正しさを貫く漫画家の末路の観測記録 Part2
『ゴミ掃除』と言う言葉の真意が分かるのはそう遠くない日の事だった。
「ああ、霧崎さんか
早いな、どうかしたのか?」
「少し早く起きてしまってな
それより何を見ていたんだ?」
俺は興味本位で画面を覗くと、そこには見覚えのあるキャラクターのイラストがあった。
よく見るとこれは今俺が書いている漫画の主要な登場人物である事が分かる。
しかし、それは佐々原が描いた絵ではない事はすぐに分かった。
「ああ……これはね俺のキャラクターを無断で使用している屑の絵だよ
俺のキャラクターをダシにして注目を集めようとしている屑さ
それを掃除してやってるんだ」
佐々原はそのイラストを公開しているサイトの運営にこのイラストを削除するように申請しているようだ。
「しかし、それはファンアートと言って
その作品が好きだから書いているものじゃないか
注目された所でお金が貰えるわけでもないしこちらの利益に問題があるとは思えないが」
俺がそう言うと佐々原は今まで見せた事のない形相でこう怒鳴った。
「好きだからって理由で無断で俺のキャラクターを使うのが許されるのか!?
無断で俺のキャラクターを使っていると言う事実は変わらないだろ!
俺は知らない所で意図しないキャラクターのイメージが作られるのが嫌なんだよ!」
早く着ていたり、昨日から残っていたアシスタントが横目で一瞬こちらを見る。
しかし関わりたくないのか知らん顔して一人一人思い思いの事をしているようだ。
「インターネットで画像が簡単に保存できるから麻痺しているだけなんだよ!
二次創作だが知らないが、他人の画像やキャラクターを無断で使うのは著作権侵害だ!
俺が間違っている事言っているか?」
「いいや……間違ってはいない」
佐々原は俺の答えを聞くと、なら二度とそんな事を口にするなと言って機嫌を悪くしたようだ。
前からこの職場は一種の緊迫した雰囲気を感じる事が多かった。
だが、今日は仕事を始めるとより一層それを感じた。
「国枝! ジュース買って来い……」
「はい……」
「松原! ここの表現は変えろって言ったはずだよな!
何でそれが分からないんだ! このアホが!」
「ああ……すみません」
俺が余計な事を口走ってしまったせいだろう。
佐々原には今謝っても油を注ぐだけなので、機を見て謝る事にしよう。
その前に他のアシスタントに謝った方が良いと考え、俺は佐々原が居なくなったタイミングで彼らに話しかけた。
「すまないな松原……俺が変な事言ったばかりに」
「いえ霧崎さんが言う事ももっともですし……
霧崎さんは何も気にしなくて大丈夫ですよ」
佐々原のアシスタントの松原は俺に謝られるとは思っていなかったのか、頭をかきながらこう言った。
「霧崎さんはその……漫画家になるつもりがあって
アシスタントになったんですか?」
アシスタントの国枝は雑談の中で誰も聞いてこなかった話題に踏み込んできた。
俺は答えに迷ったが、正直に答える事にした。
「俺は事情があって、佐々原に雇われただけだよ
漫画家になりたくてやってるわけじゃない」
「正直なんすね……」
「隠していても意味がないからな」
お互いに苦笑をして少し気まずい雰囲気が流れた後、国枝がため息をついた。
「それなら佐々原さんに付いて行っても問題ないんですよね
はぁ……なんであんな奴のアシスタントになったんだろ」
「あいつの言う事は何時も正論ではあるから何も言えないんだよな」
この場にいる全員が本心では佐々原のアシスタントをやるべきではなかったと思っていたようだ。
松原と国枝以外の3人のアシスタントもそれぞれ愚痴を零していた。
「霧崎さんには関係ないかもしれないけど
俺らがもしも……漫画家としてデビューするって事があったらさ
