魔法が秩序となる大国で起きた悲劇の観測記録 Part3
「エリック!! 無事かっ!?」
アレクは大急ぎで自宅に駆け込んだ。
俺はアレクの後を追って、家に上がらせて貰った。
アレクの妻は突然息子が倒れた事に不安を感じながらも看病していたのか、アレクが帰って来ると糸が切れた様に泣き始めた。
それを慰めつつもアレクは息子のエリックの様子を確認するため、寝室へと入って行った。
「エリック!?」
「お……お父さん……」
母親の看病の甲斐もあって意識は回復している様だった。
エリックは意識がある事に安心しつつも、険しい顔を崩す事なくエリックに問いかける。
「体調はどうだい?」
「頭が痛い、苦しい……」
「……突然倒れたのか?」
「う、うん…
……何だかよく分からないけど
急に頭がふわってなって、力が抜けちゃって……」
この時アレクの顔は更に険しい顔へと変わった。
その様子にエリックが若干恐れを感じたのか……不安げな声でこう言った……
「お父さん……僕は大丈夫なの……?
さっきから、お父さん怖い顔してるけど……」
「あぁ……ごめんよ、ごめんよ
心配しなくて良いよ、すぐ……治るから……
大丈夫さ、お父さんが何とかしてやるからな!」
そう優しい声でアレクはエリックに語りかけると、精一杯作った笑顔でエリックを安心させようとした。
しばらく、エリックを安心させるために話をすると、そのまま寝室を後にした。
寝室から出たアレクの顔は先ほどまでエリックに見せていた笑顔とは異なり、顔は白くなり、血の気の引いた顔をしていた。
そして、恐る恐る俺に対して話題を切り出した……。
「なぁ……キリザキ、分かってるよね……?
エリックは……伝染病に掛かってしまった……」
「伝染病?」
街中でその話題をよく聞くことがあったが詳しい話は分からなかった。
俺は伝染病について詳しくアレクに尋ねた。
「今この国で流行っている伝染病さ……
治癒魔法で治そうとしても一時的には収まるけど
突然再燃して、死を迎える恐ろしい伝染病さ……」
当然の事かもしれないが、この国には化学と言う概念はない。
医療として使われる技術は魔法である。
治癒の魔法は身体の毒素や、病原菌などを死滅させたり、追い出したりすることを促進する効果を発揮する事も出来るらしい。
「君もパトロールしていたら……伝染病について耳にした事はあるだろうさ」
なるほど……突然倒れたとか、急に死んでしまったと言う話は、全てこの伝染病の話をしていたのか。
俺は昨日の事を思い出す。
アレクが別れ際に倒れそうになった時の事だ、あの時彼は倒れそうになった事を誤魔化していたが……
俺はそれについてアレクに尋ねる事にした。
「おまえ……昨日倒れそうになったのは……伝染病のせいか?」
アレクは俺の言葉に驚いた後……誤魔化す事はできないと確信したのか観念したようにこう言った。
「相変わらず……勘が鋭いね
そうだよ、僕は一度治癒の魔法を受けて伝染病の治療をしている
だけど、自分でももう気づいている……再燃現象が始まっている事にはね」
そして彼は苦虫を噛み締めた様にこう言った。
「エリックが伝染病に掛かったのは……僕の責任なんだ!」
伝染病が移った事にアレクは並々ならぬ責任を感じている様だった。
「事の始まりは、僕の前のパートナーが伝染病に掛かった事さ
そしてもうそのパートナーはこの世にはいない
代わりに君が入って来た……そういう事なんだ……」
アレクの前のパートナーはどこかに行ったとはぐらかしていたが、既に他界していたようだ。
だがアレクは今あまりにも焦り過ぎていて今一番やらなければならない事を見落としていた。
「しかし、それでも治癒の魔法は受けさせるべきだろう
時間が遅くなれば遅くなるほど不味い事になる
早く治癒の魔法使いを呼ぶべきではないか?」
「そ、そうだね……早く呼ばないとね……
やっぱり君は頼りになるな、じゃあ行って……」
「俺が呼んでくる……おまえは息子の傍にいてやれ」
俺がそう言うと、アレクは本当にありがとうと感謝の気持ちを示す。
それを俺は見届けるとそのまま家の外に出て、治癒の魔法使いを探した。
治癒の魔法使いは化学の支配する世界で言う病院におり、呼び出せば自宅にまで出張してくれる。
俺はこの地域で言う病院を訪ね、そこで治癒の魔法使いに事情を説明し、アレクの自宅に来る様に約束を取り付ける事に成功した。
そして自宅に向かう途中、治癒の魔法を使える男が俺に対して患者のエリックの状況について質問をしてきた。
「なるほど……突然倒れた……それで今も頭痛などの症状を訴えて寝込んでいる?」
「その通りだ、やはり例の伝染病のせいなのだろう?」
「ははは、何をおっしゃっているのですか?
