第七章 その1
隣とのデートの翌日。
高校の廊下で、彩は突然――
第七章 その1
「君が藤若君か。ふーん。ねえ、あたしと付き合う気はあるかい?」
その女子生徒は僕に会うなりそう言った。
あまりに突然のことに、状況が把握できない僕はとりあえずここまでの経緯を整理して簡単にまとめてみることにする。
ええと、河勝さんとのデートの翌日、月曜日。
いつものように生物室で僕が昼食を食べていると香がやってきて、僕に一緒に来るようにいってきたので彼について行った。
すると、二年三組の前の廊下に連れて行かれ、そこでとある女子に会わされたのだった。
そして、その女子がいきなり僕に向かって先の言葉を放ったというわけである。
っと、しかし。付き合うね。
それはいわゆる「ちょっと付き合えよ」という誘いなのだろうか?
「付き合う? 何に付き合えばいいのかな? ひとっ走りとか?」
僕はとりあえず、冗談を交えながらその女子に訊ねる。
するとその女子は、
「ひとっ走りって、いったいどこにドライブに行くんだい?」
と目を丸くして訊ね返してきた。
「こいつ、たまに変なことを言うから気にしないでくれ」
そうその女子に説明する香。
するとその女子は「面白いね。君」と言ってから。
「付き合うって言ったら付き合うだよ。告っているってわけ」
と説明をしてきた。
そうか。告白しているのか。それは大変だな。ご苦労様。
……………ん?
「告っているって、僕に?」
「君以外誰がいるっていうのさ?」
「いや、だって。そもそも君、一体誰?」
そう。僕はこんな女子は見たことがない。
僕は勿論、一学年二百八十人近くいる生徒の顔を全員把握しているわけではないが、それでも彼女の場合は本当に見たことがない雰囲気の顔だった。
そんな見たことない女子が告白してきているわけだが。彼女は一体何者だろうか?
なんて僕が考えていると、その女子は、
「ああ、そうか自己紹介がまだだったね。あたしは――」
と言いながら変身した。
そう変身、としか例えられない変化をしたのである。
身体の腰から下にいつの間にか八本の脚がある。
しかもその八本はどれも蛸の触碗のようになっている。
更に注意してみると学生服のスカートが動きやすい形状に変形している。
ああ、そういえば。
ソキウスの着ている特殊な素材で作られた服は彼らの擬態化能力に呼応して変形したり、あるいは身体の一部のように変化したりするものだとどこかで読んだことが――。
って、そうじゃない。今大事なのは。
自分の前にいる女子生徒がソキウスだったということだ。
「こういうものですって、これで分かったかな?」
八本の脚の内の一つを僕の方に差し出しながらその女子は言った。
僕はこれは握手のようなものだと判断し、彼女の脚の方に右手を差し出しながら、
「ええと、もしかして明石さん?」
と彼女を呼ぶ。
「そ。もしかしなくても明石さんだよっ!! イエーイ!!」
僕の呼びかけに応じた明石さんは、差し出した僕の腕に脚を巻き付け、その脚を上下にぶんぶんと振るう。
そしてそのまま、他の脚も僕に巻き付けてきた。これは、人間でいえば抱きついてきたというところなのだろう。
むう、これは。
ソキウスは身体の構造上、基本的にヒトと同じ恒温動物なので彼女の触碗も蛸と違って人肌程度に温かいのだが。
そんなのが巻き付いてきて、その上吸盤も吸い付いてきて、これはかなり気持ちがいい。
このままずっと巻き付かれているのも悪く無い――。
って、いや。
こんな人気の多い廊下でこんなことをしていたら目立つだろう。
何を考えているんだ? 明石さんは。
ほら、周りの生徒も変な目で見ているし……一刻も早く離れてもらわなければ困る。
僕はそう思ったが、いきなり会ったばかりの抱きつく人にそう問いかけてもあまり意味をなさないかもしれないとも思ったので、香の方に、
