第六章 その2
さて、最初に向かったのは。
どうやら彼らの地元にあるとある動物を主にした動物園のようですが……。
第六章 その2
祭田駅からバスに乗って約二十分。
やって来たのは蔦野にある祭田リスパークである。
名前の通り、ここはリスを中心に小動物を扱っている公園である。入園料は高校生は大人扱いなので四百円。
動物園としてはあまり大きくはない公園だが、タイワンリスが約二百匹放し飼いになっている広場は中々見応えがある。
何より、この広場は――。
「あ、ほら、リス。餌食べてる」
と河勝さんがやっているように、園内で購入できる餌をリスにあげるといった楽しみ方ができるのだ。
に、しても。
「これがリス園か」
僕の家は蔦野に比較的近い半沢という地域にあるのだが、その結果、リス園はあまりに近すぎてほとんど来たことがない場所だったりする。ひょっとしたらこれが初来園かもしれないぐらいである。
そんなこともあって、ここに関する事前情報をほとんど持っていなかった僕は、入園前は「小動物が多い、子供向けの動物園」だと思い、高校生の男女で入ったら浮いてしまうのではないかと心配していたのだが。
実際に入ってみると、予想通り子供は多いのだが、一方意外なことに、カップルで来ている客もかなりいたりしたのであった。
僕と河勝さんも、ああいうカップルと同じように子供達には見えるのだろうか?
なんて、ちょっと思っていると、
「藤若君。リスってどう?」
と河勝さんが訊ねてきた。
リスか。リスに関する話なんて何かあったかな……あ、そうだ。
「ああ、リスね。リスといえばトゥルーズ=ロートレックって画家がいてね」
「何? その人、可愛いリスの絵でも描いたの?」
「いや、彼は美食家の画家だったんだけど、その残したレシピにリスの煮込みってのが――」
「…………藤若君?」
「何?」
「なんで今、そんな話をするのかなぁ……?」
リスに餌をあげる手を止め、僕の方を見て河勝さんは訊ねる。
その目はこの前喫茶店で見せた、漫画にしたらジト目に描かれる目つき――より更に冷たい感じのものだった。
「あ、いや」
流石にこれはここで話す話題じゃあなかったか。せめて、園を出た後に話すべきだった。
などと、ややずれているかもしれない形の後悔する僕に、河勝さんは、
「確かここの入り口に『リスはともだち』って大きく書いてあった気がしたけど?」
と言ってきた。
確かに、この園の前にあるアーチにそんなことが書いてあった気がする。
友達か。友達ね。
「あ、ああ。友達だよ。食べちゃいたいほど好きなんだ」
「食べちゃいたいほどって……」
上手いこと言ったつもりだったが、河勝さんはより一層僕のことを危ないヤツを見るような目で見てきた。
これは、もうこの話題を切り上げるべきか。
とも思ったが、ここで退いても、一歩進んでも最早同じと思った僕は毒を食らわば皿までといったつもりで、
「以前読んだ小説にもあったよ。可愛いものを食べるのは哀しいけれど、じつに旨いとか、その矛盾が愛だとか」
と話を続ける。
その発言に、河勝さんは僕のことを空気が読めないヤツだとあきれてしまったのか、目線を僕から逸らしてリスの方を見る。
「あたしは無理だなあ……こんな可愛いのに食べちゃうなんて」
そう言いながら再びリスに餌をあげ始める河勝さん。
しかし、リスを可愛がっているかが河勝さんもまた可愛いな。思わず食べちゃいたく……じゃない。何考えているんだ、僕は。
一瞬、不埒な妄想をしかけたのを、不味い薬を三種類ぐらい合わせて飲み込むときみたいにぐっと飲み込んでから、僕は鞄の中からスケッチブックとペンケースを取り出す。
そしてペンケースの中から適当に一本、ペンを引き当てる。
む、筆ペンか。悪くはない。
この筆ペンでスケッチブックに、こう、ちゃっちゃとやってやれば。
ほうら、河勝さんとリスが描けた。
――とまあ、こんな感じで。
僕は人物は専門ではないとはいえ、それは仕事で描く機会がほとんど無いということであり、こうやって人物のスケッチをしたりはよくしている。
