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第23話 自警団、真価を問われますの

夜のご苦楽シティは、以前よりずいぶん明るくなりましたわ。


 波止場亭と酒場の灯り。屋台のランタン。加工工房の煙突から漏れる赤。


 そして――自警団の腕章が、ところどころでちらちらと光っております。


「見回り、ご苦労さまですわね」


 わたくしが声をかけると、ジルクが肩をすくめました。


「ご苦労ってほどでもねえですよ。昨日まではな」


「昨日までは、ですって?」


「今夜は、ちょっときな臭いんで」


 彼の視線の先――港のほうから、嫌な音が聞こえてきました。


 木箱が倒れる音。誰かの短い悲鳴。押し殺した怒鳴り声。


「……ジルク」


「はいよ」


「わたくしを巻き込むかどうかは、三十秒で判断なさい」


「上等」


 彼は、即座に走り出しました。わたくしも、裾をつまんでその後を追います。


「アメリア様!」


 ユリウスが慌ててついてくる。書類を抱えたままなのは減点ですわよ。


「書類置いてからいらっしゃいな!」


「あっ、はい!」



 港へ続く裏路地の角を曲がったところで、ジルクがぴたりと足を止めました。


「そこまでだ」


 その声と同時に、闇の中から三つの影が飛び出してきます。


 ひとりは、見慣れた背中――荷役のオルガン。


 その腕を乱暴につかんでいるのは、見知らぬ男二人。顔を布で半分隠し、手には短い棒。


「だから、預かり証出せって言ってんだろ!」


「金貨なんか持ち歩いてねえってのは、分かってんだよ。紙よこせ!」


 ……あら。


「よりにもよって、ここを狙いましたのね」


 わたくしは、ため息をつきました。


 オルガンの腰には、見覚えのある木札の束。預かり所の証票ですわね。


「やめろって! これ盗られたら、俺、金庫から金出せねえんだぞ!」


「うるせえ、声出すな!」


 片方の男が棒を振りかざした、その時。


「そこまでだって言ってんだろうが!」


 ジルクの蹴りが、男の手首を正確に打ちました。棒がカランと転がる。


 もう一人が振り向きざまにオルガンを突き飛ばす――


 瞬間、横合いから別の影が飛び込んできて、オルガンを抱きかかえました。


「危ない!」


 自警団の若い団員。先日入ったばかりの元兵士ですわね。名前は……ええと、カイルでしたかしら。


 棒は、壁に当たって鈍い音を立てただけ。


「ちっ……!」


「そこで舌打ちする時点で、小者感が滲み出ておりますわよ」


 わたくしは、路地に響くように言いました。


 男たちの視線が、一斉にこちらへ向く。


「アメリア様……!」


 ユリウスが、ぜえぜえ息を切らせながら追いついてきました。書類はちゃんと置いてきたようですわね。合格。


「ジルク。状況は?」


「預かり所帰りのオルガンを狙った証票強盗だ」


 ジルクは、棒を蹴り飛ばしながら言った。


「預かり証や証票なら、金庫より狙いやすいって踏んだんだろうよ」


「なるほど。賢そうで愚かな選択ですわね」


「愚か?」


 男の一人が、苛立った声を上げた。


「紙でも、金貨と同じなんだろうが! あんたらがそういう仕組みにしたんだ!」


「この街の中で決められた手続きに従って使えば、の話ですわよ」


 わたくしは、ゆっくりと前に出ました。


「顔も名前も分からないあなた方が握りしめていても、それはただの紙切れですの」


「うるせえ!」


 男が飛びかかろうとした瞬間、カイルが素早く足払いをかけた。男は見事に転び、その上にジルクが馬乗りになる。


「二人とも、動くな」


 残る一人も、自警団の別の団員が背後から腕をねじっていた。


 ――ふむ。


 思っていたよりも、ちゃんと動けておりますわね。



 縄で二人を縛り上げ、簡易の灯りを近くに持ってこさせる。


 布を剥ぐと、そこそこ若い顔が二つ現れた。


「見覚えは?」


 ジルクが仲間たちに目配せするが、皆首を振る。


「最近港に現れた顔だな。移住者ってわけでもねえみたいだが」


「つまり、よそから出稼ぎに来た盗人ですわね」


 わたくしは、扇で彼らを指しました。


「今回は、被害は未遂で済みましたけれど」


 オルガンが、震える手で木札を握りしめたまま、こくこく頷いている。


