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第5話:人生設計

「ウルヤナって、十年に一回くらい拾ってくるんだよね」

ルテオが何気なく言った。

「え?」

目を丸くしたミリヤムに、ルテオは軽い調子で続ける。

「穢れ者を――」

その瞬間、ウルヤナの眉がぴくりと動いた。

「……魔裔候補」

「あ、ごめんごめん」

悪びれもなく笑いながら、ルテオは言い直した。

「魔域に来るしかなくなった人間。結構いるんだよ」

「そうなんですか」

驚いてウルヤナを見るミリヤムに代わって答えたのは、書類へ目を落としたままのアスワドだった。

「誰が住民登録や戸籍整理や住居の手配をやると思っている」

「アスワドね」

チェルナーが頷けば、ウルヤナまで当然のように続く。

「親父だな」

「お前らな」

アスワドは疲れたようにため息をついた。

「住民登録……?」

「あるわよ。共同体なんだから」

「魔王城じゃないんですか?」

「違う」

四人の声が綺麗に重なった。

ルテオが思い出したように指を立てる。

「結婚とか離婚とか、出生届とか、いろいろあるしね」

「魔域でも結婚する人はいるんですね」

部屋が静まった。

ウルヤナがじっとミリヤムを見る。

「……食いつくとこ、そこか」

「大事ですよ」

ミリヤムは真顔だった。

「何だよそれ」

吹き出したルテオの隣で、チェルナーは少し笑ってから答える。

「まあ、結婚する人はいるわよ。ただ、魔裔はなかなか子どもができないけど」

「そうなんですか?」

「ああ。長寿な分、子どもができにくいんだ」

ルテオが答える。

「ここ八年くらいは、近隣の魔域でも生まれたって話は聞いてないな」

「八年もですか!?少子化問題、大変じゃないですか」

「まあ、人間とは時間の流れが違うからね。魔裔なら三百年くらいは生きるし」

「三百年!?」

ミリヤムの声が裏返った。

「そんなに長生きなんですか!?」

「うん。ちなみに俺、八十歳」

「八十歳!?」

今度は勢いよく立ち上がる。

「そこそこのおじいちゃんじゃないですか!」

「そこそこって何だよ」

「二十歳くらいにしか見えません!」

「魔素耐性が高いとね。魔域の濃い魔素に身体が適応していくから、丈夫になるんだ」

ルテオは自分の頬を軽く叩いた。

「傷も治りやすいし、病気にも強い。ついでに老化もしにくい」

そして、得意げに胸を張る。

「アンチエイジング」

「アンチエイジング!」

ミリヤムの目が、きらりと輝いた。

「つまり……!」

勢いよくチェルナーを見る。

「私も魔域にいたら、若くいられるんですか!?」

「ええ。ミリヤムも魔素耐性が高いもの。ここで長く暮らせば、普通の人よりずっと老化は遅くなるでしょうね」

「美容には魅力的ですね……」

思わず本音が漏れ、ウルヤナが呆れたように息を吐いた。

「そこに食いつくのか」

「女性ですから」

真顔で答えるミリヤムに、チェルナーが笑う。

「でも、いいことばかりじゃないわ」

「え?」

「魔域に長くいれば、身体は少しずつ魔素に依存するようになる」

今度はウルヤナが口を開いた。その声には、先ほどまでの軽さがなかった。

「いずれ、魔素の薄い土地では身体を保てなくなる。そうなれば、もう人間の国では暮らせない」

ミリヤムも自然と表情を引き締める。

「それが、魔裔になるということですか?」

「ああ」

どこかで突然、人間から別のものへ変わるわけではない。

魔域で暮らし、濃い魔素に身体が適応していくうちに、少しずつ人間だった頃の身体から遠ざかっていく。

「……そうなると」

ミリヤムは少し考えた。

「子どもも、できにくくなるんですね」

「そういうこと」

チェルナーが頷く。

魔域で生きられる丈夫な身体と、長い寿命。

その代わりに失うものもあるらしい。

しばらく考え込んだ末、ミリヤムは残念そうに呟いた。

「それは困りますね」

「何が?」

「結婚相手としてはマイナス要素です」

沈黙。

「……は?」

ルテオが固まり、チェルナーも目を瞬かせる。

ウルヤナまで珍しく黙り込み、ついにはアスワドも書類から顔を上げた。

当のミリヤムだけが、不思議そうに首を傾げている。

「ルツィエ様の遺言です」

「遺言?」

「はい。素敵な結婚相手を見つけて、幸せな家庭を築きなさい」

そう言って、ミリヤムは指を一本折った。

「顔で選んではいけません」

もう一本。

「胡散臭いという直感は大事です」

さらに一本。

「生活力を重視しなさい」

四本目の指を折り、最後に残った一本を見る。

「それから、あまり歳が離れすぎているのも望ましくありません」

これで五本。

「待て待て待て」

ルテオが思わず止めた。

「もっとマシな遺言なかったのかよ」

チェルナーが吹き出し、アスワドも口元を押さえる。

「ありました」

ミリヤムは真面目に頷いた。

「魔素術を決して使ってはいけない、と」

今度は、本当に静まり返った。

「……落差が激しいな」

ウルヤナがぽつりと言うと、ミリヤムも深く頷く。

「そうなんです。私もそう思いました」

「いや、そっちが本題だろ」

ルテオが額を押さえた。

「そうなんですか?」