「なあ、香。これは一体どういうことだい?」
と訊ねた。
「いやあ、ここ最近の休み時間とか放課後を使って、明石さんとよく話していたんだが」
「いたんだが?」
「友人にソキウスに詳しいヤツがいると言ったら、是非会いたいって言われたからお前を連れてきたってわけだ」
「ああ、そういう……って、それがどうしていきなり告白されて抱きつかれる展開になるんだい?」
「ふふふ……それはねえ」
「そ、それは?」
不敵に笑う明石さん。僕は彼女が僕のことを好きになるのには何か、B級モンスターパニック映画に出てくる巨大生物ぐらいに大きな理由があったりするのだろうかと想像し、次の言葉に耳を傾ける。
だが、明石さんが放ったその、次の言葉というのは、
「何となくだよッ!!」
というものだった。
「な、何となく……」
「そ、直感ってヤツだねー」
「それって一目惚れとかそういうのじゃないのかな?」
「ま、そうとも言うねえ」
そうとも言うねえではない。
一目惚れで告白されて、その上まだ返事もしていないのに、抱きつかれては困る。
僕はそう思ったが、やはり明石さんにそれをいっても聞いてくれそうにないと判断したので、再び香の方に、
「なあ、香。これは一体どういうことだい?」
とさっきと同じように訊ねた。
「俺に訊ねられても困るぜ」
香はやれやれという感じで、首を振りながら僕の質問に答えたが、その後少し考えるような仕草をしてから、
「まあ、いいんじゃねえの?」
と続けた。
「何が?」
「世の中には出会った日に付き合ったりするヤツらもそれなりにはいるし」
「それなりって」
それは広い世の中探せば、あった日に付き合うどころか結婚するような人間だって、多少はいるかもしれないが。
それはあくまで広い世の中を、まるで睡眠時間を削ってネタを考えるお笑い芸人並に無理をして探した場合だろう。
「それにお前、別に今誰かと付き合っているとか、そういうのはないだろ?」
「え、あ、いや……」
「なら試しに付き合ってみるってのもいいんじゃないか?」
試しに付き合うか。
確かに、そういう考えもあるのかもしれない。
とはいえ、僕には河勝さんがいる。
いや、別に僕と河勝さんは付き合っているわけじゃあないけど。
昨日デートしてその翌日に他の女子の告白を受けるというのは何というか、申し訳ないという気がするのだ。
とはいえ、じゃあここで明石さんをフって河勝さんを選ぶというのも、ちょっと違う気もするし。
さて、どうするか。
なんて、考えていると、そこに、
「コラァー!! 何してんの、あんた達は!!」
という声が響いた。それは昨日僕が一日中聞いていたあの声だった。
「か、河勝さん?」
「そこの痴女!! 藤若君から離れなさい!!」
どうやら河勝さんは明石さんが一方的に僕に抱きついている事から、彼女を変質者の類だと判断したらしい。
僕ではなく明石さんの方に問題があるというのは、この状況から判断した結果なのか、それとも今日までの僕の態度から判断した結果なのか。
どちらにしろ、どうやら僕は河勝さんにそれなりに信用されているということなのだろう。
少なくとも、僕は河勝さんに〈人前でいちゃつくようなヤツ〉だとは思われていないようだし。
で、その河勝さん。
コメディタッチなアニメだったら明石さんを跳び蹴りで吹っ飛ばすぐらいの勢いでこっちに向かって駆けてきてから、明石さんの上半身の方の腕をつかんで、無理矢理引っ張った。
「痛い、痛いって、河勝さん……」
軟体な部分で僕にしがみついている明石さんより、しがみつかれている僕の方がダメージを受ける。
僕が痛がっているのを見て、明石さんは僕を、河勝さんは明石さんを離した。
この場合、大岡政談の子争いというエピソードを基準にしたら、河勝さんと明石さん、どっちが本物ということになるのだろう?