特に今の河勝さんみたいにいい表情をしている人を見つけるとついついつい描いてしまいたくなったりもするのだ。
なので、今回も特に意識せず、河勝さんを描いていたのだが。そんな僕に気がついた河勝さんは、
「何描いてんの?」
と訊ねてきた。どうやら自分が描かれていることが気になったらしい。
「あ、ごめん。つい可愛かったから」
僕は別に変な目的で描いていたわけではないので、正直に言った。
のだが、それを聞いた河勝さんは、
「え?」
と驚いた。
――あ。
僕としては「河勝さんの表情が可愛かったので描いた」と言いたかったのだけど、今のは捉え方によっては「河勝さんは可愛い」と言っているようにも聞こえるか。
突然男子から「可愛い」とか言われたらそれは驚くよな。
気がついた僕は、説明し直そうかとも思ったのだが、よく考えると表情が可愛かったっていうのもそれはそれで相手に変な意識をされるかもしれない。
しかたがない。ここは――。
「あ、リスがね」
「ああ、リスね……可愛いわよね。リス」
河勝さんはやや戸惑った感じで言った。
これは、河勝さんが「自分が可愛いと言われたと誤解してしまった」と考えているからなのか。
それとも、さっきリスを食べるだの何だの言っていた僕が、リスが可愛くて絵を描いたということにどう対応していいか分からなくなっているからなのか。
なんて、僕が考えていると、河勝さんは僕の描いた絵を見て、
「に、しても上手いわね」
と言ってきた。
「まあね」
「やっぱりあれ? デッサンとか練習するとそうなるの?」
「いや、実はデッサンは苦手なんだ」
「そうなの?」
そもそも学校の授業以外は美術教育を受けていない自分の描き方は我流なのでデッサンが得意とか苦手とか判断していいのか、中々難しいところなのだが。
ただ、家で何度か鉛筆デッサンをやってみた感じでは、あまり上手くは描けなかったので、まあ苦手と言っても問題はないだろう。
「うん。どうもものを立体的に捉えるのが苦手でね。ただ、見たものをこうやって線だけで描くのは得意というか……まあ、好きなんだよね」
「そうなんだ。でも、美術の基本ってデッサンだったりするんじゃないの? ほら、石膏デッサンとか」
「ああ、石膏デッサンね」
確かに、石膏デッサンは良い練習になるという。美術大学の受験に石膏デッサンがあまり出題されなくなった今でも、美術系の予備校では練習のために石膏を描かせたりするとも聞いている。
しかし、
「でもゴッホは石膏のスケッチから練習を始めるように助言されたとき、怒って石膏像を壊したって話があるよ」
「ゴッホねえ」
「まあ、そのゴッホは石膏像を描いた作品を残したりもしているから、別に石膏像を描くのが嫌いだったってわけじゃあないんだろうけど」
あるいは、助言された時は石膏を描く気分じゃなかったということかもしれない。
ゴッホだって人間だから、一生同じ価値観だったってわけじゃあないだろうし。
なんてことを考えながら、僕はさっきとは違うペンケースを開けて、中からマーカーを数本取り出す。
そして、さっきの河勝さんとリスのスケッチに色をつける。
ええと、これでいいかな?
「へえ、色もつけるんだ……って」
「何?」
「いや、リスが黄緑色だったり、あたしの髪が紫だったりするからちょっと驚いて」
「ああ、そういうこと。これは好きな漫画さんの影響なんだ」
他にも、色彩の関係で言えば、ヴェネツィア・カーニバルの仮面や、イースター・エッグ、ゴシック様式のステンドグラス、パナマのモラ、メソアメリカのウィピル、モン族の伝統衣装、密教曼荼羅、ねぶた祭の山車燈籠、沖縄の紅型なんかを参考にして絵を描いているのだが。
ただ、色彩面で影響されているものを一つだけ挙げろと言われたら、自分の場合はその人の作品ということになるのだった。
「まあ、その漫画家も確かゴーギャンとかの色彩の影響を受けているんだけどね」
