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第39話 受け入れも投資ですわ 前編

──お金の投資と、人への投資。どちらが面倒かと問われれば、百歩譲っても人の方ですわ。


 帳簿は黙って増えてくれますけれど、人は黙って増えてはくださいませんもの。


     ◇


「アメリア様、昨日の三十人の、初日分まとめです」


 翌朝。いつものように、わたくしの机の上では、書類とお菓子の包みと空のティーカップが自然発生的に堆積しておりました。


 その一角に、ユリウスが新しい紙束をそっと積み増しする。


「机の上の堆積物は、自然現象ではございません、お嬢様」


 セバスチャンが、空のカップを回収しながら嘆息した。


「地滑りが起きる前に、片づけていただきたいものです」

「災害が起きる前に対策を講じるなどという常識的発想は、わたくしの専門外ですわ」


 さっさと宣言してから、わたくしはユリウスの紙束に目を落としました。


「さて、初日の数字はどんな顔をしてまして?」

「えっと……」


 ユリウスは、手元のメモを一緒に広げながら説明を始める。


「昨日面談した三十人のうち、即戦力枠七人の仮配置は、こんな感じです」


 紙には、簡単な表が引かれていた。


 ・元木こり → 港近くの材木置き場で荷下ろし+薪割り

 ・元農夫二名 → 仮宿横の畑区画整備

 ・元羊飼い → 倉庫周りの見回り+家畜世話補助

 ・元村世話役 → 仮宿受付カウンター補助

 ・元兵士二名 → 荷車押し班(日雇い)


「訓練枠十五人は、午前:読み書き教室午後:軽作業のお手伝い。保護枠十人は、子どもと病人中心で、仮宿の中でできる範囲の手伝いをお願いしました」


「ふむ。数字にすると?」


「昨日一日で、彼らにかかったコストは──」


 ユリウスが、別紙を示した。


「・食事:一日三食×三十人分で、小麦・干し魚・野菜あわせて銀貨一枚ぶん弱

 ・仮宿:ベッド使用料相当を一人銅貨一枚換算で三十枚(当面は免除)

