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第38話 難民一団、ご苦楽シティを目指す

──坂道から転がり落ちる石があれば、だいたい一つや二つ、こちら側にも飛んでまいりますの。


 その石を、「石ころ」として扱うか、「磨けば光る材料」として扱うかで、街の行く末は変わりますわ。

     ◇

「アメリア様、難民一団が国境を越えました」


 昼下がり、執務室の扉が勢いよく開き、ユリウスが書類を抱えて飛び込んできました。

 メガネが少しずれ、息も上がっています。かわいい部下ですこと。


「落ち着きなさいな。難民がいきなり王城に突入してきましたという話ではございませんでしょう?」


「い、いえ、まだ港には着いていません。国境の見張り小屋から、ご苦楽シティ方面へ向かっている集団ありと連絡が」


 彼が差し出した紙には、簡単な走り書きがあった。


『前王国東部方面より、男女子ども合わせて三十数名。荷物少、疲労顕著。武器らしきものは一部のみ。目的地は港町と証言』


「港町と言えば、ここしかありませんものね」


 わたくしは、窓の外の海を一瞥しました。


「三十数名なら、津波ではなく小さな波ですわ」

「でも、最初の大きな塊です」


 ユリウスの声が、いつになく真剣だった。


「今までは、家族単位とか二、三人の小さなグループでした。でも、今回は村単位に近いです。これからもこういう塊が増えるのかどうかの、試金石みたいな……」


「いい観察眼ですわ、ユリウス」


 わたくしは、にっこりと笑いました。


「最初の一団は、大事ですもの。この街がどう受け入れるかを、きっと向こうでも噂にいたしますから」


 そのとき、扉が再びノックもそこそこに開いた。


「アメリア、聞いたね?」


 レオンが入ってくる。マントには、外の砂ぼこりがうっすらとついていた。


「難民一団三十名。先ほど自警団の詰所からも報告が上がった」


「あなた、情報の回りが早すぎて腹立たしいですわ」


「褒め言葉と受け取っておくよ」


 レオンは机の端に手をつき、簡単な状況説明をした。


「偵察に出ていた自警団が、峠道で接触した。前王国東部の村から逃れてきたと名乗っているらしい。理由は三度目の徴発と兵の暴力」


 ああ、来ましたわね。


「給金の代わりに村を殴るフェーズですのね、向こうは」


 先ほどの報告書が、脳裏でつながる。


「三度目ということは、一度目は我慢二度目は不安三度目で限界といったところでしょう」


「その通り。家畜と穀物を持っていかれ、今度は子どもを徴募するという話まで出た。そこで、村の一部がここではもう暮らせないと判断した」


「賢明ですわね」


 わたくしは、椅子から立ち上がった。


「自警団には、港まで護衛して連れてきなさいと伝えて?」


「もう伝えた。途中で追っ手と遭遇した場合は、戦闘は避けて全力で逃げろとも」


「いい判断ですわ。ここまで辿り着いた石を、途中で砕くのはもったいないですもの」


 ユリウスが、戸惑いの混じった声を出した。


「アメリア様……石って言い方……」

「比喩ですわ、比喩」


 わたくしは肩をすくめた。


「さて、受け入れ側の準備をいたしましょう」


     ◇


 仮宿区画の帳簿を広げる。


「ベッド数、いまいくつ空いていますの?」


「仮宿A棟とB棟を合わせて、常設ベッドが二百。移住者と短期滞在者で百七十使用中。……空き三十です」


 ユリウスが素早く答えた。


「ぴったりですわね」


「でも、家族単位で割り振ると足りません」


「ええ。ですから、詰める必要がありますの」


 わたくしは、黒板に簡単な絵を描いた。


『現状:一人一床 暫定:子どもは二人で一床まで許容/成人は同姓で相部屋』


「当面の間、少しだけ窮屈になりますと、先に宣言しておきましょう。いつまでもこのまとは約束しないで」


「いつまでも、ですか?」


「ええ、期限を切らない優しさは、たいてい毒になりますわ」


 レオンが、小さく頷いた。


「三か月を目途に見直しくらいは、最初から言っておくべきだね。そこまでに中級宿の増設を、ある程度進めておく」


「三か月」


 ユリウスがノートに書き込む。


「じゃあ、受け入れの説明のときに、三か月は少し窮屈。でも、その間に必ず改善する努力はするとって」


「ええ。努力するとだけ言って、必ず改善するとまでは言い切らないあたり、あなたも成長なさいましたわね」


「えっ」


 自分で書いた言葉に驚いているメガネ書記官。かわいいですこと。


     ◇


「次。食糧ですわ」


 倉庫台帳をめくる。


「現在の穀物在庫と、干し魚・塩蔵肉の数は?」


「えーと……」


 ユリウスが、指で走り書きを追いながら答える。


「穀物が、街全体二週間ぶん+安全在庫一週間ぶん。干し魚と塩蔵肉は、現人口基準で十日分」


「三十人増えると、一割弱ほど消費が増えるわけですわね」


