第六章 その3
リスパークから出て次に向かったのは。
その動物園の傍にある公園のようですが。
ここでお昼とするらしく……。
第六章 その3
次に僕と河勝さんが向かったのはリスパークのすぐ目の前にある薬師ヶ沼緑地だった。
ここにはフォトサロンや薬師堂なんかがあるので、僕はそれを見学しに行くのだと思っていたのだが、河勝さんは。
「それもいいけど、先にお昼にしましょう」
と言ってきた。
昼食ね。
ここには確かに茶屋もあるけれど、そこで出されているのは甘味の類だった気がするのだが。河勝さんはお昼を甘いもので済ませるつもりなのだろうか?
なんて、僕が考えていると、河勝さんはトートバッグから、シートを取り出し、芝生の上に敷き始めた。
そして次に河勝さんが取り出したのは二つの弁当箱である。
なるほど。それなら確かにここで食べるのが――って、弁当!?
初めてのデートで弁当を作ってくるなんて展開、フィクションの中ぐらいだと思っていた僕はちょっと驚いた。
が、そういった感情を顔には出さないようにして、
「へえ、弁当作ってきてくれたんだ」
と言う。
「ま、まあ見た目は地味だけど、それなりに頑張ったつもりだから。味は悪く無いはずよ」
と言って弁当箱を開く河勝さん。
そこに入っていたものは、卵焼き、唐揚げ、炊き込みご飯、煮物、鰺の南蛮漬け、金平牛蒡、蓮根の金平、昆布と鰹節の佃煮だった。
確かに卵焼き以外はどちらかと言えば茶色系が多い色彩ではある。が、河勝さんがいうほど地味な弁当には見えない。
確かによく「お弁当の作り方」的な本に載っている弁当と比べたら地味かもしれないが、あんな弁当実際に作ったら大変だろうし……いや。
この弁当。じっくり考察してみるとそういった本に載っている弁当ぐらいに手間がかかっている気がしてきた。
煮物は野菜の面取りなどこまかいところをしっかりしているし、蒟蒻は味が染みこむように茶碗の縁を使って切断してある。その上、人参を梅の形に切ったねじり梅まで入っている。
出汁は素を使わず、自分で取っているようだ。だから昆布と鰹節の佃煮も入っているのだろう。
更に、炊き込みご飯に入っている人参は面取りで出た人参の切れ端をみじん切りにして入れているのかもしれない。佃煮の件といい食材を無駄にしないところには感心するしかない。
そして弁当全体で見ても卵焼きや煮物の甘み、金平の辛み、南蛮漬けの酸味など様々な味を楽しめるように考えてあるのではないだろうか?
なんて、僕があれこれ推測していると。
「いつまでもじろじろ見ていないで、早く食べなさいよ」
と河勝さんから指摘されてしまった。
まあ、確かに作った側からすればいつまでも弁当を食べないでいられるってのはあまりいい気持ちはしないのかもしれない。
よし、食べてみるか。
そう思った僕は、
「じゃあ、いただきます」
と言ってから、とりあえず煮物から食べてみる。
む、これは中々……、
「どう、美味しい?」
訊ねてくる河勝さんに僕は煮物を味わい、飲み込んでから、
「このお弁当、凄く手間がかかっているね。野菜の切り方も丁寧だし、出汁も自分で取っているみたいだし――」
とあれこれ、思ったことを口にした。
が、理屈っぽかったのがあまりよくなかったらしい。
「こういうときは、とりあえず『美味しい』って言っておくものよ」
河勝さんは僕の反応に微妙な顔をしてそう言ってきた。
「うん、美味しいよ」
指摘されてから言っても説得力がないかもしれないが、実際美味しかったので僕は河勝さんに言われたとおりのことを言う。
そして、煮物だけ食べて感想を言うのもどうかと思ったので、次は唐揚げを食べてみる。
む、この唐揚げは――
「あ、こっちの唐揚げ。何か肉が軟らかくなる工夫をしているね。リンゴかな?」
他にもおそらく二度揚げしているだろうとか、ゴマ油の風味がするとか、色々興味深いところはあったのだが、最初に気がついたのが肉の柔らかさだったので、僕はそこを聞いてみる。
「うん。そうそうすりおろしたリンゴを少し……って、藤若君。料理に詳しかったりするの?」
やはりリンゴだったらしい。しかし、リンゴだと分かると料理に詳しいと判断されるのか。
なんて思いながら、僕は、
「まあ、友人に料理が趣味みたいなのがいるからね」
と返答する。するとそれを聞いた河勝さんは、僕の方を見ながら、
「うん? それって女子?」
と訊ねてきた。
女子? そうだと何かあるのだろうか?