更にそのゴーギャン達、当時のヨーロッパの画家がこの国の浮世絵に影響を受けていたと考えると、浮世絵から油絵、そして漫画と繋がっているところが中々面白いのだが。
ああ。そういえば。色に関していうと。
「それと、高村光太郎って彫刻家は緑色の太陽を描く人がいてもいいといっていたりもするしね。だから実際の色を僕はあまり気にしていないんだよ」
「太陽が緑ねえ。それはなんか、見てみたいかなあ……」
ちなみに、美術には関係ないけど実際に太陽が緑色に見えるグリーンフラッシュという自然現象が希にだがあるらしい。
何でもハワイやグアムにはそれを見たものは幸せになるって言い伝えがあるらしいし、これは一度見てみたいものだ。
なんて、僕が思っていると、
「ねえ、藤若君。そろそろ入り口の方に戻らない? あっちには色々な動物がいるし」
と河勝さんが提案してきた。僕は特にリスが放し飼いになっている広場にいつまでもいる理由もないので、彼女の意見に「うん、そうしようか」と同意し、入り口の方の広場に戻ることにした。
☆ ☆ ☆
さて。
入り口付近の広場に戻った僕は再びスケッチブックを広げて、絵を描き始めた。
まずは、これ。
この園では比較的大きいサイズの動物だから最初に目についた。
使うのはボールペンにしよう。
こうやって特徴的な耳を描いて、色をつけて――よし、完成。
「へぇ、ウサギ。可愛いじゃない」
河勝さんも気に入ってくれたようだ。
じゃあ次はこいつ。
両手に草を挟んで食んでいる様子が魅力的だな。
使うのはサインペンにするとして。
よし、次に餌を食べ始めたら描くとしよう……と、今だ。
こちらにも色をつけて――それ、完成。
「プレーリードッグかあ、餌を食べてるのね」
こっちも河勝さんに気に入ってもらえた。
で、こいつも描いてみる。
こいつは太めのマーカーで試してみるか。
動きが少ないから描きやすいけど、そのあまり動かないというところを表現するのは逆にちょっと難しいかも。
なんて、考えながらも色をつけて――はい、完成。
「カメねえ。なんかのんびりした雰囲気が伝わってくるわね」
よし次は、モルモットでも描くか。
細めのペンで描くとするぞ。
しかし、こいつは数が多いし、あちこち歩き回っているからどれを描くか迷うな。
お? あそこにいるヤツ二匹、なんか仲よさそうに集まっていて可愛いな。
よし、あれにしようか。
あ……離れちゃった。じゃあ別のヤツに……よし、ここの三匹にしよう。
三匹いっぺんに描くからちょっと時間がかかるけど。
こやって、こうやって、こうやって、色をそれぞれ変えてみて――よいしょ、完成。
「いやあ、中々上手いですね」
ん?
あれ? 河勝さんじゃない。
誰だ? この人?
と思い、僕はとりあえず、
「え? あ、どうも」
と言いながら絵を描く手を止めて声の方を見る。
するとそこには見知らぬ男性が立っていた。
いや、立っていたのは彼だけじゃない。
気がつけば、僕が絵を描くのを見るために老若男女、様々な人が集まってきていた。
まあ、園の性質上、一番多いのは子供だったが、兎も角かなりの人数だ。
「お兄ちゃん、あたしウサギ描いて欲しいー」
「僕リスがいい!」
子供達の期待の声が僕の耳に響く。こうなったら仕方がない。
「よし、じゃあ描こうか」
僕は覚悟を決めて、彼らに要求された動物を次から次へと描き、更には注文した子供に絵をプレゼントしたりした。
が、その結果、人は更に集まってしまい……結局、僕は自分が持ってきたスケッチブックのページが全て無くなるまで絵を描いたのだった。
☆ ☆ ☆
「ふう、何とか終わった……」
何とか絵を描き終えた僕はそう呟きながら河勝さんを探すために園内を見回す。
このリスパークはそんなに広くない。なので河勝さんも簡単に見つかると思うのだが――あ、いた。
河勝さんは飼育ケースを何やらじっと見ていた。
なになに、あのケースにいるのは……アオダイショウか。
ああ、もしかして。
河勝さんはラミア属だから、蛇に何か感じるところがあるのだろうか?