「こいつら、港に他にも仲間がいるって言ってました」


 カイルが口を挟んだ。


「さっき、オルガンを取り囲んだときに、他にも何人かに声かけてるとかなんとか」


「ふむ」


 レオンが、腕を組んだ。


「つまり、預かり所の証票を狙う盗賊グループが、ここなら稼げそうだと思って入り込んできたわけですね」


「そういうことですわね」


 わたくしは、盗人たちを見下ろしました。


「あなた方。よそで盗むのが難しくなったから、こちらに?」


「……関係ねえだろ」


「あるのですわよ」


 扇で彼らの足元を軽く叩く。


「港が賑わえば、盗人も来る。それは、この街が店として成功し始めた証拠でもありますもの」


「なんでそこで誇らしげなんですか」


 ユリウスのツッコミは無視します。


「問題は、盗人のお客さまを、どう扱うか、ですわね」



 ひとまず、二人を自警団の詰所へ運ばせた。


 ジルクとカイル、それから数名が付き添う。


 詰所の中は、まだ新しい木の匂いがしていた。簡素な机と椅子、壁に掛けられた腕章。そして、簡単な留置用の小部屋。


「初の本格的なお客さまですわね」


「お客じゃねえよ!」


「牢のベッドは硬いって文句が出る前に、自分の行いを反省なさいな」


「アメリア様」


 レオンが、小声で耳打ちしてきた。


「ここから先は、街のルールとしてどうするか、ちゃんと決めておく必要がありますね」


「ええ。盗みをした者を、どう扱うか」


 わたくしは、椅子に腰掛け、自警団の面々を見回した。


「ジルク」


「おう」


「あなたたち、自分たちの仕事が何か、もう一度口に出してみなさい」


「仕事?」


 ジルクは腕を組み、少し考えてから言った。


「街で喧嘩してる連中を止めて、夜に怪しい奴らが悪さしねえように見回って……」


「それは目の前の作業ですわね。本来の目的は?」


「……この街を、安心して歩ける場所にする?」


「ほぼ正解ですわ」


 わたくしは頷いた。


「盗みは、安心して歩けない原因のひとつですもの。ですから――」


 わざと一拍置いた。


「盗みをした者は、この街で安心して歩く権利を、しばらく失っていただきます」


「……?」


 ユリウスが、首をかしげた。


「追い出す、ってことですか?」


「追い出すだけでは、また別の場所で盗むだけですわよ」


 レオンが、軽く眉を上げた。


「じゃあ、どうする?」


「働いて返していただくのですわ」


 自警団の若者たちが、同時に「え?」という顔をした。


「働いて?」


「ええ。預かり所と共同倉庫に、雑用係が足りませんの」


 わたくしは、盗人たちをちらりと見やった。


「盗みに使う腕力時間があるなら、それを倉庫の掃除と荷物運びに回していただきますわ」


「そんな、簡単に納得するわけ――」


 ユリウスが言いかけたとき、盗人の一人が鼻で笑った。


「はっ。そんな都合のいい話、乗るかよ。“働いて返すだぁ? 真っ平だね」


「真っ平?」


 わたくしは、肩をすくめた。


「働いて返すのが嫌なら、二度とこの街に足を踏み入れない誓いを書いていただきますわ。破ったら、その場で牢の床ですの」


「……」


「どっちも嫌だと言うなら、今すぐに共同倉庫で盗みをした連中として張り紙を出しましょう。あなた方の顔と共に」


 ジルクが、目を丸くした。


「張り紙?」


「ええ。この顔に気をつけろと」


 わたくしは、淡々と言った。


「ご苦楽シティだけでなく、ライシア本土の港や市場にも送りますわ。あなた方、仕事にありつける場所がだいぶ減りますわね」


「お、おい、脅しかよ!」


「現実の説明ですわよ」


 扇を軽く振る。


「盗みをしても大したことないと思っていると困りますわ。盗みをしたという情報は、あなた方が思っているより重い」


 レオンが静かに補足する。


「自由都市は、王国から一定の自治を与えられていますが、その代わり、治安を維持する責任も負っています。ここで甘くすれば、自由都市ごと潰せという声も出てくる」


「潰せ、だと……」


 盗人の一人が青ざめた。


「そんなことになったら、一番困るのは真面目に働いている人たちですわよ」


 わたくしは、自警団員たちに目を向けた。


「ジルク。あなたたちが守っているのは、荷車でも預かり所でもなく、この街で真面目に稼いでいる人たちの毎日ですわ」


