表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/63

第24話 祖国からの嫌がらせその一 〜検問強化ですって?〜

朝いちばん、港から戻ってきたジルクの顔が、見事に不機嫌でしたの。


「アメリア様、ちょいと向こう側がケンカ売ってきやしたぜ」


「それは魚の値段のことで揉めたレベルの喧嘩かしら? それとも国家規模かしら?」


「後者寄りですね」


 レオンが、書類を捲りながら顔を上げる。


「前王国側の国境検問が、今朝から急に厳しくなったそうです」


「まあ。どのくらい急に?」


 ジルクが両手を広げた。


「いつもなら、荷車見て、ちゃちゃっと印押して終わりだったのがよ。今日は一台ごとに積み荷全部開けさせて、紙切れ山ほど書かせて、ご苦楽シティ行きってだけで、妙な質問まで」


「妙な質問?」


「その荷は本当にライシア向けか、税逃れではないか、王都の港を通さない理由は――」


 ……あらあら。


「そして、関税もほんの少し上がってました」


 ヘルマン殿が、別の机から顔を出した。


「ご苦楽シティ行き荷物に限り、ですが」


「ほんの少しとは、どの程度?」


「これまでの一・五倍、ですな」


「一・五倍。紙の上ではたいした差ではないと言い張れる、絶妙なラインですわね」


 レオンが、眉をひそめる。


「表向きは安全確認のための検査強化でしょうね。本音は、ご苦楽シティへの流れを絞りたい」


「はい。嫌がらせその一ですわね」


 わたくしは、扇で机を軽く叩きました。


「だるま落としの最初の一撃にしては、悪くありませんわ」


「アメリア様、悪くありませんって褒めてる場合じゃ……」


 ユリウスが不安そうに口を挟む。


「だるま落とし?」


「ええ。下の段から順に叩き落としていけば、上がぐらつくゲームですわ」


 わたくしは、国境の地図を引き寄せた。


「向こうは、最初に国境の荷物を叩いてきた。さて、こちらは、どこを叩き返しましょうか」



 ひとまず、現場の声を聞く必要がありますわね。


 港の広場に出ると、すでに何人かの商人が、苛立った顔で集まっていた。


「アメリア嬢!」


 最初に手を振ったのは、バルド・グランデル。


「聞いたぜ。向こうが渋り始めたってな」


「ええ。さっそく朝から、検問の厳格化だそうですわ」


「うちの荷も、国境で一時間以上足止め食らいましたよ」


 そう言ったのは、前回視察団と一緒に来ていたローデン商会の男だ。


「書類が足りないとかなんとか言われて、ライシア向け荷物のリストを二重三重に書かされた」


 別の商人も続く。


「いつもなら関税これこれで済んでたのに、ご苦楽シティに持ち込む荷物はって、わざわざ言われました」


「なるほど」


 わたくしは、彼らの顔をひと通り見渡した。


「嫌がらせと呼ぶには、まだ可愛いレベルですわね」


「可愛い!?」


 ユリウスが、素で叫んだ。


「一・五倍ですよ!? しかも待ち時間まで――」


「一日でどうにかなる程度の差額は、実験費用としては安いものですわ」


 わたくしは、さらりと言った。


「問題は、これが続くつもりかどうかですの」


 ヘルマン殿が、地図の上に小さな石を置いた。


「今、ご苦楽シティ経由で動いている主要ルートは、ここ――前王国南部の関所を抜ける街道一本」


「ええ」


 レオンがうなずく。


「それが渋滞と追加関税で細くされれば、短期的には打撃です」


 バルドが腕を組んだ。


「じゃあ、どうすんだ? 前王国を通らないルートでも探すか?」


「探す、ではありませんわ。作るのですのよ」



 わたくしは、地図の東側――ライシア国内の別の港を指さした。


「ここ。ライシア東岸の小港。まだ本格的な貿易港ではありませんけれど、船の出入りはありますわね?」


「ええ。漁船と、小さな沿岸商船が主ですけど」


 レオンが答える。


「税収も規模も、王都港に比べれば雀の涙です」


「ならば、雀の涙を少し増やして差し上げましょう」


 わたくしは、そこに丸を描いた。


「前王国を経由せずに、ライシアの東岸から北岸を回る沿岸航路。ちょっと遠回りだけれど、検問も関税もシンプルな航路ですわ」


 ユリウスが、ひぃ、と小さく声を上げた。


「そ、そんな遠回りしたら、時間も費用も……」


「前王国経由でかかる時間+検問待ち+追加関税と、沿岸を回る時間+追加の船賃――ヘルマン殿、ざっくり比較していただけます?」


「少々お待ちを」


 ヘルマン殿は、すでに用意してあった計算メモを開いた。


「前提条件をいくつか置きますが――前王国経由のルートが一・〇だとすると、沿岸航路は距離的には一・三倍。船足と天候の条件を加味して、一・五倍と見ましょう」


「時間も費用も、一・五倍」


 ユリウスが呟く。


「しかし、今朝の検問+関税増を加えると、前王国ルートは実質、一・四〜一・六倍になりかねません」


 ヘルマン殿が続ける。


「しかも、今後さらに締めつけが強くなるリスク込みで考えると――」


「少し高くても、確実に通れる道の価値が、急に上がりますわね」


 わたくしは、にっこり笑いました。


「そこで、ご苦楽シティとライシア東岸小港の間の専用航路を、試験的に走らせますの」


「専用航路、だと?」


 バルドが目を見開いた。


「ライシア側の小さい港と、うちを、船で直接つなぐってことか」


「ええ。前王国の関所を通らず、ライシアの中だけで完結するルートですわ」


 レオンが、腕を組んで考え込む。