 わたくしは、おおざっぱな数字を頭で組み立てる。


「問題ございませんわ。安全在庫に手をつけるほどではありません。難民が来るからといって、街の人間の分を減らす必要はないと、大きな声で言えますわ」


「それ、大事だね」


 レオンが頷く。


「誰かが来るたびに、自分たちの分が減ると思わせたら、受け入れに反発が出る。ちゃんと余力があると分かっていれば、街の空気も穏やかだ」


「ですから、補助のスープは街の炊き出しで、主食は普通に配給にしましょう」


 わたくしは、さらりと決めた。


「かわいそうな難民のための特別メニューなどは要りません。同じ鍋を分け合う方がいい」

「……同じ鍋」


 ユリウスが、少しだけ目を細めた。


「なんか、それはそれで、いいですね」

「ええ、特別扱いしない優しさもありますのよ」


     ◇


「さて、ここからが本題ですわ」


 わたくしは、ペンをくるくると回した。


「三十人をどう受け入れるかではなく、三十人の中の何を受け入れるか」

「何?」


 ユリウスが首をかしげる。


「できることとできないこと。すぐ働ける人と時間をかければ働ける人としばらくは保護だけが必要な人。その仕分けですわ」


「……人の仕分けって言い方、やっぱりアメリア様ですね」


 レオンが苦笑した。


「でも、やる必要がある」

「ええ。全部一緒くたにしてスープと布団を配るだけでは、三日で破綻いたしますもの」


 わたくしは、ざっと三つの丸を描いた。


『即戦力枠、訓練枠、保護枠』


「即戦力枠は、明日からでも街のどこかで働ける人たち。元兵士で荷車を押せる元職人で工具が握れる商人見習いで読み書きができるなどですわ」


「訓練枠は、時間をかければ戦力になる人たちですね」


 ユリウスが続ける。


「読み書きができないけど真面目そうな人とか、ふつうの村の女の人とか」


「そう。保護枠は、子どもと病人と、どう見ても今は働けない人たち。この三つを、最初の面談でざっくり分けます」


「最初の面談……」


 ユリウスの肩が、わずかに震えた。


「まさか、ぼくが……?」


「もちろん、わたくしも同席いたしますわ。あなた一人に任せて、変な人を全員保護枠に入れというミスをされては困りますもの」


「ぼ、ぼくそんなことしません!」


 顔を真っ赤にする書記官。からかいがいがありますわ。


「レオン、自警団から一人教室担当から一人預かり所から一人を面談班に混ぜてくださいな」


「なるほど、治安教育お金の目で見るわけだ」


 レオンは、すぐに意図を理解してくれた。


「暴れそうな人はジルクたちが察知する。読み書きの伸びそうな人は教室の先生が見る。帳簿を読みそうな人は預かり所が押さえる」


「ええ。見方の違う大人を混ぜておけば、アメリアの好みだけで決まらずに済みますもの」


 ユリウスが、小声で呟く。


「……アメリア様の好みって、なんですか」

「数字を嫌がらずに見ようとする人ですわね」


 即答。


「かわいげがなくてすみませんこと」


     ◇


 夕刻近く。


 港近くの広場に、埃まみれの一団が姿を現した。

 自警団の腕章をつけた若者たちに囲まれながら、男女子ども合わせて三十余名。

 服は薄汚れている。顔には疲労と警戒が入り混じっている。

 でも、その目は、ちゃんと前を見ていた。


「ようこそ、ご苦楽シティへ」


 わたくしは、一歩前に出て頭を下げた。

 大仰にではなく、ほんの少しだけ深く。


「ここは、稼ぎたい人と楽しみたい人がご苦楽になれる街ですわ。――逃げてきた人が、うずくまったまま終わる街にするつもりはございませんの」


 ざわ、と、小さなざわめきが起きる。

 先頭に立っていた、ひげ面の男が、ためらいがちに一歩踏み出した。


「……俺たちは、逃げてきた」


 声はかすれていた。


「村の麦を三度持っていかれて、次は子どもだと言われて。……怖くなって逃げた。戦う勇気も、殴り返す度胸もなかった」


 彼の背中で、何人もの大人がうなだれる。


「それでも、ここでもう一度やり直したいと思っているのですわね?」


 わたくしは、静かに尋ねた。


「逃げるのは、悪いことではありませんの。沈む船から飛び出すのは、むしろ賢い」


 そこで、わざと少しだけ意地悪そうに笑ってみせた。


「ただし、飛び出した先の甲板で、何もせずに寝転がっていたいという方は、この街には向きませんわ」


 ひげ面の男が、顔を上げる。

 その目に、わずかな怒りと、わずかな期待が混ざっていた。


「働けってことか」

「ええ。あなたに働いてほしい。あなたの奥さんにも、お子さんにも、できる範囲で働いてほしい」


 わたくしは、指を一本立てた。


「今日からいきなりとは申しません。まずは、寝る場所と食べるものを確保してから。三日ほど休んでからで結構です」


 ざわめきが、少しだけ柔らかくなる。


「その代わり、四日目からは、面談ですわ」


