない普通のヒトだったら僕は彼女に興味を持たなかったかもしれないわけだし。
うむむ、これは。
仮に秘密の件がなくても、素直に付き合えないかもしれない。
なんて、僕が悩んでいたところに香が、
「だとしたら、あれだよな。時間をかけてゆっくり河勝さんとの関係を何とかしたかったわけだろ? 俺、本当に余計なことしちまったってことだよな。申し訳ないぜ」
と再び謝ってきた。
「だから、別に謝ることじゃないってば」
「そうか……そう言われると助かるんだが」
頭を掻きながらそう言った香は、それから少し考えて、
「で、じゃあ明石さんとのデートはどうするつもりだ?」
と訊ねてきた。
「どうするって。約束した以上はするけど?」
既に好きな人がいるのに他の女子とデートとか、どうかと思うのだけれど。
その他の好きな人が認めちゃっていて、かつ、ああして約束した以上これはもうするしかないだろう。
そう思っていたので、僕は香に特に考えずに返答する。
すると香は顎に手を当てて、ややうつむきながら、
「うーん。あの感じだときっととんでもないデートになっちゃうぜ?」
と口にした。
僕も香のその意見に最初同意しようかと思ったが、ちょっと考えて、
「そうかな?」
と返事をする。
「ん?」
「確かに明石さんは過激というか積極的なところがあるけど、最初に聞いた話だと人付き合いとかは上手いんでしょ? 案外、普通のデートになるかもよ」
もし本当に人付き合いが上手いとしたら、あの態度も実は何か意味があってのものだったのかもしれないし。そうなると、あまり酷いデートにはならないかもしれない。
僕の意見に、香も一応は納得したらしく、
「まあ、そういう可能性もあるか」
とは呟いたものの、ちょっと間を置いてから、
「……けどよ、万が一ってこともあるぜ?」
と付け加えた。
「万が一って、何があるっていうのさ?」
「ん。まあ、色々だよ。よく分からんけど」
思わず聞き返した僕に、返す香。
「よく分からないねえ……」
よく分からない万が一を想定しながらのデートをするというのは、それは今度は明石さんに申し訳ない気もするのだが。
なんて、僕がちょっと真面目に考えていると、香は、
「兎も角、デートのときは一応、気をつけた方がいいんじゃねえか?」
と言ってきた。
「ああ、そうすることにするよ」
「何か身の危険を感じたら俺に連絡しろよ。今回のデート、俺のせいってのもあるからな。何とかするぜ」
「分かった、何かあったら連絡するよ」
一体、連絡を受けたらどうするつもりなのかさっぱり分からないが……。
まあ、何かしてくれるのだろう。
そう思ったので、僕は香にいざとなったら連絡すると約束をする。
すると香は、「おう、任せておけ」と言いながら立ち上がり、
「さてと、じゃあ話すことは大体終わったし、そろそろ店を出るか」
と言ってレジの方に向かいだした。
「え、ああ。そうだな」
僕も別にもう話すことはないので、店を出ることにする。
とまあ、こうして。
僕はこの日、香に心配されながらも、明石さんとデートをすることに決めたのだった。
☆ ☆ ☆
さて。
明石さんと僕とのデートまでの数日間。学校で河勝さんや明石さんと僕の間に何かがあったかといえばこれが何もなかった。
僕は、河勝さんは兎も角、明石さんのあの性格ならデートが決まった後でも積極的に近づいてくるような気もしてちょっと身構えたりしていたのだが、結局そういうこともなかったのだ。
こういう風になったのは河勝さんと明石さんがお互いに牽制しあっていて、どっちも迂闊に僕に手を出せない状態だったからなのか。
それとも、二人とも「僕とのデートの結果でどっちが付き合えるか決まる」というルールはちゃんと守ろうと考え、デートが終わるまでは下手に動かないことにしたのか。
あるいは、デート前に積極的に手を出した結果、僕に「フェアではない」と判断され、かえって悪印象を持たれることを警戒したのか。
どれが一番の理由なのか、僕には分からないが、多分、そういった理由が複雑に合わさった結果なのだろう。
まあ、そんなわけで。
僕はデートまでの数日間、彼女たち二人と知り合う前のように、生物部としての活動や、イラストの制作、香との喫茶店巡りなんかをして過ごしたのだった。
そして、四月二十六日が来て、僕は明石さんとデートをすることになる。
という訳で。次は海奈とのデートのなるのですが。
今度はどいった内容になるのか? こうご期待。




