第23話 自警団、真価を問われますの
夜のご苦楽シティは、以前よりずいぶん明るくなりましたわ。
波止場亭と酒場の灯り。屋台のランタン。加工工房の煙突から漏れる赤。
そして――自警団の腕章が、ところどころでちらちらと光っております。
「見回り、ご苦労さまですわね」
わたくしが声をかけると、ジルクが肩をすくめました。
「ご苦労ってほどでもねえですよ。昨日まではな」
「昨日までは、ですって?」
「今夜は、ちょっときな臭いんで」
彼の視線の先――港のほうから、嫌な音が聞こえてきました。
木箱が倒れる音。誰かの短い悲鳴。押し殺した怒鳴り声。
「……ジルク」
「はいよ」
「わたくしを巻き込むかどうかは、三十秒で判断なさい」
「上等」
彼は、即座に走り出しました。わたくしも、裾をつまんでその後を追います。
「アメリア様!」
ユリウスが慌ててついてくる。書類を抱えたままなのは減点ですわよ。
「書類置いてからいらっしゃいな!」
「あっ、はい!」
◇
港へ続く裏路地の角を曲がったところで、ジルクがぴたりと足を止めました。
「そこまでだ」
その声と同時に、闇の中から三つの影が飛び出してきます。
ひとりは、見慣れた背中――荷役のオルガン。
その腕を乱暴につかんでいるのは、見知らぬ男二人。顔を布で半分隠し、手には短い棒。
「だから、預かり証出せって言ってんだろ!」
「金貨なんか持ち歩いてねえってのは、分かってんだよ。紙よこせ!」
……あら。
「よりにもよって、ここを狙いましたのね」
わたくしは、ため息をつきました。
オルガンの腰には、見覚えのある木札の束。預かり所の証票ですわね。
「やめろって! これ盗られたら、俺、金庫から金出せねえんだぞ!」
「うるせえ、声出すな!」
片方の男が棒を振りかざした、その時。
「そこまでだって言ってんだろうが!」
ジルクの蹴りが、男の手首を正確に打ちました。棒がカランと転がる。
もう一人が振り向きざまにオルガンを突き飛ばす――
瞬間、横合いから別の影が飛び込んできて、オルガンを抱きかかえました。
「危ない!」
自警団の若い団員。先日入ったばかりの元兵士ですわね。名前は……ええと、カイルでしたかしら。
棒は、壁に当たって鈍い音を立てただけ。
「ちっ……!」
「そこで舌打ちする時点で、小者感が滲み出ておりますわよ」
わたくしは、路地に響くように言いました。
男たちの視線が、一斉にこちらへ向く。
「アメリア様……!」
ユリウスが、ぜえぜえ息を切らせながら追いついてきました。書類はちゃんと置いてきたようですわね。合格。
「ジルク。状況は?」
「預かり所帰りのオルガンを狙った証票強盗だ」
ジルクは、棒を蹴り飛ばしながら言った。
「預かり証や証票なら、金庫より狙いやすいって踏んだんだろうよ」
「なるほど。賢そうで愚かな選択ですわね」
「愚か?」
男の一人が、苛立った声を上げた。
「紙でも、金貨と同じなんだろうが! あんたらがそういう仕組みにしたんだ!」
「この街の中で決められた手続きに従って使えば、の話ですわよ」
わたくしは、ゆっくりと前に出ました。
「顔も名前も分からないあなた方が握りしめていても、それはただの紙切れですの」
「うるせえ!」
男が飛びかかろうとした瞬間、カイルが素早く足払いをかけた。男は見事に転び、その上にジルクが馬乗りになる。
「二人とも、動くな」
残る一人も、自警団の別の団員が背後から腕をねじっていた。
――ふむ。
思っていたよりも、ちゃんと動けておりますわね。
◇
縄で二人を縛り上げ、簡易の灯りを近くに持ってこさせる。
布を剥ぐと、そこそこ若い顔が二つ現れた。
「見覚えは?」
ジルクが仲間たちに目配せするが、皆首を振る。
「最近港に現れた顔だな。移住者ってわけでもねえみたいだが」
「つまり、よそから出稼ぎに来た盗人ですわね」
わたくしは、扇で彼らを指しました。
「今回は、被害は未遂で済みましたけれど」
オルガンが、震える手で木札を握りしめたまま、こくこく頷いている。
「こいつら、港に他にも仲間がいるって言ってました」
