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第40話 受け入れも投資ですわ 後編

昼休みの少し前。仮宿区画へ様子を見に行くと、案の定、そこはそれなりにカオスでした。


「えっと、このスープは一杯まで! 二杯目が欲しい人は、配膳が終わってから……!」


「子どもはこっちのテーブル! 火傷するから鍋の近くに来ちゃダメ!」


「役所で配られた札、なくした人は並び直しです!」


 仮宿の食堂兼広間で、自警団の若者たちと、昨日来たばかりの元村世話役エルザが、厨房の前で奮闘していた。


「エルザ」


 声をかけると、彼女は慌ててエプロンの裾を直しつつ頭を下げた。


「ラグランジュ様……! あの、ちょっと混乱していて……」


「いいのですわ。最初から完璧だったら、わたくしの出番がありませんもの」


 スープ鍋の列を眺める。


 街の人用と新しい三十人用を分けるかどうかを、昨日少し悩んだのですが──。


 結局、同じ鍋からよそってもらう方を選んだ。

 列には、見慣れた港の荷揚げ人夫の顔もあれば、昨日来たばかりの疲れ顔もある。


「難民専用スープなんて作ったら、あいつらだけいいもの食べやがってと言われますもの」


 わたくしの呟きに、隣でスープをよそっていた女将がくすりと笑った。


「まったくだよ。味付け変えるのだって面倒さね」

「労力の問題ですのね」

「そりゃそうさ」


 女将は、器用に柄杓を動かしながら言った。


「お嬢さんの話は聞いた。ここに来たなら、働けるようになってもらうってね」


「あら、もう伝わっておりますの?」


「昨日の夕方、ここに来たら、三日寝て、そのあと面談だってうわさで回ってたさ」


 女将は、にやりと笑う。


「三日でいいのかよって顔してたのもいたし、三日も寝てていいのかって顔してたのもいた」

「人それぞれ、ですわね」


「まあね。でも、三日後に何を聞かれるかを考えながら寝るのと、いつまで寝てていいのか分からないで寝るのとじゃ、目の色が違うよ」


 なるほど。

 わたくしは、さっそく心のメモ帳にその一行を書き足す。


 ──期限を切るのは、怠けさせないためだけではない。考えさせるためでもある。



     ◇



 午後。役所に戻ると、ヘルマンが山のような紙を抱えて待っていた。


「お疲れ様です、財務卿殿」

「お疲れ様ですわ、統計魔神殿」

「ひどい呼び方だな」


 彼は、苦笑しながらも紙束を机の上に広げた。


「昨日の三十人関連で、ざっと数字を出してみました。短期コスト短期リターン中期見込みの三本立てです」


「仕事が早くて愛おしいですわ」

「その言い方もなかなかですけどね」


 ヘルマンのまとめは、実にヘルマンらしく整っていた。


「短期コスト(一ヶ月分予測):・食糧:銀貨四十五枚相当・仮宿維持費:銀貨十枚相当・教室・面談・事務コスト:銀貨十五枚相当 合計:おおよそ銀貨七十枚」


「短期リターン(一ヶ月間で彼らが生み出すであろう価値):・即戦力七人:一日銀貨五〜六枚×三十日=銀貨百五十〜百八十・訓練枠十五人:一日銀貨五〜七枚相当×三十日=銀貨百五十〜二百十 保守的に見積もって合計銀貨三百、楽観的に見て銀貨三百九十」


「差し引き二百三十〜三百二十の黒字見込みですわね」


 さらりと言うと、ユリウスが「おお……」と小さく感嘆の声を漏らした。


「中期見込み(半年〜一年後):・三十人のうち十五〜二十人が、普通の市民として定着し、一人あたり年に税・手数料・消費で銀貨二十〜三十枚のプラス。ざっくり年に銀貨四百〜六百枚の安定収入増」