まあ、いいや。女子ではないし。
「いや、同じクラスの古部香って男子。ほらこの前、珈琲に詳しいヤツが友人にいるって言ったでしょ? そいつ」
「ああ、古部君ね。同じ生物部の」
「そうそう。生物部の」
あれ?
なんで河勝さんは香が生物部だって知っているんだ? そんなこと喋ったかな?
ああ、そうか。新入生歓迎会の部の説明のとき、僕と香が生物部としてステージに上がっていたからか。それなら確かに河勝さんが香のことも生物部だと知っていて当たり前だな。
てっきり僕は、河勝さんが以前、生物室を覗いていた人だと思ったけれど……いや、まだあの人物が河勝さんではないとも言い切れないか。
しかし、こうやって河勝さんのことをたまに疑いながらデートをしている僕は、人としてあまりよくないのかもしれないな。
だがしかし、やっぱり河勝さんは僕のことを探っているのではないかという疑念は払えないわけで……。
なんて思いながら、僕は自身の分の弁当を美味しそうに食べている河勝さんを見る。
この様子も偽物なのだろうか? それとも素なのだろうか?
そしてこの楽しいデートもまた本物なのか、それとも――。
いけない、いけない。
あれこれ考えるとついつい疑ってしまう。
そう思った僕は、考えるのをやめて弁当を食べるのに集中することにして、炊き込みご飯を口の中に掻き込んだのだった。
☆ ☆ ☆
弁当を食べ終えた後、僕と河勝さんは緑地内を散歩して歩き、江戸時代の古民家を見学したり、薬師堂に参拝したり、フォトサロンで外国の風景を撮った写真に関して感想を述べたりしてのんびりとした時間を過ごし、最後に藤棚を見に薬師ヶ沼の方へと向かった。
この藤棚、僕はまだ見頃の五月上旬になっていないこともあって別にそんなに期待はしていなかったのだが、実際に見に行ってみると、今年はかなり早く咲き始めていたらしく、結構花が咲いていてそれなりにいい感じだった。
これは、後でイラストの参考資料にでもしたいところだ。
なんて、思いながら僕はデジカメを取り出し、藤棚を撮影する。
「藤若君、カメラ持ってきていたんだ」
河勝さんは僕が撮影しているのを見て意外そうな感じでそう言った。
そういえば、リスパークでは絵を描いていて写真は撮っていなかったから僕がデジカメを取り出したのは今が初めてだったな。
河勝さんは僕がリスパークではデジカメを使っていなかったから、撮影とかが必要ならスマホで済ませるとして、カメラは持ってきていないと思っていたのかもしれない。
なんて考えながらも僕は藤を被写体にしてシャッターを切る。
すると河勝さんが僕に、
「折角だから、記念撮影でもしようよ」
と言ってきた。
記念撮影か。でも、誰が撮影するんだろうか? このカメラにもタイマーはついているけど、三脚とかは持ってきていないし……。
「あの、すみません。写真撮ってもらえないでしょうか?」
ああ。その辺で人に頼むのね。
と僕が気がつき、河勝さんの声がした方を見ると……河勝さんは、かなり本格的なカメラを持っているおじさんに撮影を頼んでいた。
ん。まあ、撮ってもらうのに上手い人であることに越したことはないけれど、河勝さん、よくあんな、いかにもカメラに詳しそうな人に気軽に撮影を頼んだなあ。
なんて思いながら、僕はそのおじさんにデジカメを渡す。
おじさんはかなり親切な人で、嫌な顔一つせずカメラを受け取り、僕と河勝さんを撮ってくれたため、撮影は特に問題なく終わった。
いや、実のところ。
おじさんが「もっと、近くに寄って」とか「どうせだから、手でも繋いだら?」とか冗談を言ったら、河勝さんが本当にそれに従ったため、結果として写真の中の僕たちはどう見ても既に付き合っているカップルにしか見えないようなものになってしまったのだが。
まあ、それはいい記念になったと考えることにするとしよう。
こうして僕と河勝さんは記念撮影をしてもらったのだった。
こうやって、記念撮影なんてしていると、やっぱり河勝さんは何も企んでおらず、純粋にデートを楽しんでいるだけにも思えるのだが。
さて、どうなのだろうか?