「……」


「そのためなら、盗人を働かせる、追い出す、晒す。どれも、立派な手段ですの」


 ジルクは、ゆっくり頷いた。


「……分かった」


 彼は、盗人二人を見据えた。


「お前ら。この街で一旗揚げようなんて、ついでに考えたりしてたか?」


「……まあ、稼げるって噂は聞いた」


「なら、真っ当に稼ぐほうも、試してみろよ」


 ジルクの声は、思いのほか静かだった。


「盗みで名前残すより、汗かいて名前覚えてもらったほうがマシだって、俺はこの街で知ったぜ」


「ジルク……」


 ユリウスが、どこか感動したような顔をしている。あなた、すぐ人の台詞に弱くなりますわね。


 盗人たちは、顔を見合わせ、しばらく黙り込んだ。


 やがて、一人がぼそりと言った。


「……働いて返すってのは、どんくらいだ」


「盗みに来た日数分、くらいから始めましょうか」


 わたくしは提案した。


「一ヶ月。預かり所と共同倉庫の雑用として働く。その間は、夜の外出禁止。給金の一部は、預かり所の信用回復費として天引きですわ」


「て、天引き……」


「罰金という言い方でもよろしいですけれど?」


 盗人たちは、しばらく渋い顔をしていたが、やがて、何とかうなずいた。


「……分かったよ。やるよ」


「いやなら、張り紙のほうもございますわよ?」


「分かったって!」


 ようやく、腹をくくったようだ。



 預かり所に戻ると、ラルスが怯えた顔で待っていた。


「アメリア様……預かり所のせいで、こんな」


「預かり所のせいではありませんわ。この街にお金が集まり始めたせいですの」


 わたくしは、彼の肩を軽く叩いた。


「でも、あなたの仕事は増えますわね。雑用二名が追加されますから」


「雑用?」


「掃除、荷物運び、書類運び。彼らには、金の場所を教えません。その代わり、重いものを教えますのよ」


 ラルスが、少しだけ笑った。


「それなら、使い道はありますね」


「雑用をさせるのも、立派な更生ですわ。ジルク」


「おう」


「あなたたち自警団は、見張るだけ”ではなく、育てるのも仕事ですわ。あの二人を、ただの盗人から、雑用でも真面目にやる奴くらいには仕上げなさい」


「ハードルひくくねえですか」


「いきなり模範市民は無理ですもの。段階を踏みなさいな」


 自警団の若者たちが、少し誇らしげな顔になった。


 自分たちが、この街の空気を決めると、ようやく実感してきたのでしょう。



 夜が更け、港の灯りが少しずつ消えていく。


 わたくしは、執務室の窓から外を眺めながら、扇で頬に風を送った。


「……ふう」


「お疲れですかな、お嬢様」


 セバスチャンが、静かに茶を置く。


「働かせる刑をその場で思いつくとは。なかなか黒いですな」


「黒い? 褒め言葉として受け取っておきますわ」


「褒めたつもりもないのですがな」


 レオンが、笑いながら椅子にもたれた。


「でも、悪くない手だと思いますよ。労働力は、この街の貴重な資源ですから」


「そうですわ。牢に入れて飯だけ食わせるなど、費用対効果が悪すぎますもの」


 ユリウスが、少しだけ眉をひそめた。


「でも、アメリア様。厳しくないですか?」


「どこが?」


「張り紙とか、出入り禁止とか……」


「盗まれた側と、盗まれたら困るはずの人たちから見て、それで足ります?」


 わたくしは問い返した。


「数字が読めない子どもが、カモになるのが嫌で教室を開いたように」


「数字が分かっていても、盗まれる側が守られない街に、人は金を預けませんわよ」


 ユリウスは、しばらく考えてから、こくりと頷いた。


「……そう、ですね」


「それに、一度の過ちで完全に道を閉ざすつもりもありませんわ。働いて返す機会くらいは、あっても良いでしょう」


 レオンが、静かに笑う。


「あなたのそういうところ、実は優しいですよね」


「当然ですわ。働かない悪人より、働く悪人のほうが、百倍マシですもの」


「言い方!」


 ユリウスのツッコミが、今日も心地よい。



 ご苦楽シティ自警団、初めて“真価”を問われましたわ。


 さて。彼らがこれからどこまでホール係として成長してくれるか、楽しみですわね。

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