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第46話 ご苦楽シティ、戦わない防衛線を引きますわ

人が増えれば、門の仕事も増えますの。


 朝から、城門前の広場がざわついておりました。市場の開門にはまだ早い時間。それなのに、門の手前には荷車と人影が妙に多い。


 仮設の詰所から顔を出したジルクが、腕組みしたままこちらに手を振ります。


「アメリア様、ちょっと見ものですよ」


「見もの、という言葉が出るときは、ろくなものではございませんわね」


 そうぼやきつつ、わたくしはレオンと連れ立って門へ向かいました。


 ◇


 門前にいたのは、二つの集団でした。


 一つは、第二波の難民たちよりもいささか装備の良い一団。革鎧に剣、背には槍や弓。肩や荷車には、前王国軍の古びた紋章が残っております。


 もう一つは、荷車に布をかけた、見るからに怪しげな小集団。こちらは武装こそしていませんが、腰のあたりにごつい棒やナイフを隠しておりましてよ。


 どちらも、ご苦楽シティの門の前で足止めされていました。自警団の若手が、腕章を握りしめて必死に声を張り上げています。


「ここから先は、武器を下ろしてくれって言ってるだろ!」


「俺たちは戦争から逃げてきたんだぞ。命綱まで取り上げる気か!」


「荷を検めるってのは、ここの規則だ。中身を見せられねえ荷車は通せねえ!」


 ざわつく人波の前に、ジルクがどん、と一歩出ました。


「アメリア様。ご覧のとおり、武装難民と何か隠してる連中”ですよ」


「まあ。さっそく波が泡立ち始めましたわね」


 わたくしは門の石段を数段上り、見下ろす位置から全体を眺めます。


 前王国の軍服を着崩した男たちは、明らかに訓練された兵士上がり。表情は疲労でくたびれておりますが、片付け方の良い荷物と、互いの動き方に軍隊の名残が見えました。


 一方、布をかけた荷車のほうは……ええ、見事に目を合わせてこない。こちらをちらちらと窺いながら、何やら囁き合っております。


 レオンが、小声で尋ねました。


「どちらも入れてしまえば楽だが、入れたあとが怖い連中だな」


「ええ。だからこそ、ここで線を引く必要がございますの」


 わたくしはジルクに顎で合図しました。


「ジルク。まず、前王国軍の方々から参りましょうか」


「了解。おい、あんたら、代表を一人前に出しな!」


 兵士風の集団から、一人の男が出てきました。まだ若いが、背は高く、視線にわずかなプライドと疲労が混じっております。


「前王国第七辺境隊、元中隊長、カール・ヘンゼルだ」


 ほう。名乗り方だけはきちんとしておりますわね。


「カール殿。ここはご苦楽シティ。武器を持ったままでは、お通しできませんのよ」


「だが、武器を手放したら、俺たちはただの流れ者だ。どこで誰に襲われるかも分からない」


「でしたら、この内側でなら、武器は不要ですわ」


 わたくしは石段をもう一歩降り、彼らのほうへ近づきました。


「この街は、武器の持ち込みを禁じております。その代わり、治安は自警団が預かる契約ですの。あなた方が武器を預けるなら、この門の内側では、あなた方の安全を守る責任がこちらに生じます」


「責任、だと?」


「ええ。武器を預けたという記録を残すことで、預かり所との契約が成立いたします。あなた方は、武器を取り戻す権利を得る。こちらは、その間、あなた方を守る義務を負う。そういう取り決めですわ」