と、考えながら僕と河勝さんは次の目的地へ向かうため、薬師ヶ沼を後にしようとした。
のだが、そこで河勝さんはふと、立ち止まり、
「そういえば藤若君、この薬師ヶ沼には伝説があるって知っていた?」
と訊ねてきた。
伝説か。
まあ、こういう古くからある沼とかには伝説とかが調べてみればあるものだが、だからといって僕はこの町の昔話に詳しいわけではないので、この薬師ヶ沼にどんな伝説があるのか知らない。
なので僕は、
「伝説?」
と聞き返す。
すると河勝さんは、
「そう、この沼の辺りに昔、蛇の化身が住んでいたって伝説」
と言ってきた。
「へえ、そんなのあるんだ」
僕は河勝さんが自ら蛇にまつわる伝説を話してきたので警戒しながらも、そういった気持ちが表に出ないようにして答える。
「なんか昔、ここで女の人に道を尋ねられた人がいたんだけど、その人が返事をしてから、ふと気になって女の人の方を見直すと、その人の腰から下が蛇になっていたんだって」
「それってソキウスだよね。多分」
「そうね。この辺りにも昔、ソキウスが住んでいたのね」
ソキウスはかつて、ヒト、特に権力者から差別されていた関係で山奥や離島などに集団で隠れ住んでいるものが大半だった。
なので、人里に住むソキウスというのは何らかの、特別な理由があるものに限られおり、その数は相当少なかったはずなのだが。まさかこの祭田にも住んでいて、しかもそれが伝説に残っているとは。
と僕は河勝さんの話した伝説に感心しながら、
「に、してもその女の人も正体を明かしちゃうなんてうっかりしているよね」
と感想を述べた。
すると、河勝(さんは不思議そうな顔をして、
「女の人も?」
と訊ねてきた。
……し、しまった。
うっかりしているのは僕の方だった。
警戒していたはずだったのに、ちょっと面白い話を聞いたからといってすぐに油断してしまうとは。僕はなんて間抜けなんだ。
「あ、いや……」
僕はなんと言い訳しようか迷って、言葉を詰まらせる。
そんな僕に河勝さんは疑いの眼差しを向けてくる。
ええと……よし、こうなったら、これでいこう。
「ほ、ほら、結構あちこちにそういった、正体を明かしちゃう伝説とか昔話ってあるじゃん」
僕は他の伝説と同じで、その女の人もうっかり正体を明かしてしまったのだろうという意味だという方向に話を持っていくことにした。
それを聞いた河勝さんは、
「まあ、そうよね」
と言ってとりあえずは納得してくれたので僕は一安心した。のだが、続けて河勝さんは、
「ところで藤若君はそういうソキウスをどう思う?」
と訊ねてきた。
これは、やはり僕のことを探るための質問なのだろうか。
正直なところ、ドジだなあと思うのだが。
それをストレートに言った後で僕が河勝さんがうっかり正体を現したのを見ていたと知られたら、まるで僕が河勝さんをドジだと言ったように思われてしまうし……。
仕方がない、ここは表現を和らげて。
「可愛いんじゃないか? 色々と」
とでも言っておこう。
まあ、この可愛いというのはいわゆるドジっ娘というものみたいで可愛いとかそういうニュアンスなのだけれど。まあ、そのままドジだというよりはマシだろう。
などと思ったのだが、僕の意見を聞いた河勝さんは、
「そうかぁ、可愛いね……可愛い……」
などと、ぶつぶつと呟いた。
あ、もしかして。
これはこれで今度は河勝さんのことを可愛いと言っているような感じに思われたのか?
それとも単にドジなソキウスを可愛いと表現した僕のセンスをどうかと思ったのか?
どっちに取られたとしても、これはこれでまた問題かもしれない。
さて、今度はどうするか……。
「よし、じゃあここは終わりね。次に行きましょう」
僕が次になんと言って誤魔化そうかと考えていると河勝さんはそう言って、園の出口の方へと歩き出した。
それに気がつき、僕も河勝さんの後に慌ててついて行く。
歩きながらふと、河勝さんが僕を試すために演技をしているんじゃないかと疑ってばかりいたけれど、そう思っている僕も河勝さんの正体を知っていることを隠しているんだから人のことをとやかく言えないんじゃないかと思ったりもしたのだが。
それならじゃあどうするかと問われても、どうしようもないなとも思ったのだった。
(続く)
今回の公園のシーンで出てきた民話ですが。
これも著者の地元の、モデルにした公園に伝わる民話をモデルにしていたりします。
この小説のメインヒロインを蛇関連にしたものこの民話の影響もあるので。
ここで登場させておきたいかと。