なんて、僕がどうでもいいことを考えていると。明石さんが、河勝さんに、
「君は何だい? もしかして藤若君の彼女とかかな?」
と訊ねた。
「ち、ちがうわよ!」
明石さんの質問に慌てた様子でそう答えた河勝さんは、続けて、
「こんな目立つところでいちゃつかれたら鬱陶しいってだけよ」
と言った。
「別に廊下で抱き合っちゃいけないなんて校則はないと思うけどねー」
即座に反論する明石さん。しかし、別に校則に書かれているかどうかはあまり関係がない気がする。
河勝さんもそう思っていたらしく、
「校則にあるないじゃなくて、あれよ、あれ。TPOってやつよ」
と明石さんに言い返した。
すると明石さんは、
「何? トロンボポエチンがどうしたんだい?」
などととぼけた様子で言う。トロンボポエチンなんて学校で習った覚えはないから、おそらくTPOについて指摘されたときに言う冗談として知っているのだろう。
「トロンボポエチン? 何よそれ? ……って、違うわよ時と場所と場合をわきまえろって言ってんの!」
明石さんの冗談を受けて、TPOについていちいち説明する河勝さん。すると明石さんはそれを聞いて、
「じゃあ、藤若君、放課後に人気のないところで続きをするとしようねー?」
と言い出した。
確かに、それなら時と場所はクリアできるだろう。が、問題は場合だ。
「ちょっと藤若君? あたしとデートをした翌日にいきなり別の女子といちゃついたりはしないわよね?」
やっぱり、河勝さん的にも自分とデートをした男子がその翌日、別の女子といちゃついているというのは気分の良くないものだったようだ。
僕としても今日、こんな状態で明石さんと人気のないところで二人きりというのは気まずいので、
「え? ああ、まあ……」
と返事をする。
すると今度は僕たちの話を側で聞いていた香が「デート?」と口にしてから、
「彩、お前と河勝さんってそういう仲だったのか。悪い! それが分かっていたらもっと別の形で明石さんを紹介したんだが」
と謝罪してきた。
そういえば、香にデートの話をしようとは思っていたんだが、中々言い出すタイミングがなくて結局言えずにいたんだったな。
しかし、まさかこんな状況で友人にデートの件が知られてしまうとは。また話がややこしくなりそうだ。
などと僕が心配していると。河勝さんが、
「そういう仲って、別にあたしと藤若君はそういうのじゃないって」
と香の発言に否定的な意見を言った。
すると、それを聞いた明石さんは、
「じゃあ、別にあたしと藤若君が何していようが河勝さんには関係ないよねー?」
などと指摘する。
「ちょ、それとこれとは話が別よ」
「別なのかい?」
「当たり前でしょ!」
当たり前らしい。
「ふうん。もしかして河勝さんも藤若君に気があるのかい?」
「え、そ、それは……」
ふむ。この態度は。
河勝さんは僕に、好意を寄せている……のだろうか?
いくら女子の気持ちに疎い自分でも、ライトノベルにありがちな恋愛に鈍感な主人公ではあるまいし、それぐらいは流石に分かる……と、言いたいが、それこそ今度はただの勘違い野郎の発想かもしれない。
――と思ったが。
その前にちょっと待て。
この河勝さんの態度も、彼女が僕を探るための策かもしれないじゃないか。
だとすると、簡単に河勝さんが僕を好きだと思い込むのはまずいのではないだろうか?
