第六章 その4
さて、デートも終盤となり。
次に向かったのは、今までの場所から少し離れたところにある美術館のようですが。
一体どんな作品が展示されているのでしょうか?
第六章 その4
さて、薬師ヶ沼緑地を出た僕たちはバスに乗り、祭田駅の方向に戻りながら次の目的地に向かう。
次の目的地、それは。
「っと、祭田国際版画ミュージアムに到着ー」
と河勝さんが言っているように祭田国際版画ミュージアムである。
この美術館は全国的にも珍しい、版画を専門に扱った美術館で、葛飾北斎、歌川広重、棟方志功、デューラー、レンブラント、ピカソ、カンディンスキー、リキテンスタインなどの有名作家の作品が多数収蔵されている美術館でもある。
また、小中学校の作品展などもこの版画美術館で行われるので、この町の子供にとってはそういった点で馴染みのある美術館でもあったりする。
まあ、僕の作品も何度かここに展示されたことがあるけれど。それは兎も角。
河勝さんは何故、今日、ここをデートコースに組み込んだのだろうか?
いや、僕が絵を描いていて美術が好きだからとか、この日が美術館の開館記念日で入館が無料だからとか、そういうことを考えるとデートに美術館を選ぶのは正解っぽいのだが。
問題は今日やっていた企画展である。
「河勝さん。今日やっている展示って」
「うん。『浮世絵にみる妖怪画』だよ」
そう、この日の展示は妖怪を扱ったもので、歌川国芳やその弟子だったことがある河鍋暁斎、月岡芳年の作品を中心とした展示なのだ。
で、何故それが問題かといえば。
ソキウスは昔、ヒトから妖怪として扱われていた経緯があるからである。
ちなみに、そういった類のソキウスを扱った作品について、文化的あるいは歴史的な背景があるという理由で過去に描かれたものは展示しても特に問題はないとされているし。
また、最近の作品でも「神話や伝説に由来するもの」ならば制作しても特にお咎めはなかったりする。
とはいえ、この辺りは複雑で、「ソキウスに対する差別だ」として五月蠅く指摘する団体も少数派ながら存在するし、他方では神話や伝説をモチーフにしていると言い訳をして昔ながらの妖怪やモンスターのイメージでソキウスを描いている作品もあったりする。
僕個人としてはソキウスを悪く描いているものを良くは思えないのだが、一方、神話や伝説には長い歴史があり、これは一つの文化なわけでそれを差別的だとかそういう理由で何でもすぐ問題視するわけにもいかないし、この辺りは難しい話だと思っている。
また、物語の悪役には当然、ヒトの悪人も出てくるわけだから、ソキウスの悪人を描くことを差別だとするのはそれはそれでおかしな話になるとも考えられる。
ゲームなんて、たとえヒトでも賊や敵兵が〈モンスター〉という扱いで登場したりするしな。
とまあ、そういうことはさておき。
何故、そういった経緯があるにも関わらず、河勝さんがこの展示会を僕と一緒に見ようと思ったのかが問題なのである。
もしかしたら、僕がこういった作品に対してどういう感想を述べるかから、あれこれ僕のことを探ろうとしているのかもしれない。
だとしたらこれもまた警戒した方がいいのだろうか?
なんて、思っていると河勝さんは美術館に入っていった。僕もその後を追って美術館に入る。
そして、とりあえず僕たちは二階にある企画展示室へと向かう。
――で、展示室到着後、僕は入り口で作品リストを貰い、展示してある作品の名前をざっと確認する。
結果、これなら特に問題ないかな? という感じのものが大半だった。
確かに、武者絵なんかには武者の力強さを現すために巨大化した生き物と格闘している作品もあるが、それはソキウスというより怪獣的なイメージに近いものだし。
後は、ソキウスがモチーフではない、例えば付喪神とか、ソキウスとは関係なく動物を擬人化した妖怪とか、そういったものを扱った作品がほとんどのようだ。
まあ、あくまで作品の名前からの推測なので、実際には明らかにソキウスを危険な存在として描いているのもあるかもしれないが――いや、露骨なのは美術館側も配慮して展示していなかったりするのか?