「そうだよ!」

即答だった。

「でも、最後に話していたのは結婚相手のことでしたよ」

「その聖女様、大丈夫?」

チェルナーが苦笑する。

「案外、賢いのかもしれん」

アスワドがぼそりと言った。

「親父まで何言ってんの」

呆れるルテオをよそに、アスワドは書類を一枚めくる。

「魔素術を使うなと言われても、使う時は使う。だが、結婚相手選びを間違えると人生が終わる」

「経験者みたいなこと言うわね」

「見てきただけだ」

「なるほど……」

神妙に頷いたミリヤムを見て、ウルヤナが呆れたように言う。

「変なところで納得するな」

チェルナーは肩をすくめた。

「結婚なんて、しないほうがいいわよ」

「そういえば……バツイチって……」

「聞くの!?」

ルテオが素っ頓狂な声を上げた。

「別にいいわよ」

チェルナーはさらりと言う。

「魔裔だから、なかなか子どもができなくてね。妊活中に浮気されたの」

「……えっ」

ミリヤムだけが固まった。

「あー……」

ルテオが視線を逸らし、アスワドも気まずそうに頷く。

「……そうだったな」

チェルナーはにっこり笑った。

「あの時、ウルヤナが代わりにしばいてくれなかったら、私が刺してたわ」

「ひぇっ」

「あいつが悪い」

ウルヤナは即答だった。

「そうよね」

「ああ」

アスワドまで同意したあと、遠い目をする。

「当時、止める側は大変だった」

「止める側だったんですか!?」

思わず叫ぶミリヤムの横で、今度はウルヤナが何かを思い出したように口を開いた。

「そういえば、あいつ、最近調子に乗って隣の魔域の女にちょっかい出していたな」

「あら」

チェルナーが笑顔になる。

「あー……」

ルテオが頭をかく。

「もう一回しばいてくるか」

「物騒!!」

すかさずミリヤムのツッコミが飛ぶ。

アスワドは書類をめくりながら、事もなげに言った。

「殺さない程度にしろよ」

「止めないんですか!?」

「昔からこうだから」

チェルナーが肩をすくめる。

アスワドはさらさらとペンを走らせた。

「……始末書だけは書かせろ」

「そこなんですか!?」

ミリヤムの叫び声が、執務室いっぱいに響き渡った。

*

「じゃあ、その元旦那さんはやめておきます」

ミリヤムが真剣な顔で結論を出すと、チェルナーは思わず吹き出した。

「安心して。魔域には、まだまだいい男はいるわ。私はもうこりごりだけど」

「そうなんですね……」

頷いたミリヤムだったが、すぐに難しい顔になった。

「でも、三百年も生きるとなると……皆さん、おいくつなんですか?」

部屋の男たちを順番に見回す。

「俺は八十歳って言っただろ」

ルテオが笑う。

「そうでした。そこそこのおじいちゃん」

「まだ言うの!?」

笑いを堪えながら、チェルナーが口を開く。

「ルテオは生活力がいまいちだから、おすすめできないわね」

「えぇ?」

「働かないし」

「ぐっ……」

それでも懲りずに、ルテオはミリヤムへ身を乗り出した。

「どう?八十歳だけど、見た目は若いよ。俺と結婚してみる?」

「嫌です」

即答だった。

「えっ」

「おじいちゃんですから」

ルテオは胸を押さえた。

「今、八十歳のお兄さんが傷ついた」

「お兄さんじゃなくて、おじいちゃんです」

「ひどい!」

楽しそうに笑ったチェルナーは、今度はウルヤナを見る。

「じゃあ、ウルヤナはどう?」

「俺を巻き込むな」

ミリヤムは腕を組み、じっとウルヤナを見た。

「デリカシーないですし」

「おい」

「そもそも、おいくつなんですか?」

「百二十三歳だが。文句あるのか」

あまりにも自然に返ってきた。

「えええぇぇぇっ!?」

ミリヤムは椅子から転げ落ちそうになる。

「超おじいちゃんじゃないですか!!」

「誰が超だ」

「百二十三歳ですよ!?」

「だから何だ」

「だから何だじゃありません!」

笑いながら、ルテオが横から口を挟む。

「ちなみに親父は三百五十歳くらい」

「レジェンドおじいちゃん!!」

思わず叫んだミリヤムにも構わず、アスワドは書類を書きながらぼそりと返す。

「そろそろ身体にガタが来てるし、お前らのせいで寿命が縮んでいる気がする」

否定はしなかった。

チェルナーも片手を挙げる。

「私は九十五歳。まだ現役よ」

「超おば――」

ミリヤムは慌てて口を押さえた。

「……お姉さん!」

チェルナーが満足そうに微笑む。

「よろしい」

改めて部屋を見回したミリヤムは、頭の中で年齢を並べてみた。

八十歳、九十五歳、百二十三歳。

そして、三百五十歳。

見た目だけなら、とてもそんな年齢には見えない。

「皆さん……そんなに長生きして、暇じゃないんですか?」

「暇ではない」

アスワドは書類の束を持ち上げた。

「暇ではないわ」

チェルナーも薬瓶の並ぶ机を示す。

「暇ではない。魔獣討伐がある」

ウルヤナは壁に立てかけられた剣へ視線を向けた。

最後に、ルテオがにこっと笑う。

「俺は暇」

「働け」

アスワドの声が即座に飛んだ。

「嫌」

即答だった。

アスワドは額を押さえる。

「……頭が痛い」

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