って、いや。
そんな風に、いつまでも河勝さんのことを疑っている自分こそ人としてまずいのかもしれないし。
河勝さんが実のところ僕に好意を寄せているのかどうかは分からないが、少なくとも僕は河勝さんの秘密を知っていて、河勝さんは僕に秘密を知られていることを知らないわけで。
こんな状況だと仮に両思いだったとしても付き合うなんていうのはやっぱりまずいのだろう。
と、まあ、その前に。
今はこの状況を何とかしないとならないのだが。
などと、僕が考えていると。香が、
「おい、彩。二人の女子に好かれているとか、お前いわゆるモテ期ってやつか? うらやましいぜ」
と言ってきた。
「いや、うらやましいって、香は普通に彼女いるでしょ。というより別に僕はモテ期ってわけじゃないと思うんだけど?」
僕は香の冷やかしに対して答えると、それとほぼ同時に河勝さんも、
「だから、あたしは別にそういうのじゃ……」
と言った。
だがそうは言っても、河勝さんの今の様子では否定すればするほど、逆に肯定しているようにしか感じられない。
「いや、河勝さん。端からだとどう見ても彩に気があるとしか思えないんだが」
香が河勝さんに対してそう、ずばりと指摘。そして、ちょっと間を開けてから、
「……あ、そうだ彩」
と呼びかけてきた。
僕は香の表情から、何か僕にとってあまりよろしくないことを企んでいるのではないかと警戒しながらも、
「何?」
と返事をする。
すると香は僕の方を指さしながら、
「この際、ここでどっちと付き合うか選んじまうってのはどうだ?」
などと提案してきた。
「え、ちょっと。だからあたしは別に藤若君のことは……」
「でも、明石さんに取られるのは嫌なんだろ?」
「え? ま、まあ確かに……」
確かに、なのか。
それは僕の勘違いではなく、あるいは何かの企てがあるわけでもなく。河勝さんは僕に気があるってことなのだろうか?
それ自体は非常に嬉しいのだが、しかしそんな、僕に好意を持ってくれている河勝さんの秘密を一方的に知っていて、かつ、そのことを打ち明けないでいる僕にはやはり、河勝さんと付き合う資格はないんじゃあないのでは――。
「じゃあ決定だ。彩、どっちに――」
「ちょっと待った!」
ストップを駆けたのは河勝さんでも僕でもなく、明石さんだった。
「河勝さんと藤若君が一度デートしている以上、これだとあたし不利じゃん」
「まあ、そうかもな」
不利ときたか。
その表現が正しいかは兎も角、今の状態だと僕は明石さんのことをほぼ何も知らないわけだし、まあそんな状況で他の女子と比較されるのは明石さん的には不満なのだろう。
その気持ちは分からなくもないが……じゃあどうするつもりなのか?
なんて、僕が不安になっていると、明石さんは、
「じゃあ今度の日曜、あたしと藤若君でデートするってのはどうだい? それから、どっちを選ぶか決めるってことで」
と提案した。
「なるほど。その方がいいかもな……河勝さんがいいって言えばだけど」
明石さんの意見を聞いて、香は頷きながら言う。
おい、僕の意志は無視か。と僕は香に突っ込みたかったが、そうする前に河勝さんが、
「あ、あたしは別に構わないわよ」
と言ってしまった。
「じゃあ決まりだねー。藤若君、今度の日曜は空いているかい?」
何かもう、デート自体を無しにはできそうにない雰囲気なので、僕は仕方がなく、
「え? まあ、大丈夫だけど」
と返事をする。それを聞いた明石さんは嬉しそうな表情をして、
「そう。それじゃあ日曜はあたしとデートってことでよろしくっ!」
などと言って、今度はヒトと同じ手で僕と握手をしようとした。僕はさっきみたいにまた巻き付かれることを予測して、その手を握るべきか迷う。
するとそのタイミングで、昼休み終了前の予鈴が鳴った。
「あ、もうこんな時間か。次、教室移動だからあたしもう行くねー」
明石さんはそう言って教室に荷物を取るために入っていく。
「おい、彩。うちのクラスも体育だから更衣室行こうぜ」
「え? ああ。そうだね」
僕たちもジャージに着替えるために更衣室に向かうことにする。
こうして、この場はとりあえず解散したので、僕はとりあえず一安心したのだが。実はこの時、香はあることに気がついていたのだった。
(続く)
こうして、ラブコメによくあるの。
後から出てきた積極的なヒロインが登場したわけですが。
さて、彼女は一体何者なのか……。




