02 義務
※このエピソードには、物語の設定上、非人道的な制度や、それにともなう妊娠・出産に関する重いテーマが含まれます。直接的な性描写はありません。
――アイオラが教会に来て、二年が過ぎた。
その日、アイオラは早朝から、典礼省の祭事官とともに、自分たちが暮らす区画の真下にある地下室へと下りていた。
扉を開けると、地下の湿った冷たさと、しんとした空気に包まれた広い部屋に、ポツンと簡素な椅子が置いてあった。
アイオラは勧められるままに、その椅子に座った。
部屋には明かりが灯っているが、どことなく薄暗い。
清廉さの象徴のような修道服をまとったシスターは、アイオラの前に立ち『移しの器』の「義務」について話しはじめた。
「アイオラ様は、十六歳の成人を迎えられました。これより、『移しの器』としての重要な務め――次代の『移しの器』を残すための、『顔の見えない義務』についてお教えします」
シスターの声は、祈りを捧げる時のように穏やかだった。
「次代の『器』を産んでいただく、ということです」
アイオラは、指先からゆっくりと冷たくなっていく感覚に襲われた。
「神聖な儀式の最中に、中断するような事態にならないためにも、本日は詳細をお教えすることになります。お辛いこともあると思いますが、理解に合わせてゆっくり進めましょう」
シスターの、彼女を気遣う言葉は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。部屋の明かりが、一層暗くなったように思える。
(嘘――)
「儀式はこの部屋で執り行われます。日程は、アイオラ様の体調を見ながら決めさせていただき、前日にお知らせいたします」
自分の呼吸の音が、やけに大きく聞こえる。アイオラはぎゅっと目を閉じて、頭を振った。
「相手の方とは、終始カーテン越しに対面いたします。これは、魂の交わりであり神聖な行為ですから、恐れることはありません」
シスターの説明が続く中、アイオラの体から力が抜けていく。
「次代の『器』を授かるまでは、負担の少ない形で繰り返し……アイオラ様!」
アイオラは、意識を失いかけて、シスターに抱き止められた。
「申し訳ありません。もう少し、ゆっくり進めて参りますね」
「……」
なんと返事すればいいのか、わからない。気遣いに礼を言うべきか、このような役割を強いられることを嘆き泣き叫ぶべきか。
部屋の隅にあったベッドに腰を掛けて、壁にもたれるアイオラに、シスターは話を続ける。
アイオラは弱々しくかぶりを振った。
シスターが告げる。
「アイオラ様……そのように拒絶なさるのは、我々の神に対し畏れ多いことでございます。『聖唱の器』様も、『器』に成られる前に立派にお勤めを果たされ、オリヴィエ様を残されました」
アイオラはハッとして顔を上げる。
『これが私のお父さんです!』
オリヴィエの声がよみがえる。
教会に来たばかりの頃、そう言って『聖唱の器』である父を、オリヴィエは自慢げに紹介してくれた――では、オリヴィエの母は?
アイオラは瞬きも忘れて、震える声でシスターに尋ねた。
「……オリヴィエ……様の、お母様は……」
「オリヴィエ様は、『聖唱の器』様と神の代理であるお相手様との、『顔の見えない義務』にてお生まれになりました。よって、オリヴィエ様にはお母様が存在しません」
アイオラと目を合わせて、シスターが続けた。
その言葉だけで、アイオラは心が砕けてしまいそうだった。
(どうして……? どうして……)
父や母、姉の顔が浮かぶ。アイオラを呼ぶ、優しい声――
そして、まだ何も知らないオリヴィエの、太陽のように煌めく蒼鉛色の目を思い浮かべた。
アイオラは、はらはらと涙をこぼした。シスターは、取り出したハンカチで、その涙をそっと拭いた。
無情にも「学習」は最後まで続けられた。
すべてを終えたとき、アイオラは泣いて泣いて、「このまま消えてしまえばいい」と願った。
続きはまた明日。10:45頃に。
この話は、本編
『国家転覆は狙っていません! ――家族を奪還したい弟は、学園に潜入し過保護な兄と姉に溺愛される―― 』
のスピンオフです。5話完結。
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