心配はありませんよ」
目の前の男は軽く笑いを浮かべてそれを否定する。
「そもそも、伝染病なんてものは存在しませんからね?」
「街でも多く噂されているが……そもそも伝染病による死者もいると言う話だが」
伝染病そのものの存在を否定したので、俺も反論をする。
男はまいったなぁと呟いてこう続けた。
「それはあくまでただの噂ですよ
ただの貧血なり、風邪が悪化して倒れただけでしょう?」
「しかし、今伝染病と言われている人たちは唐突に倒れるらしいじゃないか?
症状が一致している、そして再燃して死に至る事もな……」
そう言われても目の前の男がそれに頷く事はなかった。
「仮に唐突に倒れて熱の様な症状を訴える事が何らかの伝染病だと仮定しましょうか?
しかし、その病気によって再燃した症状で人が死んでいるとは断言できませんよ」
「何故だ?」
「そもそもそう言った症状を訴えた後、死んでしまった人の死因は同じ病気なら一致するはずでしょう?
私達のデータによれば一致しないのですよ……それにこう言った症状を訴えた人でも生きている人はいます
つまり、伝染病によって死んでいるとは言えないのです」
男は自分のデータについて話してくれた。確かに死因はバラバラである。
「そう、ですから我々は今から魔法による治療であなたの言う伝染病は治してみせましょう
万が一にも再燃現象や、別の病気に掛かったと言うなら私たちの所にもう一度来るのです」
「分かった……」
俺はこれ以上この男と伝染病について会話する事が無意味である事を悟った。
伝染病によって人が多く死んでいる以上、この病気は治癒の魔法使いでも治す事が難しいのだろう。
しかし、治療して貰ったのに再燃して死ぬ様であっては治癒の魔法使い側のメンツは保てない。
信用を失う事に繋がりかねないだろう。
だから治癒の魔法使いは伝染病の存在を否定する。
伝染病に名前が付いていないのも当然である。名前を付けて広まってしまったら伝染病の存在を完全に認めてしまう事と同じ事なのだから。
初期症状と再燃現象の因果関係の薄さを利用し、自分たちに矛先を向けないために……
伝染病の最終的な死因が異なるのは、恐らく免疫力を壊す類の伝染病なのだろう。
有名な物を挙げるなら性感染症のエイズなどが主にあげられるが、この病気は恐らく空気感染、空気感染とまではいかなくても血液や体液を介して感染する病気よりもより強い感染力を持っている。
免疫力が失われる事はじわじわと自分の身体が死に近づくのと同じ事だ。
だからこそ死因の原因は違うし、免疫力を失えば本来感染するはずのない病気に感染して死に至る事になる。だからこそ死因が異なる……
しかし、こうした科学的な根拠は魔法の国では通用しない。
仮に俺の述べた根拠が正しいとしてもそれを魔法の世界で受け入れて貰える事はないだろう。
しかし、治癒の魔法使いの精一杯の誤魔化しが効くのも時間の問題だろう。
そうすれば信頼を失った治癒の魔法使いが躍起になって伝染病の治し方、又は延命方法を考えれば状況は変わるかもしれない。
だがそれには長い時間が掛かる事は俺には分かっていた……
これからの命を救う事はできても……今この瞬間危機に瀕している命までは……
◇
「はい、どうですか?」
「……身体が軽くなった気がする……」
「ではこれで治癒の魔法は成功ですね
お疲れ様でした、お大事にどうぞ」
治癒の魔法はすぐに終わった。
男が手をかざすと魔力が満ちて手が緑色に輝く、その手で男がエリックに触れるとみるみるうちにエリックの苦痛の顔は和らいだものへと変化した。
さっきまでの話がなければ本当に病気が治ったと信じてしまっていただろう。
「あの……息子は大丈夫なんですか?」
エリックの母は心配そうにこう尋ねると、男は自信満々にこう答える。
「大丈夫です! 明日から元気に遊びまわれますよ!