なんて、思いながら先に展示室に入っていった河勝さんを追いかけると、河勝さんは一枚の絵の前で立ち止まっていた。
それは、月岡芳年の「袴垂保輔鬼童丸術競図」という、盗賊二人の術による対決が描かれた作品で、画面の上にいる袴垂保輔という盗賊が蛇を、画面の下にいる鬼童丸という鬼の盗賊は怪鳥を操っているというものだった。
「河勝さん、この絵が気に入ったの?」
僕はとりあえず訊ねてみる。
すると、河勝さんはこちらを向かずに絵を見たまま、
「この蛇がね、可愛い顔しているよね?」
と言った。
確かに、そこに描かれている蛇の顔は可愛いというか、凛々しいというか、その中間ぐらいの中々魅力的な顔だった。
蛇の絵なら、この絵までに武者絵に大蛇がいくらか描かれていたけれど、大抵は厳つい顔だったからな。確かに、この絵の蛇が可愛いっていうのは分かる。
「河勝さんってリスパークでも蛇見ていたけど、蛇が好きなの?」
とりあえず僕は河勝さんに聞く。
「まあ、好きね。蛇が嫌いって人も結構いるけど――あたしは蛇って顔が可愛いと思うのよ。まあ、にょろにょろした身体も魅力的だけど。やっぱり顔ね。一番の魅力は」
「顔かあ……」
ラミア属としては身体の方が共感できる気もするのだが。
一方「顔が可愛い」と「身体が可愛い」ならどう考えても前者の方が人間相手の褒め言葉なわけで、そうなると河勝さんは蛇にかなり感情移入しているとも考えられる。
なんて、そんなことを考えながら僕は、
「動物を見るときに顔にも注目する人と、全身の形にばかり注目する人がいるよね」
なんて、自分の今までの経験からくる意見を述べる。
「そうね」
と頷いた河勝さんは、続けて、
「私の友達なんて蜘蛛の目つきが可愛いっていっているし」
と言った。
蜘蛛か。
容姿としては苦手な人が多い生き物だけれど、あれ、確かに目つきは結構可愛いんだよなあ。特にハエトリグモはなんか愛嬌があるし。
しかし、蜘蛛を可愛いというとは、その友人、中々良いセンスをしている。
「その友人って、河勝さんがよく話しに行っている、別のクラスの友達?」
僕は試しに聞いてみる。
「そう、その子」
そうなのか。
確か、その友達は女子だったはずだから、蜘蛛好きの女子ということになるけど、それはかなり珍しい気がする。
しかし、蛇と蜘蛛か。確か人間は蜘蛛か蛇、どちらかに苦手意識を持っているなんて俗説があるな――なんて、僕があまり関係ないことを考えていると、河勝さんが、
「ねえ。今回の展示に他にも蛇の可愛い絵ってあるかしら?」
と訊ねてきた。
ええと、蛇か。さっきのリストにあったはずだ。
「確か、この先に河鍋暁斎って人の蛇の絵でいい絵があるよ」
今回の展示会には妖怪画ではない作品も多少、参考作品として展示してあったのだが、そのうち一枚がに「蛙と蛇の戯れ」という絵があったのだ。
あれ、確か蛇が蛙に乗られている絵だったけれど、タイトルに「戯れ」とあるように悪いイメージで描かれた絵ではないし、それに蛇も蛙も楽しそうにしている作品だからまあ、河勝さんの望むような絵に違いないだろう。
「そう。それは楽しみね」
言いながら河勝さんは絵から目を離し、僕の方を見る。そして、
「ところで、藤若君って確かソキウスが好きって言っていたよね?」
と訊ねてきた。
「え? まあ」
僕は、曖昧に返事をする。
あれ? 好きと言ったんだっけ? 単に親しくしたいと言っただけだったような気が――と、僕がちょっと気にしていると、河勝さんは僕に、
「じゃあ、かつてソキウスが妖怪として扱われていた経緯があるってのも知っていると思うけど、そういうことについてどう思う?」
などと、いきなり質問してきた。
妖怪の絵を見ているとはいえ、タイミング的にはかなり唐突な訊ね方だ。
やはり河勝さんは僕のことを探るためにここに連れてきたのだろうか?