「初期投資銀貨七十枚に対して、年四百〜六百……」


 ユリウスの目が、文字通りキラキラと輝いた。


「利回り、よすぎませんか」


「倒れかけの国が切り捨てた人材を、安く拾ってきているのですもの。利回りが悪いはずがないでしょう?」


 わたくしは肩をすくめた。


「もちろん、全部が全部これくらいの利回りとは限りませんわ。病気の人もいれば、途中で出て行く人もいる」


「でも、平均すれば黒字方向ってことですね」


「ええ。全部救えないからこそ、救った分はきっちり黒字にする。それが、この街のやり方ですわ」


 ヘルマンが、少しだけ表情を柔らかくした。


「……人を数字で見るって言い方をすると嫌われがちですけどね」


「数字で見ない方が残酷なときもありますわよ」


 わたくしは、静かに言った。


「どれくらいコストをかけられるかを知らずに、感情だけで受け入れて感情だけで見捨てる。それより、最初からここまでなら投資できると決めて、その枠の中で最大限やる方が、まだ誠実ですもの」


 ユリウスが、ゆっくりと頷いた。


「受け入れも、投資額の上限を決めてから。ですね」


「そう。無限には救えないと認めたうえで、有限の範囲で必死にやる。それが、この街なりのきれいごとですわ」



     ◇



 夕方。港の風が少し冷たくなり始めたころ、レオンと二人で役所の屋上に出た。

 仮宿の灯りがぽつぽつと点り始め、昨日より少しだけ明るく見える。



「……あそこに、新しい三十口分の税収が寝ているわけですわね」

「言い方」


 レオンが、半ば呆れたように笑う。


「でも、間違ってはいない」


「間違ってはいないと、言い方が良いは別物ですわよ」


「分かっていて直さないあたりが、あなたらしい」


 軽口を交わしたあと、しばし黙って港を眺める。

 やがて、レオンがぽつりと言った。


「アメリア。投資って、どこまでが義務で、どこからが好みだと思う?」

「唐突ですわね」


「難民受け入れの話をしていると、そこまでやる必要があるのかって、どうしても自問自答してしまってね」


 ふむ。

 わたくしは、少しだけ考えた。


「義務は、この街を維持するために必要な分までですわ」

「たとえば?」


「港を回すのに必要な最低限の人手治安を保つのに必要な最低限の兵数税を集めて帳簿をつけるだけの最低限の官吏」


 指を折りながら続ける。


「好みは、そこから先ですわ。この街をどういう形に育てたいかで、どこにどれだけ人を足すかが変わる」


「つまり、難民受け入れをどこまでやるかは、好みの部分が大きい?」


「ええ。この街は逃げてきた人の居場所でもあってほしいと、わたくしが思うから、義務の範囲を少し広げているのですわ」


 レオンが、意外そうな顔をした。


「自分で好みって言うんだね」


「言いますわよ。自分の好みを認めずに、全部義務だからやっているなどと言うのは、性に合いませんもの」


「……そういうところが、やっぱり好きだな」


「また、さらっとそういうことを」


「人としてだよ。仕事の相棒として、ね」


「何度聞いても、慣れませんわね、その言い回し」


 わたくしは、苦笑しながらも、少しだけ肩の力が抜けるのを感じていた。



 ──好みで決めている。


 そう認めた方が、線引きもしやすい。


「わたくしの好みで言うなら、この街は、逃げてきた人がもう一度稼げる場所であってほしい。だから、受け入れにも教室にも、預かり所にも投資するのですわ」


「うん。その好みには、僕も乗るよ」


 レオンが、素直にそう言った。


「投資は義務だけど、どこに投資するかは好み。それでいいと思う」


 港の向こう、前王国側の空は、鈍く曇っているように見えた。


 いま、この瞬間も、どこかの村で、三度目の徴発や、給金の遅配や、徴税権者の理不尽が起きているのだろう。


 全部は救えない。


 でも──。



「届いた分だけは、ちゃんと磨いて差し上げませんとね」


 わたくしは、小さく呟いた。


「石ころのままにしておくには、もったいない人たちですもの」


 ご苦楽シティの灯りは、今日もまた、一つ、二つと増えていく。


 受け入れという名の投資は、静かに、しかし確実に、この街の未来の帳簿をふくらませ始めているのでしたわ。

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