正しさを貫く漫画家の末路の観測記録 Part1
佐々原翔太は漫画家だった。
週刊連載と言う重い荷を背負い、雑誌の中でも中堅程の人気を獲得している漫画を描き続けていた。
実力はあった。
30代すぐでアシスタント経験もなしで、人気雑誌に掲載される漫画家になったのだ。
実力もない人間がここまで成り上がれるわけがない。
しかし……そんな順風満帆な漫画家にも一つだけある問題があった。
◇
「はい、霧崎さんここの森の部分の塗りを頼むよ!」
「ああ分かったよ」
俺は今漫画のアシスタントをやっている。
絵心はないわけではないが、自分では人並みだと思っている。
この街に来てからある出来事に遭遇した事により、俺はこの街での生活を漫画に捧げていた。
アシスタントを始めてから来る日も来る日も、背景の森や空を無心で塗り続ける退屈な作業だった。
「ちっ……なくなってきたなぁ……
おい国枝!
ちょっと抜けて良いからさ、飲み物と煙草買って来いよ!」
「あっ……はい! 分かりました!」
国枝と呼ばれた若い女性は、漫画家の佐々原の命令で買い物へと出かけて行った。
ちなみにこう言ったパシリは俺の様に入って一番日の浅い者がやるものではあるのだが。
佐々原の拘りでアシスタントの中で一番年の若い者がやるものだと決めているらしい。
「さて、おまえら! 国枝が買い物から帰ってくるまでに
半分まで完成させるぞ!」
佐々原がアシスタント達に呼びかけると、俺も含めてアシスタント達は大きな声でイエッサー!と返事をした。
◇
「お疲れ、霧崎さん!
いやぁ、これで何とか今週は乗り切れそうだ!
数日徹夜続きだったが、体調は大丈夫かい?」
「問題はない」
3日間の間、徹夜で佐々原の仕事場に引きこもっていたが、ようやくひと段落つく事が出来た。
他のアシスタントも自分の家へと帰って一度休むそうだ。
そして佐々原は俺を労う為に夕食に誘ってきたので同行したのである。
「そうか、君は自分が素人だと言うけど
本当に素人なのか疑うほどセンスがあるよ
君のおかげで助けられた」
「いや、俺は得体の知れない旅人で漫画も描いた事すらない人間だ
アシスタントとして雇ってくれるなんて俺の方こそ感謝しているよ」
連日の仕事続きで無精髭を蓄えたこの男は俺の肩をたたいてこう言った。
ちなみにお互いにタメ口で話しているのは、俺の方が年上だからである。
勿論俺が提案した訳ではない、佐々原流の流儀らしい。
アシスタントでも年上なら敬語で喋られるのは落ち着かないものがあるらしい。
かと言ってアシスタントが漫画家にタメ口なのに漫画家がアシスタントに敬語と言うのもおかしな話である。
その妥協点がお互いにタメ口と言うのが彼の結論らしい。
「まぁ君には助けられたし気の合う男みたいだからな
そんな君が困っているなら助けてやりたくなるものさ」
佐々原は得意げにラーメンの汁を啜っている。
そう俺たちが初めて会ったのもこのラーメン屋だった。
あの時、佐々原は酷く酔っ払って店主に絡んでいた。
俺は道端で運よくラーメン一杯を食べる事のできる額を手に入れる事に成功した。
この街に来て日の浅い俺の食事は野草しかなく、寝床も外であった。
ここはそれなりに元の世界に近い場所だったので、お金を稼ぐのも一苦労であった。
俺はその時酔っ払った佐々原を落ち着かせ、気づけば佐々原と話に花を咲かせていた。
そして仲良くなった後、俺が旅人で求職している事を明かした。
すると、佐々原は自宅に友達を誘う感覚でうちで漫画家のアシスタントをやってみないと言ってきたのだ。
最初は漫画を描いた経験がないから無理だと断っていた。
しかし、佐々原は押しが強く何時の間にか丸め込まれてしまっていた。
そして現在に至るというわけだ。
「今日はビールもラーメンもおかわり良いからね!
気分が良いから僕の驕りだ!
と言うか……野草を焼いて食ってたって聞くと驕りたくなっちゃうよ」
「はは……今は野草なんか焼いてないからな」
「いや当たり前だから! 野草焼いて食うって何百年前の人だよ!?
全く……そんな霧崎さんにはチャーシュー1個おまけしてあげるよ」
そうは言っても今でもこの世界には野草を焼いて食べるほど文化の進んでいない地域は存在しているのだが。
佐々原はじぶんのチャーシューを一つ箸で掴んで俺のどんぶりの中に強引に入れた。
「さてと……霧崎さんはこの場所の外を探検してるんだよね!?
俺も漫画家として話を考える時に参考にしたいんだよね
今日もその話を教えてくれよ」
この世界の人間は自分の留まった場所から出ていくことはほとんどない。
だから皆自分が留まった場所の外に世界があると言う事は知っている。
しかし、外の世界が具体的にどんなものである事を知らないのだ。
1日、2日で歩ける場所であったり、あまりにも小さな集落で周辺の大きな街に頼らざるを得ない場合、他の地域との交流がある場合がある。
しかし、そう言った例外を除いて何故かこの世界の住民は他の地域と関わろうとはしない。
世界はこんなにも広いのに街の中で生まれ街の中で死んでいく人間が大半だ。
だからこそ、俺が旅人であると知ると不気味がられるか、佐々原の様に興味を持たれるか2択の反応があるのだ。
俺は佐々原の漫画のネタになりそうな話を抜粋して話を聞かせてあげる事にした。
「なるほど……これは参考になりそうだよ
ありがとな、霧崎さん
それじゃあ帰るとするか」
◇
「さてこのペースなら明日は午後から来て良いからな
俺も家に帰ってやることがあるんだ……」
「やる事とは……?」
佐々原は自分事を話すときは大抵漫画関係の事だった。
しかし、プライベートで何をしているのかは聞いたことがなかった。
「ゴミ掃除」
彼から出た言葉それだけだった。
「まぁしばらくここでアシスタントをして
ここから去る霧崎さんには全く関係ない話だよ
それじゃあね」
「では……また」
続く