あいつに毎月お金渡さなきゃいけないんだよね」
「何故だ?」
俺がそう聞くと、松原と国枝はこう話した。
「俺のアシスタントをして得た経験で成功して稼いだのなら
それは俺の手柄でもあるからだ……って言ってるんですよ
金払わないならどんな手を使ってでも引きづり下ろすって……」
「確かにここで得た経験を使って成功したなら
恩はありますよ……だけど、普通そこまで露骨にやりますかね
なんでもかんでもあの人は露骨過ぎるんですよ」
なるほど……先ほどの佐々原の言葉と、アシスタント達の本音によって佐々原の本性が見えた気がした。
そんな事を話してると佐々原が階段を降りる音が聞こえてきた。
「どうやら自室での休み時間が終わったらしい
この話はまた今度にしましょうか、霧崎さん」
「ああ」
◇
休日、俺は調べ物のためにインターネットカフェと言う場所に訪れていた。
俺はそこで漫画家「佐々原翔太」の評判が気になったので調べる事にした。
予想通り、佐々原の漫画家としての評価は酷いものだった。
たまたま運でここまで来れたくせにお高く止まっているただのゴミ漫画家。
二次創作や無断転載なんて他の漫画家だって営利目的でなければ黙認しているのに加減を知らない馬鹿、週刊○○のウィルス。
そして最終的にはあの漫画のキャラクター言うほど魅力的かと言う話題にすり替わった。
最後は、そうでもないし、そこまでされるんなら別におまえの作品で二次創作なんか誰もしねぇよと言われる始末だった。
このインターネットの掲示板の中で時折、佐々原を擁護するコメントが投稿されている事があった。
そのコメントには自演乙などと半分冗談めいて投稿されていた。
しかし、あの様子を見る限り本当に本人がこれを見ていて書いたと言う事を否定する事はできなかった。
中にはわざと擁護してそう言った反応を狙っているものもあった。
基本的に閉鎖的な場所で生活している人々なのでここまで文明が発達して、インターネットがある世界は少ない。
話半分で聞いた方が良い情報ばかりだが、しかしそれを統合して纏めるだけで俺は佐々原の末路を予想する事が出来た、
俺は知っていた。正しさと言うナイフを振り回し続けて生きてきた人間の末路を……
そしてこの様な人間は絶対に他人の言う事を聞いたりはしない。
佐々原の考えは間違ってないし、正論だ。
自分は間違っていない、だから俺は悪くない、間違っているのはお前だ。
彼の思考回路はそんな所だろう。
だが、彼の辿るべき進路の先には俺が考えるよりも早く破滅が待っていた。
◇
「ストライキ……ですか?」
「もう、あいつに良い様に扱われるのはもう限界だ!
全員で出ていけばあいつは困るはずだ!
それであいつをこってり絞ってやろうぜ!」
あれから数日後の事、佐々原の機嫌は次の日には治ったようだがアシスタント達の怒りは爆発寸前だった。
俺たちは佐々原に聞かれない様に適当なファミレスに招集した。
若手で最も佐々原にキツく当たられていた松原が唐突にこう言った。
茶髪で髑髏マークのTシャツを着た普段はお気楽そうな男である。
「まぁ……そうですね、それであの態度が改まるなら
やってみた方が良いかもしれませんね」
赤い眼鏡を掛け、後ろに髪を結んだ大人しそうな女性の国枝。
彼女は一番の若手なので、基本佐々原のパシリであった。
そして他のアシスタント達も次々にストライキする事に賛成することになった。
「霧崎さん、あなたは佐々原に気に入られて連れてこられた人間だ
失礼な話かもしれないが……霧崎さん一人じゃ佐々原は漫画を完成させられない
だからあなたはストライキから降りても大丈夫ですよ」
ここで俺が残ってしまえば、事の顛末次第では佐々原は俺に依存する可能性もある。
佐々原にに深く干渉して、無理やり考えを改めさせる気は毛頭ない。