 ・教室:先生の手当と灯油代などを按分して、十五人で銅貨二十枚相当

 合計で……おおよそ銀貨一枚半+銅貨五十枚くらいです」


「支出はその程度ですわね。で、収入側は?」


「即戦力七人が昨日一日で生んだ目に見える仕事は──」


 別の紙に、稚拙ながら丁寧な字で書かれている。


「・材木置き場の木こりさん:ベテランの半分くらいのスピードで、薪割り二十束ぶん。通常なら日雇い銀貨半枚相当

 ・農夫二人:仮宿裏の荒地一枚を畑用に整地。本来なら外部の人夫を雇って銀貨半枚〜一枚かかる作業

 ・羊飼いさん:倉庫周りの見回り+家畜小屋の掃除。自警団の手が一人ぶん空いた

 ・村世話役:仮宿受付での相談さばき二十件、わたわたしていた自警団員の時間を三人時ほど節約

 ・元兵士二人:荷車押しと荷揚げで、普段より一割ほど作業が早く終わった」


「ちゃんと数字になっておりますわね」


 わたくしは、満足げに頷いた。


「元を取るという観点では、どう評価しますの?」


「……一日目だけ見れば、完全な赤字です」


 ユリウスが、正直に言った。


「支出:銀貨一枚半+銅貨五十枚に対して、もし外部に日雇いを頼んでいた場合に節約できた額をざっくり計算すると……銀貨一枚いくかどうか、くらいで」


「ええ。昨日一日だけを見れば、赤字ですわね」


 さらりと肯定する。

 ユリウスが、不安そうに眉を寄せた。


「アメリア様、それでも受け入れる価値があるって、どう説明したらいいんでしょう」


「誰に説明なさるおつもり?」


「この街の人たち、です。難民を受け入れるのはいいけど、数字だけ見ると損じゃないかって、きっと誰かは言います」


「いい質問ですわ。では、二日目以降は?」


 問いを、問いで返す。

 ユリウスが、はっとした顔をした。


「あ、二日目以降……」


「即戦力七人は、今日も働きます。一日目より慣れているぶん、昨日より効率は上がる。訓練枠十五人も、読み書きに少し慣れて軽作業の質も上がる」


 わたくしは、黒板に簡単な線グラフを描いた。


「一人あたりコストは、最初の一週間がいちばん高く、そのあと徐々に下がっていく。一人あたり生産性は、逆に最初が低くて、少しずつ上がっていく」


「いつか交わるんですね」


「そう。投入コストと生み出す価値が、あるところで釣り合う」


 チョークで、二つの線が交わる地点に丸を付ける。


「この交点を、回収開始点と呼びましょうか」

「回収開始点……」


 ユリウスが、うっとりしたようにその言葉をノートに書き写している。ほんとうに、用語好きですこと。


「難民受け入れに反発する人には、最初の一週間は赤字ですと、正直に言ってよろしいのですわ」


 あえて言い切る。


「でも、一ヶ月先の数字を一緒に見せれば、赤字期間の見え方が変わります。一ヶ月後には、この三十人がどれくらい稼ぐかを、予測して見せるのです」


「予測……」


 ユリウスが目を瞬かせる。


「即戦力七人が、慣れて一人前の八割働くようになったとしますわ。仮に、一人前が一日銀貨一枚ぶんなら、七人で一日銀貨五枚半」


「訓練枠十五人は?」


「半人前と仮定すれば、十五人で一日銀貨七枚半ぶんの価値。合計で一日銀貨十三枚ぶん」


 わたくしは、さらさらと計算を書き出した。


「逆に、三十人ぶんの一日コストは、食糧と宿と教室で、銀貨二枚程度。保護枠十人にかかる分を含めても、銀貨三枚は超えませんわ」


「一ヶ月後には、三十人で一日銀貨十枚の黒字ってことですか」

「ざっくり言えば、そうですわね」


 ユリウスが、目を丸くした。


「でも、それって、前王国で税を取られてた人たちですよね」

「ええ。向こうで徴税権者に吸われていた余剰が、こっちの街の余剰に変わるのですわ」


 わたくしは、ペン先で机を軽く叩いた。


「──受け入れは、最初の数週間の赤字という初期投資ですわ。数字が読める人間なら、そのくらいは耐える体力を用意しておきませんとね」


     ◇


「……でも」


 ユリウスが、少しだけ声を落とした。


「数字としては正しいのは分かるんですけど、人の気持ちの方が追いつかないかもしれません」

「というと?」

「なんでよそから来た人たちのために、自分の税金を使わないといけないんだって」


 なるほど。


「いいでしょう。では、税金を使っていないと言い張りましょうか」

「えっ」


 わたくしは、くすりと笑った。


「難民受け入れに使っている銀貨一枚半ぶんは、税ではなく、街の投資枠から出すのですわ」

「投資枠?」


「ええ。毎年、税収の一部を、街を育てるための投資に回しているでしょう? 倉庫の増築や、教室の開設、自警団の装備費など」


 黒板に、予算の簡易円グラフを描く。


「その投資項目の一つとして、難民受け入れを明記しておく。今年は、難民受け入れ三十人ぶんに、これだけ投資しましたと」


「消費じゃなくて、投資だって見せるんですね」


「そう。税金がどこかの誰かに消えたと思われるのと、税金が将来の税を増やす人たちに回ったと思われるのとでは、印象がまるで違いますもの」


 レオンが、顎に手を当てて頷いた。


「どこに回ったのかを人の顔で見せるのも、大事だね」


 そこで、彼はユリウスに視線を向ける。


「昨日の面談記録、元木こり元村世話役のプロフィール、覚えてる?」


「はい。カールさんエルザさんフリードリヒさん……あ、違う。フリードリヒさんは前の移住者ですね」


「いいんだ。その名前つきの人たちを、今年の投資先として、数字と一緒に報告する」


 レオンは、机の端に置かれていた市政報告案を軽くたたいた。


「難民三十名受け入れじゃなくて、元木こりカールを含む即戦力七名読み書き訓練十五名保護十名と、少し細かく書くだけでも、印象は変わるよ」


「……ひとまとめの三十じゃなくて、顔の見える三十」


 ユリウスが、ノートにまた一つ書き込む。


「顔と数字の両方で説明するの、やっぱり大事なんですね」


「ええ、あなたの台帳のメモ欄が、初めて真価を発揮しますわ」


「えっ、ぼくのメモ欄が……?」


「元徴税官未亡人+孤児二人元兵士──あれは、この街が誰に投資しているかを示すポートフォリオですのよ」


 とたんに、彼の顔がぱあっと明るくなった。単語に弱い子ですこと。



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