別にラミア属が蛇と話せたりするわけじゃあないけれど、それでも何か思うところがあるのかもしれない。
などと考えたとき、ふと、そういえば河勝さんがラミア属であろうということを僕は今日、ここまであまり意識していなかったということに気がついた。
大抵、ゲームとかだとソキウスはヒトではない部分が強調されているので、普段から多少、一般的な人間とずれた感じで描かれることが多い。
なので日常的なシーンからしてソキウスだと意識できるようになっているけれど、そういうのはやっぱり、あくまでゲームだからだということなんだろう。
おそらく河勝さんはこの国の一般的な若者と似たり寄ったりな環境で育っているわけで、そうなると価値観とか内面的なものもそんなに普通の人とずれたりはしていないのかもしれない。
と思ったが。いや、待てよ。
河勝さんが僕にこうやって接しているのは僕が河勝さんの正体を知っているかどうか、確かめるためだという可能性があるんだった。
そう考えると、河勝さんのここまでの態度は僕を油断させるために作っているものかもしれないのだ。
ソキウスらしさを見せないのも僕が河勝さんの正体を知っているかどうか聞き出すための策の一つとも考えられる。
いやいや、それ以前に。
正体を隠しているんだから、ソキウスらしさは見せないのが当たり前か。
でも、そうだとすると今度はあくまで彼女がソキウスだと知らない人向けに作った態度が、今の河勝さんの態度ということになるわけで。
まあ、何にせよ。
今日のデートで彼女のソキウスらしいところはあまり見ることができないのかもしれない。
ソキウス好きとしては残念な気もする。だが、一方、じゃあここまでのデートが面白くなかったかといえばむしろ楽しいわけで。
しかし、河勝さんの態度が作ったもので、素のものではないとしたらこの楽しいデートもまた偽物になってしまうのだろうか? それとも彼女の意志でそうしているのだからこれはこれで本物なのだろうか?
なんて、僕が考えていると、河勝さんが僕のことに気がついて、アオダイショウと見つめ合うのをやめて、
「あ、藤若君。絵、描き終わったんだ。お疲れ様」
と声をかけてきた。
「ああ、ありがとう。結構疲れたよ」
僕は正直な感想を述べる。まあ、描いている最中は楽しかったのだけれど、楽しければ疲れないというわけでは勿論ないのだ。
「に、しても藤若君。子供の頼みを引き受けるなんて、結構優しいのね」
河勝さんは僕が子供達に絵を描いていたことをそう評価した。
なるほど。優しいか。確かに、そういう見方もあるな。
なんて思いながらも僕は、
「まあ、幼い頃から絵や美術に良い印象を持ってもらえたら、将来もそういうものに興味を持ってくれるだろうからね。子供のファンも大切にしないといけないと思うんだ」
と説明する。
僕は子供が嫌いではないけれど、別に優しいから絵を描いていたわけではなく、これもまた絵描きとしての、将来のお客を増やすための仕事だと思って描いていたのだ。
と、そういういうつもりで説明したのだが河勝さんはそれを、
「そうね。子供の頃から美術に触れて感性を養った方がいいものね」
などと僕が子供の将来を考えて絵を描いていたというように捉えたらしかった。
これはどうも説明し直すとなんか僕の印象が悪くなりそうなので、誤解させたままにしておこう。
僕がそうすることに決めていると、河勝さんは腕時計を見ながら、
「さて、そろそろ次の場所に行こうと思うんだけど、藤若君はそれでいい?」
と提案してきた。
僕もそろそろ次の場所に行きたかったので、
「うん。まあいいかな。ここは十分楽しめたし」
と河勝さんの意見に賛成する。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言いながら河勝さんはアオダイショウの飼育ケースの方を向き、そしてアオダイショウの顔を見つめて「じゃあね」と挨拶をした。
そう言われたアオダイショウは気のせいか河勝さんとの別れを惜しんでいるように見えた。
ラミア属だからって蛇と意思疎通できるわけではないし、第一、僕には蛇の表情なんて読めないはずだから……やっぱり気のせいだろう。
にしても、アオダイショウと見つめ合っている河勝さんはさっきリスに餌を与えていたときより魅力的に見えるな。これは是非描いておきたい――あ、そうだ。さっきスケッチブックは全部使っちゃったんだった。
仕方がない、諦めよう。
持ってきているデジカメかスマホで写真を撮ってもいいが……絵で描くのと違って人の、しかもクラスメイトの女子の写真を撮るってのはちょっと抵抗があるからなあ。
こんなことならもう一冊スケッチブックを持ってくるんだった。
なんてちょっと後悔しながら僕は出口の方に足を進める。それに気がついた河勝さんもアオダイショウを見るのをやめて僕の後に続く。
こうして、僕たちはリスパークから出て、次の場所へ向かうことにしたのだった。
(続く)
ちなみに。今回のデートで行く場所は著者自身の地元をモチーフにしていますが。
書く前に実際に行ってみたりしています。一人でですが。




