03 あした、二人で
蒼鉛色の髪をなびかせて、オリヴィエは『移しの器』に許されたスペース内を、そわそわと行ったり来たりしていた。
「シスタードミニカ、アイオラがいないの。どこかで見ませんでしたか?」
話しかけられたシスターは、少し考えるように首をかしげたあと、
「ああ!」
と、手を打って答えた。
「アイオラ様は成人を迎えられたので、新しいお役目の勉強に向かわれましたよ! 私は、お役目のことはよくわかりませんが……早朝に部屋を出られるのを見かけたので、もうすぐ戻るんじゃないかしら?」
後半は声を落としつつ、ウィンクとともに教えてくれる。オリヴィエは右手で小さな丸のサインを作り、
「ありがとうございます」
と、丁寧に頭を下げた。
しかし、アイオラは夕方になっても、日が沈んでも戻らなかった。
(今日は、新しい本が手に入ったのになぁ)
オリヴィエは、夕食用のスプーンを握ったまま、頬杖をついてアイオラのことを考えていた。
にわかに廊下が騒がしくなった。
「……まさか……探したのか!」
「外には……いないそうです」
「探すぞ」
(アイオラのことだ……!)
途切れ途切れに聞こえていた声を拾い、オリヴィエはスプーンをテーブルに叩きつけるように置くと、廊下に飛び出した。
「待ってください! アイオラ様の行き先に心当たりがあります。私も連れて行ってください」
廊下にいた三人の護衛はオリヴィエを見て、それから互いに小声で言葉を交わした。
「わかりました。ご協力感謝いたします」
一人の護衛が、オリヴィエと一緒に動いてくれることになった。
(何があったのアイオラ……!)
はじめに、二人のお気に入りだった鐘楼の踊り場を探し、次に地下の祭壇に向かう。
アイオラは、祭壇に腕を伸ばすようにして床に座り込んでいた。
「――! アイオラ様っ!」
「待って!」
駆け寄ろうとした護衛を押しとどめ、
「私とアイオラ様だけで、お話できる時間をくださいませんか?」
と、オリヴィエは必死に訴えた。
祭壇脇に伏せるアイオラを見て、それからオリヴィエに視線を戻し、護衛は頷くと、祭壇の間の出入口を守るように立った。
「――アイオラ」
オリヴィエは声をかけながらゆっくり近づいた。
返事の代わりに、すすり泣く声が聞こえる。 長い時間、ここでじっとしていたのだろう。床には沢山の涙の雫が落ちていた。
「アイオラ」
オリヴィエは小さな声で名前を呼び、そっと背中に手を触れた。ひんやりと冷たさが伝わる。
「っう、オリヴィエ……オリヴィエ……」
アイオラの目から次々と涙があふれてくる。 オリヴィエは、アイオラの頭を抱えるように抱きしめた。
どのくらいの時間が経っただろう。アイオラが、しゃくり上げながら話しはじめた。
「……オリヴィエ……様は、太陽のような、御方です」
オリヴィエは、アイオラの頭をなでながら黙って続きを待つ。
「私は……私は今日、新しい役割を、教えていただきました。私には……上手に果たせるかは、わかりませんが……」
オリヴィエは、いつの間にか泣いていた。泣きながら、アイオラの頭を優しくなで続ける。
アイオラはゆっくりオリヴィエから体を離し、涙に濡れた目でオリヴィエを見つめる。
「……『聖唱の器』様は、立派な方だと思います。本当に……立派なお父様ですね。どうぞ、そのことを忘れずに、大事になさってください……オリヴィエ様自身のことも、どうぞ、大事に」
オリヴィエは泣きながら、何度も頷いた。
♢
その光景を、祭壇を見下ろせる観光客用の通路を歩きながら、横目で眺める者がいた。
痩せていて、教会のローブはその少年の背丈には少し長くて、ぶかぶかだった。
夜も更けて、彼はいつものように、教会の図書室から追い出されてしまった。そして、部屋までの近道として通路を塞ぐロープをこっそり潜り抜け、そこを通りかかったところだった。
「『移しの器』が二人……こんな時間に何をやってる?」
チラリと出入口の護衛に目をやり、逃走の可能性はないと確認したあと、少年は自分の部屋へと戻っていった。
♢
「いっぱい怒られちゃったねー、アイオラ」
笑いながらオリヴィエが言った。 いっぱいどころではない説教を二人で受けたあと、オリヴィエとアイオラは護衛に付き添われ、部屋に戻るところだった。
「オリヴィエまで怒られることはなかったのに……でも、ありがとう」
アイオラは、いつもより白い顔色のままそう言って微笑んだ。
「だって、こういうときは二人で怒られた方が、早く済むんだよ? あ、ねえ、今日は新しい本が手に入ったよ! 明日一緒に読もうよ」
「二人で読むの? ふふ……いいですよ。くっついて読みましょうか……」
アイオラとオリヴィエは、くすくす笑って手を振りあった。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
そう言って、それぞれ隣り合った部屋に入っていく。
(今日はつかれたなぁ……アイオラ……明日は二人で……)
オリヴィエは深く眠ってしまい、その夜の騒ぎに気づくことができなかった。
続きは、20:45頃に。