まあ、いいや。
別にいつも考えていることを言っても問題ないだろうし、普通に答えよう。
「確かに、ソキウスは妖怪扱いされて差別されていたけれど、そういう扱いをして悪いイメージをつけようとしていたのは多分、一般の人じゃなくて、ヒトの社会の権力者だったんだと思うんだよ」
「そう?」
「うん。ソキウスは彼らの掟とかしきたりがあるから、ヒトの権力者に支配されなかったり、時には逆らったりしたでしょ? 権力者的には目障りだったんだと思うんだよね。でも、そういう権力に従わない存在って庶民から見れば『憧れ』だったり『味方』だったりもするわけでさ」
「まあ、そういうところもあるわね」
「だから、庶民はソキウスを妖怪として扱っても、決して悪としては見ていなかったんじゃないかな?」
「ふうん」
「それと、ここで今日扱われている絵師の人達だけど、彼らは作品によって政治批判をしたりもしていたんだよね。歌川国芳は幕府を風刺した絵を描いていたし、河鍋暁斎も政治批判をしたとして捕らえられたことがあるし」
「そうなの?」
「うん。だから、そういう絵師はヒトの権力者と敵対することが多いソキウスとは、何か親近感を持っていたんじゃないかな? 場合によっては知り合いだったかもしれないよ」
「まあ、そうね。それに――」
「ん?」
「絵描きって観察力が優れているでしょ? ソキウスって正体を隠した状態でも見る人が見れば多少ヒトとは違うらしいから、案外、そうやって正体を見破って知り合いになったのかもね」
へえ、そうなんだ。
正直、正体を隠した状態でも見る人が見たら違いが分かるなんてことは初めて聞いた。
しかし僕は結構観察力があるつもりだったけど、河勝さんにあまり違和感は感じないのだが……歴史に名を残しているような画家と自分を同列に扱うのも問題か。
あるいは僕ももっと鍛えれば、擬態したままの相手でもソキウスだと分かるようになるのだろうか?
まあ、そうなったらなったで、色々大変かもしれないな。
今だって、一方的に河勝さんの正体を知っているということで苦労しているのに、そういう相手がもっと増えることになるだろうし。
でも、やっぱり絵描きとしては優れた観察力は欲しいし――まあ、今は作品を見ることにするか。
そう思った僕は、先に進んでいっていた河勝さんを追いながら、この後の作品も鑑賞していくことにしたのだった。
☆ ☆ ☆
美術館で作品を鑑賞し終え、今日のデートも終了になったので、僕たちはNR線祭田駅前にある「光子乱舞」まで戻ってきた。
河勝さんはここから小田鉄線に乗るので、今日はここでお別れとなる。
「今日は楽しかったわ」
笑顔を浮かべながら、そう言う河勝さん。
僕も中々楽しめたので、
「うん。かなり良い刺激になったよ」
と嘘偽りない感想を述べる。
「そ。それは良かった。頑張って考えた甲斐があったわ」
河勝さんはそう言いながらトートバッグの中に手を入れ、小さな袋を2つ取り出した。
「はい、これ。藤若君に。開けてみてもいいよ」
「え? なんだろう?」
このサイズからするとどっちも葉書っぽいけど……と、思いながら開封すると、一方からはリスのイラストの、もう一方からはさっき見た「袴垂保輔鬼童丸術競図」が描かれたポストカードが出てきた。
「大した物じゃないけど。絵の参考になればと思って」
「え、あ、ありがとう」
どうやら河勝さんは僕のためにリスパークと版画ミュージアムでポストカードを買っていたらしい。これは中々嬉しいかな。なんて思っていると、
「あ。あたしはこれ買っちゃった」
といってリスのぬいぐるみと「蛙と蛇の戯れ」の描かれたトートバッグを取り出した。
あのバッグ、確か二千円ぐらいしたと思ったのだがそれを買ってしまうとは。
よほどあの絵が気に入ったのだろうか? それとも蛇好きとして蛇グッズは購入しないと気が済まないのだろうか?
そう僕が気にしていると、
「さてと、プレゼントも渡したし――それじゃあここで今日は解散ね」
などと河勝さんが提案してきた。
「まあ、そうなるね」
多少名残惜しいが、まあ、時間も時間だしそろそろここで終わりにしようと思ったので僕も河勝さんの意見に同意する。
「それじゃあ、藤若君。また明日、学校でね」
「うん、じゃあまた明日」
そう、挨拶を交わしてから小田鉄線の駅の方へと歩いて行く河勝さん。
そんな河勝さんの背中を見えなくなるまで見送りながら僕は考えた。
河勝さんは結局、僕を試したかったのか、それとも単にデートを楽しみたかったのかのか?
仮に前者だとすれば、このデートは本物なのか、偽物なのか?
逆に後者だとすれば、そんな河勝さんを疑っている僕は何なのか?
そしてこれから先、僕とか河勝さんはどうなっていくのか――と。
そして結局、このとき僕はそれらの疑問に答えを出さず。
まあ、時が経てばなるようになるさと思って考えるのをやめ、帰路に就くこととしたのだった。
美術館も実在のものをモチーフにしているのですが。
モチーフにした美術館には結構行っているので、著者的には思い入れがあったりします。