でも今日は安静にしてもらう様お願いしますね」
その言葉には本当は伝染病を治せない事を微塵にも感じさせない頼もしさがあった。
そう言われてしまったら安心してしまうだろう。だからこそ、治癒の魔法使いに責任の矛先は向かず信頼されているのだ……
「良かったぁ……うちの夫も数か月前に同じ様に倒れたので……
あの時は別の方が来て治療をしてくれて、何とかしてくれましたが……」
「ははははは、それも治ったでしょう
我々に任せて頂ければ安心です、ではまた何かありましたらこちらまでどうぞ」
アレクは家族には再燃現象で苦しんでいる事を伝えていないせいで、妻もその言葉に納得してしまう。
アレク……考えてみれば家にこの男を連れてきてから一度も見ていない……
息子の傍にいる様伝えたはずだが……
俺はアレクの妻にこう尋ねた。
「アレクは息子の傍についてなかったのか?」
「え……しばらく傍にいた後、取って来る物があると言って家の奥に行ってしまいましたが……」
俺は急いで家の奥へと歩き出す。妻は何が起こったのか分からずいぶかしげに俺を見つめていたがそれを気にしている余裕はなかった。
人のいる気配のある部屋を探していると、突き当りに明かりのついている部屋があった。
俺はその扉のドアを開ける。
「うぉぇ……ぐぉおっ……ごほごほぉっ!!」
そこにはトイレの一室で血反吐をまき散らしながら嗚咽を吐いて苦しむアレクがいた。
アレクはゆっくりとこちらを振り返る。
そこには昼まで明るく笑いながら談笑をしていたアレクの姿はなかった。
顔面は青白く、口から血を垂らしながらこちらを虚ろに見ている。
恐らく今日まで皆に心配を掛けない様に伝染病の再燃現象と陰で闘っていたのだろう。
しかし、それも限界が来ている事は直感的に分かった。
アレクの顔に生気はもうない。死期はもうすぐ傍まで来ている。
記憶を失い、長い時を生き続けた俺には分かってしまう。
それは何度も死期を目の前にして死んでいった人間を見て来たから……沢山の人間の死に様を見て来たからだ。
そしてアレクは力なく俺に対してこう呟いた。
「え……えり……エリックは……」
自分の限界がそこまで来ている中でこの男は息子のエリックの事を心配している……
沢山の人間の死に様を見てきた俺もこの状況で他人の事を思いやれる人間がそうそういる物ではない事を知っており、今のアレクに敬意すら感じていた。
アレクはすがる様にエリックの安否を問いかける。
俺にはアレクの息子エリックは近い将来、アレクと同じ運命を辿る事になる事は分かっている。
嘘を吐く事イコール悪である。正義感の強すぎる人間にはこの方程式をどんな状況でも信じているに違いない。
しかし、真実を伝える事が必ずしも人を幸せにするとは限らない。
正しさと言うのは時にはいき過ぎればただの暴力になる事を、正しさや正義と言う言葉が持つ恐ろしさを俺は誰よりも知っているつもりだ。
戦争の引き金はお互いの正しさや正義を貫くため、一方的な正しさを押し付けられたがために引かれるものである、そんな空しい戦争を俺は何度も見てきた。
今この場面で嘘を吐く事が悪であるとするなら、俺は悪でも良い。
正義に囚われて他人を絶望させ傷つけるくらいなら、今この場に正義は求められていない。
ただ……それだけの話なのだ……
「エリックは無事だ……明日になれば病状も回復するだろう」
その言葉を聞くと心の底から安心した顔を見せた。
これ以上言葉を発する事はできなかったが、俺の言葉は届いた様だ。
アレクはそのまま身体の力が一瞬で抜けたように倒れこむ。
最後の最後までアレクは他人を心配させまいと気丈に振る舞い、最後の最後まで他人を思いやり逝ったのだった……
終わり
3話完結を守らず、4話完結にする事を考慮するくらいの長さになりました……
次作は少し時間が空くかもしれませんがよろしくお願いします。