「東岸小港の税収が増える分、ライシアとしても悪くない話です。宰相にも通しやすい」


「でも、距離が……」


 ユリウスがまだ不安そうだ。


「確かに、今すぐ全部の荷をそのルートに切り替えるのは無理ですわ」


 わたくしは指を振った。


「ですから、まずは一部」


 バルドに向き直る。


「バルド殿。あなたの荷の、一〜二割だけ、前王国を通らない便に切り替えてみませんこと?」


「また実験かよ」


 バルドは、どこか楽しそうに笑った。


「条件は?」


「ご苦楽シティからライシア東岸小港までの航路を、我が方で指定した船で走る。関税はライシア側の通常税。ご苦楽シティ側の港使用料は、最初の半年半額。」


「船の手配は?」


「東岸側の小商会に、共同出資の話を持ちかけますわ。船を一隻、このルート専用に回さないかと」


 レオンが頷く。


「そこは僕が話します。地方港の活性化という名目なら、王都にも通しやすいですから」


「おいおい」


 バルドが、口の端を上げた。


「うちの荷の一部が、前王国を完全に素通りするってことになるぜ」


「ええ。前王国を経由しないで金が動く線を一本引けますわね」


 ヘルマン殿が、ぽつりと漏らした。


「これは、祖国の税収の足元をじわじわ削る一手になります」


 ユリウスが、ぞくりとした顔をした。


「アメリア様、今、ちょっと怖かったです」


「何かしら?」


「いえ、その、嫌がらせを利用して倍返しっていうか……」


「倍返しなどと大げさな」


 わたくしは肩をすくめた。


「ちょっとした仕入れ先変更に過ぎませんわよ?」


「言い方の問題ではないと思います」



 とはいえ、新航路の立ち上げは、口で言うほど簡単ではありません。


 船を一隻買うか借りるか。船員を集める。航路の安全確認。天候と季節のリスク。港の出入り枠。


 レオンが、現実的な懸念を口にした。


「アメリア。ライシア東岸小港は、今まで大きな商船を受け入れたことがほとんどない。水深や岸壁の強度、倉庫の容量……調べないといけません」


「ええ。ですから、今すぐ全部ではなく、小さめの船から始めるのですわ」


 わたくしは、地図の海岸線を指でなぞった。


「最初は、前王国の検問で渋滞している荷の中から、腐りにくいものだけを回す。穀物、塩、干物、布」


「生鮮は?」


「まだですわ。安全に運べると確信できるまで、実験しない勇気も必要ですもの」


 ユリウスが、少し驚いたように目を丸くした。


「アメリア様が、実験しない勇気なんて言うなんて」


「失礼ですわね。わたくしだって、何でもかんでも試せばいいとは思っておりませんのよ?」


「そうなんですか?」


「当然ですわ。昔、新税を同時に三つも試したら、老財務卿に三日三晩叱られましたもの」


「……そんなことが」


「一つずつにしろ。影響を見てから次を決めろ。と」


 懐かしくも苦い記憶ですわ。


「だから、今回は一つずつ。前王国検問回避ルートという料理を、一皿ずつ味見してから増やします」



 午後、バルドと一緒に、港の端に停泊している小さな船を見に行った。


「こいつなら、浅瀬でもある程度動ける」


 バルドが、船体をぽんと叩く。


「積める量は少ねえが、そのぶん小回りは利く。嵐が続かなきゃ、東岸の小港くらいまでなら何とかなるだろう」


「船主は?」


「知り合いの小商会の親父さんだ。王都港の枠がきつくなってきたってボヤいてた」


「好都合ですわ」


 わたくしは、船の甲板を見上げた。


「王都港の枠がきつくなっているなら、ご苦楽シティと東岸小港の枠を広げて差し上げればよろしい」


「枠商売だな」


 バルドが、ニヤリと笑う。


「向こうが締めれば、こっちが広げる。嫌いじゃねえ」


「わたくしもですわ」



 その晩、執務室でレオンと向かい合う。


「……正直に言いますとね、アメリア」


「何かしら?」


「今日のあなたを見て、ちょっと怖いと思いました」


「まあ。あなたまで?」


 ユリウスだけでなく、レオンまでそんなことを言うなんて。


「前王国の嫌がらせを、前王国を迂回する新航路で返す。その発想は、僕の中にはありませんでした」


「そうかしら?」


「僕なら、王都に苦情を上げるとか、外交ルートで抗議するとか、そういう発想になります」


 レオンは、少し肩をすくめた。


「殴られたら、上に報告。規則の枠内で解決しようとする。役人の悪い癖です」


「悪いとは限りませんわ。役人の仕事としては、正しい一手でしょう」


 わたくしは、微笑んだ。


「でも、自由都市の財務卿としては、それだけでは足りませんの」


「……別の枠を作る」


「ええ。殴られた場所から、一歩横にずれる」


 扇で机の上の駒を軽く弾く。


「そこでは殴れない場所を、自分たちで作る。それができるのは、新しい店の特権ですわ」


 レオンは、しばらく黙ってから、ふっと笑った。


「やっぱり、あなたと仕事をしていると退屈しませんね」


「退屈は人生最大の損失ですもの」


 わたくしたちの間に、少しだけ、以前よりも柔らかい空気が流れた気がした。



 夜。


 窓の外の海は、静かに光っていた。


 遠くに見える前王国側の灯りは、相変わらずまばらだ。


「……嫌がらせその一は、始まったばかり、ですわね」


 囁くように呟いて、窓を閉める。


 ご苦楽シティという店に、また一つ新しい裏口ができようとしている。


 さてさて。次に殴ってくるのは、どの皿かしら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