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第51話 条件闘争、開幕いたしますわ(経済編)

胃に悪いのは、朝一番の公文書に限らないのですわね。


 ご苦楽シティの公会堂。窓の外には港と海。その手前の長机には、前王国とライシアとご苦楽シティ、それぞれの代表が向かい合って座っておりました。


 王太子アルノルト殿下と、その側に控える財務官たち。その少し後ろに、民代表の顔で座るリリアーナ・ベルローズ嬢。


 対するこちら側は、ライシア宰相代理として来ている王弟殿下とレオン、そしてご苦楽シティ代表としてわたくし。


 机の中央には、墨の匂いのする新しい羊皮紙と、黒いインク壺。契約書が生まれる気配で、わくわくなさっている方など、ここにはひとりもいらっしゃらないでしょうけれど。


 わたくしだけは、少し胸が躍っておりました。


 条件闘争ほど、頭の体操になる遊びはございませんもの。


 ◇


 最初に口を開いたのは、前王国側の財務官でした。やつれ気味の顔に、必死に取り繕った威厳。


「本日は、前王国の現状を率直にお伝えし、ライシア王国および自由都市ご苦楽シティのご協力を仰ぎたく、参りました」


 彼は、いくつかの数字を読み上げました。


 穀物不足。軍と官吏への給金遅配。内債利払いの繰り延べ。それに伴う市中の混乱。


 簡単に言えば、火の車でございます。


「つきましては、まず第一に、緊急の食糧援助を」


「はい、そこで一度止まりましょうか」


 わたくしは、手を軽く上げて口を挟みました。


「援助という言葉は、たいへん曖昧でしてよ。返さなくてもよい施しをお望みなのか、返済前提の借入れをお望みなのか。お伺いしてもよろしいかしら」


 アルノルト殿下が、少し眉を寄せました。


「我が国は、決して施しを乞いに来たわけではない」


「それはようございました。でしたら、借入れの話として整理いたしましょう」


 わたくしは、レオンと目を合わせ、机の中央に一枚の紙を滑らせました。


「こちらが、ご苦楽シティおよびライシア王国からの共同融資案でございます」


 前王国側の視線が一斉に紙へと落ちます。


「緊急食糧の供給、兵の給金の一部繰り上げ支払い、内債の一部買い取り。合計額は、王国の歳入のおよそ三分の一相当」


 財務官が、かすかに目を見開きました。


「そんな額を、本当に出せるのか」


「出せますわ。条件が合えば」


 わたくしは、紙の下半分を指で叩きました。


「こちらが、その条件でございます」


 ◇


 条件その一。


「まず、援助はすべて有担保融資として扱いますわ」


 わたくしは、さらりと言いました。


「王国が持つ港のうち、第二王都と第三都市にある二港。そこの関税徴収権と港湾使用料徴収権の一部を、ライシア王国とご苦楽シティ側に譲渡していただきます」


「なっ……」


 財務官が声を失い、アルノルト殿下のこめかみがぴくりと動きました。


「安心なさいませ。港そのものを奪うつもりはございませんの。ただ、そこから上がる収入の一定割合を、融資の担保として差し出していただくだけですわ」


「国内の港の権利を、他国に渡せと言うのか」


 殿下の声には、怒りというより、信じられないという色が混じっておりました。


「他国、というより、債権者ですわね」


 わたくしは肩をすくめました。


「王国は、既に内債という形で、自国民に未来の税収を売っております。それと本質は変わりませんわ。ただ、買い手が国内から国外に変わるだけ」


 王弟殿下が、静かに補足します。


「こちらとしても、ただ金を出して“約束だけ”を受け取るつもりはない。実際の徴収権を一部握ることで、“返済の確実性”を確保したい」


 レオンがさらに続けました。


「もちろん、譲渡割合は融資額に応じて調整する。最初から全部を奪うなどとは言っていない」


「しかし、港の収入は、我が国の重要な財源だ」


 財務官が食い下がります。


「それを手放せば、ますます……」


「今、その財源を未来から前借りして燃やしておられるのではなくて?」


 わたくしは、柔らかく刺しました。


「内債の利払い繰り延べ。軍の給金遅配。王宮の宝物庫からの現物切り崩し。どれも、未来の収入で今の穴を埋める手段ですわ」


 言葉を区切り、にこりと笑います。


「その未来の収入の一部を、本当に金を出す者が先に押さえる。それが、今回の条件でございます」

 




 条件その二。


「次に、財務監査役の常駐を」


 わたくしは、紙の別の欄を軽く叩きました。


「王国財務省に、ご苦楽シティおよびライシア王国からの監査官を常駐させていただきます。内債の発行状況、歳入歳出の実績、軍への支払い状況。これらの数字を、三ヶ月ごとにこちらへ報告していただく」