カイルが口を挟んだ。
「さっき、オルガンを取り囲んだときに、他にも何人かに声かけてるとかなんとか」
「ふむ」
レオンが、腕を組んだ。
「つまり、預かり所の証票を狙う盗賊グループが、ここなら稼げそうだと思って入り込んできたわけですね」
「そういうことですわね」
わたくしは、盗人たちを見下ろしました。
「あなた方。よそで盗むのが難しくなったから、こちらに?」
「……関係ねえだろ」
「あるのですわよ」
扇で彼らの足元を軽く叩く。
「港が賑わえば、盗人も来る。それは、この街が店として成功し始めた証拠でもありますもの」
「なんでそこで誇らしげなんですか」
ユリウスのツッコミは無視します。
「問題は、盗人のお客さまを、どう扱うか、ですわね」
◇
ひとまず、二人を自警団の詰所へ運ばせた。
ジルクとカイル、それから数名が付き添う。
詰所の中は、まだ新しい木の匂いがしていた。簡素な机と椅子、壁に掛けられた腕章。そして、簡単な留置用の小部屋。
「初の本格的なお客さまですわね」
「お客じゃねえよ!」
「牢のベッドは硬いって文句が出る前に、自分の行いを反省なさいな」
「アメリア様」
レオンが、小声で耳打ちしてきた。
「ここから先は、街のルールとしてどうするか、ちゃんと決めておく必要がありますね」
「ええ。盗みをした者を、どう扱うか」
わたくしは、椅子に腰掛け、自警団の面々を見回した。
「ジルク」
「おう」
「あなたたち、自分たちの仕事が何か、もう一度口に出してみなさい」
「仕事?」
ジルクは腕を組み、少し考えてから言った。
「街で喧嘩してる連中を止めて、夜に怪しい奴らが悪さしねえように見回って……」
「それは目の前の作業ですわね。本来の目的は?」
「……この街を、安心して歩ける場所にする?」
「ほぼ正解ですわ」
わたくしは頷いた。
「盗みは、安心して歩けない原因のひとつですもの。ですから――」
わざと一拍置いた。
「盗みをした者は、この街で安心して歩く権利を、しばらく失っていただきます」
「……?」
ユリウスが、首をかしげた。
「追い出す、ってことですか?」
「追い出すだけでは、また別の場所で盗むだけですわよ」
レオンが、軽く眉を上げた。
「じゃあ、どうする?」
「働いて返していただくのですわ」
自警団の若者たちが、同時に「え?」という顔をした。
「働いて?」
「ええ。預かり所と共同倉庫に、雑用係が足りませんの」
わたくしは、盗人たちをちらりと見やった。
「盗みに使う腕力時間があるなら、それを倉庫の掃除と荷物運びに回していただきますわ」
「そんな、簡単に納得するわけ――」
ユリウスが言いかけたとき、盗人の一人が鼻で笑った。
「はっ。そんな都合のいい話、乗るかよ。“働いて返すだぁ? 真っ平だね」
「真っ平?」
わたくしは、肩をすくめた。
「働いて返すのが嫌なら、二度とこの街に足を踏み入れない誓いを書いていただきますわ。破ったら、その場で牢の床ですの」
「……」
「どっちも嫌だと言うなら、今すぐに共同倉庫で盗みをした連中として張り紙を出しましょう。あなた方の顔と共に」
ジルクが、目を丸くした。
「張り紙?」
「ええ。この顔に気をつけろと」
わたくしは、淡々と言った。
「ご苦楽シティだけでなく、ライシア本土の港や市場にも送りますわ。あなた方、仕事にありつける場所がだいぶ減りますわね」
「お、おい、脅しかよ!」
「現実の説明ですわよ」
扇を軽く振る。
「盗みをしても大したことないと思っていると困りますわ。盗みをしたという情報は、あなた方が思っているより重い」
レオンが静かに補足する。
「自由都市は、王国から一定の自治を与えられていますが、その代わり、治安を維持する責任も負っています。ここで甘くすれば、自由都市ごと潰せという声も出てくる」
「潰せ、だと……」
盗人の一人が青ざめた。
「そんなことになったら、一番困るのは真面目に働いている人たちですわよ」
わたくしは、自警団員たちに目を向けた。
「ジルク。あなたたちが守っているのは、荷車でも預かり所でもなく、この街で真面目に稼いでいる人たちの毎日ですわ」