 指を二本目、三本目と立てる。


「できることを教えていただきます。畑仕事木を切る子どもの面倒を見る数字を写す話を聞く。どんな些細なことでも結構」


「……話を聞く?」


 子どもを抱いた若い女が、ぽつりと口を挟んだ。


「ええ。人の話を根気よく聞くのは、案外重要な才能ですのよ。役所の窓口や、教室の助手にはぴったり」


 ユリウスが、隣でこくこくと頷いているのが見えた。


「できることが見つかれば、必ずこの街での居場所が見つかりますわ。できることがすぐに見つからなくても、訓練枠として教室に通っていただきます」


 ひげ面の男が、ぎこちなく笑った。


「何もできないって、言い訳にはならなそうだな、ここじゃ」

「何もできない方は、何かできるようになるまでが仕事ですわ」


 わたくしは肩をすくめた。


「――逃げ場は提供いたします。でも、逃げ続ける場所ではありませんの」


 その言葉に、一団の空気が、少しだけ変わった。

 完全な安堵でも、完全な反発でもない。


 「そうか」と「じゃあどうする」が、入り混じった、現実の匂い。

 それで十分ですわ。



     ◇



 その夜。


 執務室に戻ったわたくしたちは、簡単な受け入れ結果を整理していた。


「即戦力枠が七名。訓練枠が十五名。保護枠が十名」


 ユリウスが、メモを読み上げる。


「元木こり元農夫元羊飼い元村の世話役。それから、元兵士が二名」

「元兵士は、しばらく荷車押しからですわね。ジルクにもそう伝えておいて」

「はい」


 レオンが、椅子に深く腰かけて天井を見上げた。


「……どう?」

「なにがですの?」

「最初の大きな塊を受け入れてみた感想」


 少しだけ考えてから、わたくしは答えた。


「思ったより、なんとかなりそうですわね」

「楽観的だね」


「三十人なら、ですわ。三百人が一度に来たら、笑っていられません」


 はっきりと言っておく。


「だから、波が大きくなる前に、受け皿を厚くする必要があるのですわ。今日の三十人は、予行演習みたいなもの」


「三百人来たときに、どこが詰まるかを、今日の数字で予測するわけだ」


「ええ。ベッドスープ鍋の大きさ教室の席数面談班の人数。どこに一番負荷がかかったか、ヘルマンに解析してもらいます」


 ユリウスが、苦笑しながらも頷いた。


「……やっぱり、最初の一団から、次に備えてるんですね」

「備えないと、次で溺れますもの」


 わたくしは、ペンを置き、窓の外の灯りを眺めた。


「──かわいそうだから、という理由だけで門を開け続けるのは、優しさではございませんわ」


 静かに言う。


「ここに来た人を長く生かすために、線を引く。受け入れる数も、受け入れ方も。できることを見て仕分けるのも、その一つですの」


 レオンが、横目でこちらを見た。


「ユリウス」

「はい」

「どう思った?」


 突然振られて、彼は慌てて背筋を伸ばした。


「え、えっと……」


 少しだけ考えてから。


「冷たいって、最初は思いました。でも、今日、実際に三十人に会って、ここで全部かわいそうって一言で片づけたら、この人たち、もっとかわいそうになるな、って」


 ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「働けるのに働かせてもらえない、できるのにできない人に混ぜられるって、たぶん、しんどいです」


 その言い方に、わたくしは思わず頬を緩めた。


「よく分かっておりますわね、ユリウス」


「だから、この街は難民じゃなくて、新しい住人候補として扱ってるんだなって」


「ええ。逃げてきた人というラベルは、長くは貼りませんわ。どこから来たかより、ここで何をするかの方が大事ですもの」



     ◇



 夜が更ける。


 港の方角に、新しく灯った小さな明かりが見えた。

 仮宿の窓だろうか。



「……アメリア」

「なにかしら」


「さっき、きれいごとだけでは国は回らないって言ってたけど」

「ええ」


「きれいごとも、たまには言っておいた方がいい」


 レオンが、窓の外を見たまま言った。


「ここに来てくれて、ありがとうって」

「……そうですわね」


 わたくしは、少しだけ息を吐いた。


「ここを選んでくれて、ありがとう。──明日、面談のときにでも、言っておきますわ」

「珍しいね、素直だ」

「疲れておりますのよ」



 軽口を交わしながらも。

 窓の外の新しい灯りを見つめる目の奥では、別の数字が動き始めていた。


 ──三十。

 ただの人数ではない。


 前王国でこぼれ落ちた三十人であり、ご苦楽シティの未来の三十口の税と労働力でもある。



「さあ、明日も忙しくなりますわよ」


 ペンを握り直す。

 ご苦楽シティは、今日からまた、少しだけ大きな街になるのでしたわ。

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