だが俺のせいで破滅に向かわせても後味が悪いし、雇って貰った借りもあるので個人的には考えを改めてほしいとは思っている。
「いや、俺もストライキするとしよう」
「よし、これで全員だな
それじゃあ明日アシが誰も来なくて焦っているあいつを
仕事場の窓からこっそり見てみるとしようか」
◇
仕事場の窓からこっそりと中の様子を伺っていると、佐々原は仕事の時間になっても誰も来ていない事に焦っていた。
佐々原はイライラした顔立ちで部屋中を歩き回り、そして上の階に上がって視界から消えていった。
しばらくすると国枝の携帯電話が振動し始めた。
「最初は一番立場の低い国枝からか……相変わらずきたねぇな
てっきり仲の良い霧崎さんからかと思ったが」
「いや、俺は携帯電話を持っていない」
「え……マジっすか……」
そもそもこの国でまともに身分証明を受けていない俺に契約できるはずがない。
そして次に松原の携帯が振動し、順に全員の携帯電話振動した。
この反応を見るために、電源を切らずマナーモードにして着信音が響くのを避ける様にしたのだと言う。
そして、佐々原はイライラした様子で階段を降りると椅子を蹴り飛ばしてこう怒鳴った。
「あの出来損ない共が!
直接文句を言えないからってこんな事しやがって!!
言いたいことがあるなら直接言いに来い!!」
窓越しからでも明らかに聞こえる声量だった。
と言うかこの声量なら隣の家にも響いているだろう。
「ああ!! どうして俺の周りは無能なんだ!?
俺は間違った事を一度も言った事はない!
あいつらは黙って俺の言う事に従っていれば良いんだ!」
「……それが本音って所か
でも、今回の話あそこからアシなしで完成させるなんて無理っしょ
どうすんのかね?」
「まぁこの人とは絶縁覚悟でこんな事をしていますからね……
私はあの人が頭を下げてもう一度アシをやって欲しい
って言うまで戻る気ないですよ」
「ははっ……俺もそうだよ、でもまだ分からねぇだろうなあの堅物は」
佐々原の叫びに対して、松原と国枝は小声で佐々原に気づかれない様に話している。
そしてそれから数分後、佐々原は諦めたように机に向かい自分一人で描き始めた。
自分ならアシを雇わなくても一人で完成させてみると考えたのだろう。
そしてそれから1時間後……どうやら佐々原の飲み物やつまめるお菓子などがなくなったのか。
「おい! 国枝!……あっ……」
何時もの癖で国枝をパシリにしようとした所で国枝がいない事に気づいたようだ。
「欲しいのなら今日くらいは自分で買いに行ってくださいね……」
仕方がないので自分で買いに行こうと立ち上がろうとした。
しかい、自分の仕事の進捗具合を見て諦めたように座って作業を始めた。
そして1時間おきに……
「おい! 松原ここの塗りを……くそがっ!!」
「えーと……霧崎さん、ああ! もう!」
誰かに面倒な時間の掛かる作業を押し付けようとするたび誰もいない。
段々と追い詰められて切羽詰まっていくのが誰の目にも明らかだった。
そして夜……アシスタントのいない自分の進捗を見て頭を抱えていた。
このままでは漫画を今週に完成させる事ができないだろう。
「そろそろですかね……」
「いや、まだだろ
今日一日は徹夜して苦しんでもらわなきゃな」
こうして夜まで俺たちは窓の外に張り付いて佐々原の様子を見ていたが……
「それじゃあ帰りますか
次の日徹夜しても進まない進捗に絶望を感じた所で
俺らが戻ってきてどう反応するかだな……」
そして俺たちはこっそりと窓の外まで来たように、こっそりと裏口から全員でこの家から去る事にした。
しかし全員で裏口を通って帰ろうと裏口の扉を開いた瞬間……
「おまえら、こんな所で何しているんだ?」」
先回りしていた佐々原が裏口の前で待ち伏せをしていた。
続く