「……」
「そのためなら、盗人を働かせる、追い出す、晒す。どれも、立派な手段ですの」
ジルクは、ゆっくり頷いた。
「……分かった」
彼は、盗人二人を見据えた。
「お前ら。この街で一旗揚げようなんて、ついでに考えたりしてたか?」
「……まあ、稼げるって噂は聞いた」
「なら、真っ当に稼ぐほうも、試してみろよ」
ジルクの声は、思いのほか静かだった。
「盗みで名前残すより、汗かいて名前覚えてもらったほうがマシだって、俺はこの街で知ったぜ」
「ジルク……」
ユリウスが、どこか感動したような顔をしている。あなた、すぐ人の台詞に弱くなりますわね。
盗人たちは、顔を見合わせ、しばらく黙り込んだ。
やがて、一人がぼそりと言った。
「……働いて返すってのは、どんくらいだ」
「盗みに来た日数分、くらいから始めましょうか」
わたくしは提案した。
「一ヶ月。預かり所と共同倉庫の雑用として働く。その間は、夜の外出禁止。給金の一部は、預かり所の信用回復費として天引きですわ」
「て、天引き……」
「罰金という言い方でもよろしいですけれど?」
盗人たちは、しばらく渋い顔をしていたが、やがて、何とかうなずいた。
「……分かったよ。やるよ」
「いやなら、張り紙のほうもございますわよ?」
「分かったって!」
ようやく、腹をくくったようだ。
◇
預かり所に戻ると、ラルスが怯えた顔で待っていた。
「アメリア様……預かり所のせいで、こんな」
「預かり所のせいではありませんわ。この街にお金が集まり始めたせいですの」
わたくしは、彼の肩を軽く叩いた。
「でも、あなたの仕事は増えますわね。雑用二名が追加されますから」
「雑用?」
「掃除、荷物運び、書類運び。彼らには、金の場所を教えません。その代わり、重いものを教えますのよ」
ラルスが、少しだけ笑った。
「それなら、使い道はありますね」
「雑用をさせるのも、立派な更生ですわ。ジルク」
「おう」
「あなたたち自警団は、見張るだけ”ではなく、育てるのも仕事ですわ。あの二人を、ただの盗人から、雑用でも真面目にやる奴くらいには仕上げなさい」
「ハードルひくくねえですか」
「いきなり模範市民は無理ですもの。段階を踏みなさいな」
自警団の若者たちが、少し誇らしげな顔になった。
自分たちが、この街の空気を決めると、ようやく実感してきたのでしょう。
◇
夜が更け、港の灯りが少しずつ消えていく。
わたくしは、執務室の窓から外を眺めながら、扇で頬に風を送った。
「……ふう」
「お疲れですかな、お嬢様」
セバスチャンが、静かに茶を置く。
「働かせる刑をその場で思いつくとは。なかなか黒いですな」
「黒い? 褒め言葉として受け取っておきますわ」
「褒めたつもりもないのですがな」
レオンが、笑いながら椅子にもたれた。
「でも、悪くない手だと思いますよ。労働力は、この街の貴重な資源ですから」
「そうですわ。牢に入れて飯だけ食わせるなど、費用対効果が悪すぎますもの」
ユリウスが、少しだけ眉をひそめた。
「でも、アメリア様。厳しくないですか?」
「どこが?」
「張り紙とか、出入り禁止とか……」
「盗まれた側と、盗まれたら困るはずの人たちから見て、それで足ります?」
わたくしは問い返した。
「数字が読めない子どもが、カモになるのが嫌で教室を開いたように」
「数字が分かっていても、盗まれる側が守られない街に、人は金を預けませんわよ」
ユリウスは、しばらく考えてから、こくりと頷いた。
「……そう、ですね」
「それに、一度の過ちで完全に道を閉ざすつもりもありませんわ。働いて返す機会くらいは、あっても良いでしょう」
レオンが、静かに笑う。
「あなたのそういうところ、実は優しいですよね」
「当然ですわ。働かない悪人より、働く悪人のほうが、百倍マシですもの」
「言い方!」
ユリウスのツッコミが、今日も心地よい。
◇
ご苦楽シティ自警団、初めて“真価”を問われましたわ。
さて。彼らがこれからどこまでホール係として成長してくれるか、楽しみですわね。