 カールが、戸惑ったように仲間たちを振り返りました。


「預かり所なんぞに剣を渡して、本当に返してもらえるのか」


「返さなければ、街の信用が潰れますわ」


 レオンが、静かに言葉を挟みます。


「ご苦楽シティは、物と金だけではなく、約束の取引所でもある。剣一本返せないような街に、誰が貨物と命を預けますか」


 兵士たちの間に、ざわり、と波が立ちました。


 カールはしばしこちらとレオンの顔を見比べ──やがて、決意したように頷きました。


「……分かった。武器を預ける。だが、その代わり──」


「代わり?」


「仕事を回してくれ。俺たちは戦争から逃げてきた。だが、戦うしか能がないわけじゃない。荷運びでも、見張りでも、雑用でもいい。食っていけるだけの仕事を、だ」


 わたくしは思わず口元を緩めました。


「まあ。交渉がお上手ですこと」


「遊んできたわけじゃないからな」


「よろしい。あなた方の武器を、預かり所に預けていただきます。その代わり、今日中に臨時の警備仕事を何件か回しましょう。自警団の補助として働いていただきますわ」


 ジルクが、目を丸くしました。


「アメリア様、勝手に決めないで……」


「嫌なら、あなたがこの人数を一日中面倒をご覧なさいな?」


「……預かり所、こっちだ! 列を作れ、列を!」


 さすがは現場の男でございますわ。飲み込みが早くて助かります。


 ◇


 兵士たちが列を作って武器を預け始めたのを確認してから、わたくしは布かぶり荷車のほうへ視線を向けました。


「さて。次は、中身を見せたくない方々ですわね」


 ジルクが、渋い顔を横でしておりました。


「こいつら、行商だって言い張るんですけどね。荷の中身を見せろって言ったら、企業秘密だとか、上客の荷だから勝手に開けられねえとか」


「上客のお名前は?」


「それも企業秘密だそうで」


 わたくしはゆっくりと荷車に近づき、布に手を触れました。中から、かすかな鉄の匂いと、乾いた薬草のような匂い。


「どこから来られたのかしら」


 先頭の男が、気取った笑みを貼りつけました。


「前王国の内陸からでさぁ。ご苦楽シティさんが景気いいと聞いて、ちょいと品物をね」


「関税や通行証の話をしたとき、前王国の検問はきつくなったと愚痴っておられましたわね?」


 ジルクが補足すると、男の笑みがわずかに引きつりました。


「検問で中身を改められて、嫌な思いをした、のでしょう?」


 わたくしは、にっこりと笑いました。


「ではお訊きしますわ。二度とそんな思いをしたくないから、中身を見せないでくれ、と? それとも、あちらでは見せてしまったので、こちらでは見せずに済ませたいと?」


 沈黙。


 周りの空気が、じわりと冷たくなりました。


「ご苦楽シティの門を通る荷は、全て記録するのです。荷の種類、数量、持ち主。誰のものか分からない荷は、港にも市場にも置きませんわ」


「そ、そんな規則があるなんて聞いてねえ」


「今、作りましたもの」


 男が、目をむきました。


「な、なんだよそれは! そんな後出しの……!」


「後出しではございませんわ。最初の違和感が出たときに、今ここで線を引くのですもの。これを逃せば、次はもっと大きな穴になりますわ」


 レオンが、うすく笑って補足しました。


「前王国で検問をすり抜ける技を覚えた者は、ここでは歓迎されない。──そういう話だ」


 男は舌打ちし、背後の仲間に何か囁きました。視線が、兵士たちの列と、自警団の槍と、わたくしたちの顔を行き来する。


 しばし逡巡したあとで、彼は乱暴に布をはね上げました。


「分かったよ! 見せりゃいいんだろ、見せりゃ!」


 現れたのは、前王国の刻印入りの短剣の束、見覚えのある銘柄の薬瓶、そして──封蝋のついた大小さまざまな文書の束。


「武具と薬と、誰かの文書ですわね」


 わたくしは、文書の紋章を一瞥しました。いくつかは貴族家の印章。いくつかは、王都の商業組合の印。どう見ても、正規のルートで流れてくるべき品々ではございません。


「それらは、どこで、誰から、どのように手に入れた品かしら」


「そ、それは……」


「言えないなら、ここで没収いたしますわ。言えるなら、前王国からの横流し品として、記録のうえで特別税をかけて買い取って差し上げます」


 男がぎょっとしました。


「没収か、特別税!?」


「ええ。“この街に害を持ち込んだ代金”を、きちんと払っていただきますの。でなければ、門から一歩も通せません」


 ジルクが、楽しそうに腕を組みました。


「さあ、どうするよ、おっさん。ここで揉めたら、前王国の検問どころの騒ぎじゃねえぜ?」


 男はしばし葛藤の顔をし──そして、肩を落としました。


「……クソ。前王国の倉庫番から、内緒で横流ししてもらった余り物だよ。倉庫管理帳には載ってねえ分だ。だから、こっちで売れば丸儲けだと思ってた」


「正直で結構」


 わたくしはレオンを見る。


「レオン。前王国の倉庫から出た“余り物の扱い、どういたしましょう?」


「ライシア王都としては、戦略物資の不正輸出扱いだな。君の街としては?」


「密輸品の特別課税品目にいたしましょう」


 わたくしは門の脇の黒板に、さらさらと新しい項目を書き足しました。


「ご苦楽シティ密輸対策第一条。前王国からの余り物は、申告すれば高い税で買い取り。申告せずに見つかれば、即没収」


 男が悲鳴を上げました。


「た、高い税って、どのくらいだ」


「そうですわね。今ここで言い争っている時間で、あなたが失っている儲けくらい、かしら」


 周囲から、くすりと笑いが漏れました。


 レオンが補足するように言います。


「申告して売れば、少なくとも生きて帰れる。没収されれば、君たちは前王国にも戻れない。どこで死ぬかを決める選択だ」


 男は、数秒だけ唇を噛み──うなだれました。


「……課税で、頼む」


「よろしい。ユリウス、後で特別税率の表を作りますわよ」


「また増やすんですね、項目を……」


 ◇


 その日の夕刻。門の脇の壁には、新しい板が打ちつけられておりました。


『ご苦楽シティ入市規約・補足  一、武器はすべて預かり所に預けること。預け証を持つ者の安全は、街が守る。  二、中身を示せない荷は、門を通れない。  三、前王国からの余り物は、申告のうえで高率課税。無申告の発覚品は没収。』


 ジルクが腕章を直しながら、ぼそりと言います。


「なんつうか……戦わねえルールの戦争って感じですね、アメリア様」


「戦場で人を斬るより、こちらのほうが性に合っておりますの」


「そりゃそうでしょうね……」


 レオンが、横で小さく笑いました。


「これで、受け入れたくない人たちの線引きは、一歩前進だ」


「ええ。武器を預けられる人と、荷の中身を見せられる人。それを嫌がる方は、最初からこの街には要りませんわ」


 門の外の道は、遠く前王国へ続いております。


 そこから押し寄せる波が、これからもっと荒くなるのは間違いない。


 だからこそ、今ここで堤防の線を引いておく。


 戦わない防衛線を、言葉と数字で。


「さあ、ジルク。今日預かった武器の台帳と、特別税の集計を、きっちり仕上げてくださる?」


「……やっぱり一番怖えのは、戦争じゃなくてアメリア様だな」


「誉め言葉として、ありがたく頂戴いたしますわ」

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