 リリアーナが、唇を震わせました。


「それは……王国の主権を侵すことになりませんか」


「内政干渉ではないか、という意味でして?」


「そうです。国の税や財政は、その国の民と王が決めるべきものであって……」


「その理屈が通るのは、自分たちだけで帳簿を締められるうちは。で、ございますわ」


 わたくしは、きっぱりと言い切りました。


「自分で支払いができないから、他国に頭を下げて金を借りに来ている。その瞬間から、国の財布は、もう完全には自分たちだけのものではございません」


 レオンが静かに頷きます。


「監査役の常駐は、金を出す側の当然の権利だ。こちらとしても、どこまでなら支えることができるか判断する材料が必要になる」


「監査役といっても、兵を連れてくるわけではない。帳簿と数字を眺めるだけの役人だよ」


 王弟殿下の言葉に、財務官は顔をしかめましたが、さすがに即座の反論は出てこないようでした。


 ◇


 条件その三。


「最後に、返済計画の公開ですわ」


 紙の一番下に記された一行を、わたくしは指でなぞりました。


「今回の融資について、返済に充てる歳入の内訳と、いつまでに、どこまで返すかの計画書を、王国内で公表していただきます」


「国内で、公表……?」


 アルノルト殿下が、わずかに目を細めました。


「そんなものを出せば、国民は不安になるだけではないか」


「不安になるのは、最初の一日だけですわ」


 わたくしは、淡々と告げます。


「それよりも、知らされていない借金のほうが、長くじわじわと信頼を蝕みますの。内債の買い手たちも、徴税官も、兵士も。自分たちの国が、何にどれだけ借りているか分からないまま働かされるのと、数字を見せられたうえで協力を求められるのと、どちらが長持ちすると思いまして」


 沈黙。


 ラウエンシュタインが、後方で小さく口を開きました。


「……老財務卿閣下も、いずれは数字をすべて開示するべきだと仰っておりました」


 その名前に、アルノルト殿下の眉がぴくりと揺れます。


「しかし、今さら……」


「今さら、ではございませんわ。今だからこそですの」


 わたくしは、殿下をまっすぐ見ました。


「殿下。民の味方”を名乗るなら、民に現実を見せる勇気くらいはお持ちになって?」


 リリアーナの肩が、びくりと震えました。


 彼女は震える声で、しかし食い下がりました。


「でも、そんなことをしたら……内債を買っている方々が、一気に不安になってしまいます。市場が混乱して……」


「もう混乱しているのですわ」


 わたくしは、きっぱりと遮りました。


「内債は売れず、利率を上げても買い手は増えない。徴税官は殴られ、兵士は給金を待たされる。何かがおかしいと、みなとっくに感じている」


 息を吸い、吐き、言葉を重ねます。


「そこへ、これが現実ですと数字を出して、この計画で立て直します、一緒にやってくださいと頼むのと。まだ大丈夫です、神は見ていてくださいますとだけ言い続けるのと。どちらが、本当の意味で民を尊重している”かしら」


 リリアーナの唇から、言葉が落ちました。


「……わたしは、ただ……」


「ただ、嫌な顔を見たくなかったのでしょう?」


 わたくしは、やわらかな笑みだけは崩しません。


「無料配給を喜ぶ笑顔や、金持ちから取れという喝采だけを見ていれば、気分はよろしいですものね」


 リリアーナの目に、悔しさとも悲しみともつかぬ光が浮かびました。


 アルノルト殿下が、小さく拳を握りしめます。


「アメリア。君は、随分と辛辣だな」


「現実は、もっと辛辣ですわ」


 わたくしは、さらりと言い返しました。


「ただし、ご安心なさい。わたくしたちは、現実を見てくれない国には一銭も出しませんが、現実を見る覚悟をした国には、きちんと利息を取りつつ、お金を貸しますの」



 ◇



 長い沈黙のあと、ようやく前王国側の財務官が絞り出すように言いました。


「……提示された条件を、王都に持ち帰り、検討させていただきたい」


「もちろんですわ」


 レオンが、穏やかな声でまとめます。


「今日は、条件の概要をお伝えしただけ。正式な返答は、王と老財務卿を交えたうえでお願いしたい」


 アルノルト殿下は、険しい表情のまま、静かに頷きました。


「分かった。だが、時間はあまりない」


「それは、どの国にとっても同じでございますわ」


 わたくしは、書類を整えながら言いました。


「だからこそ、今ここで現実を見るかどうかが、後々の差になりますの」


 ◇


 会議が終わり、人の波が引いたあと。公会堂の窓際で、レオンが小さく息を吐きました。


「よくもまあ、あれだけ容赦なく切り込めるね」


「数字が相手ですもの。わたくし、数字にはわりと優しいつもりですわよ?」


「どこがだ」


 彼は額を押さえながらも、どこか楽しげでした。


「ただ……」


「ただ?」


「君が完全には突き放していないのが、ちょっとだけ意外だった」


 わたくしは、窓の外の軍艦をちらりと見やりました。


「前王国そのものを救いたいとは、これっぽっちも思っておりませんのよ」


「知っている」


「でも、あの老財務卿の顔を立ててやるくらいは、して差し上げてもよろしくてよ」


 レオンは、ふっと笑いました。


「なるほど。君の情は、人ではなく仕事と数字に向いているんだな」


「誉め言葉として受け取っておきますわ」


 わたくしは、机に残された契約案の写しを指先で弾きました。


「さあ、ここからが本番ですの。情に訴える前王国と、条文で殴るご苦楽シティとライシア。どちらが長く息が続くか、楽しみにしていてくださいませ」

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