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第21話 新顔たちの波 〜移住者ラッシュは予告なく〜

朝の役所に、人の列ができておりましたの。


「……ユリウス。窓口が混みあっておりますとは聞きましたけれど」


「す、すみません、想定以上で……!」


 階段を降りた先、簡易カウンターの前に、十人以上がぎっしり。見慣れない顔も多い。


「ここ、税の相談窓口でしたかしら?」


「い、いえ、移住相談兼・住民登録窓口です」


「ふうん。いつの間に“兼”が二つになりましたの」


「昨日の午後からです……」


 ユリウスの声が、遠い目とともに震えます。よほどの地獄だったのね。


「セバスチャン」


「はい、新顔の仮リストはこちらに」


 老執事は、すでに一枚紙を用意しておりました。


 そこには殴り書きで、


『元徴税官』『元軍需商人』『桶職人』『酒造り見習い』『よく分からないが帳簿を持っている男』


 などと雑なメモが並んでおります。


「よく分からないが帳簿を持っている男が一番気になりますわね」


「後回しでよろしいかと。面倒そうですので」


「意外と本音が出ましたわね、セバスチャン」



 列の先頭にいたのは、痩せた中年男だった。よく磨かれた靴に、くたびれた上着。いかにも「元役人」という風情。


「次の方、どうぞ」


 ユリウスの声に、男がそろそろと近づいてくる。


「ご、ご苦楽シティ移住の件で……」


「出身と、前のご職業は?」


「前王国、北部徴税官事務所。――徴税官を、しておりました」


 カウンターの後ろで控えていたヘルマン殿が、ぴくりと反応しました。


「北部、ですか。第三局の管轄……」


「ヘルマン殿のお知り合い?」


「名前を伺っても?」


「ハンス・バルナーと申します」


 ヘルマン殿は、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「……真面目で有名だった徴税官ですね。取りすぎないが、取りこぼさない人だと聞いていました」


「それは、過分なお言葉を……」


 ハンスと名乗った男は、深々と頭を下げた。


「が、今は職を失いました」


「出ましたわね、移住者のテンプレート台詞」


 思わず口から漏れた言葉に、ユリウスが慌てて咳払いをする。


「アメリア様、声が大きいです」


「事実ですもの。で、なぜかしら?」



 ハンスは、短く現状を語った。


「徴税官事務所ごと、閉鎖されました。税を集めるより、民の負担を軽くするのが先だと」


「まあ、聞こえだけは綺麗ですわね」


「その代わり、自主的な寄付に期待すると」


「はい、出ました。最悪の選択肢」


 わたくしは、扇で額を押さえました。


「税を嫌うあまり、税と名乗らなければ誰かが気前よく出してくれると思っているパターンですわ」


「……実際には、ほとんど何も集まらなかったそうです」


 ハンスの声は淡々としていたが、その奥に疲れが滲んでいた。


「事務所が畳まれ、私と部下たちは、給金を払えないので自宅待機と言われ、その後で自宅待機のまま辞めてくれと」


「自宅待機のまま退職勧奨。なかなか器用なことをなさいますわね、あの国も」


 ヘルマン殿が、小さくため息をついた。


「で、あなたは逃げてきた」


 わたくしは、あえてそう言った。


 ハンスは、少しだけ顔を上げる。


「はい。沈みかけの船から」


 その目には、恥と悔しさと、わずかな安堵が混ざっていた。


「よろしい。逃げるは、悪いことばかりではありませんわ」


 わたくしは、さらりと言い切った。


「沈む船にしがみついて一緒に沈むより、泳ぎ方を知っている者は、さっさと岸に向かって動くべきですもの」


「……ありがとうございます」


「ただし」


 わたくしは、扇をぱちんと鳴らした。


「ここは岸ではなく、別の船ですわよ」


「……?」


「ご苦楽シティという名の、まだ小さな船。あなたには、ただ乗り客ではなく、漕ぎ手になっていただきますわ」


 ハンスの喉が、ごくりと鳴った。


「具体的には?」


「徴税官としての経験を、この街の税と記録に使っていただく」


 わたくしは、移住者台帳の空きページを開きながら続けた。


「今、この街の税は軽い。でも、どこにどれだけ潜在的な税源があるかを見ておく必要がありますわ。三年後に、無理なく税を上げるために」


「三年後……」


「ええ。わたくしたちの約束の三年間ですもの」


 ユリウスが、そっと補足する。


「今は集めないけど、あとで困らないように数字だけは集めておくってやつですね」


「そう。税を軽くするために、数字を重くするのですわ」


 ヘルマン殿が、静かに頷いた。


「ハンス殿。あなたの取りすぎないが取りこぼさない目は、この街にとって貴重です」


「……ありがたいお言葉です」


 ハンスの肩から、少しだけ力が抜けたように見えた。



 次に来たのは、腹の出た中年男だった。


 立派な帽子のつばをいじりつつ、にこにこと笑っている。


「お次の方、どうぞ」


「へえ。いやあ、お噂はかねがね」


 男は、やけに愛想よくカウンターに肘をついた。


「わたくし、元・軍需品商人でしてね。陛下のためって名目で、あれこれ納めておりました」


 “元・軍需商人”。字面だけで、頭痛がしてきますわね。


「お名前は?」


「バウマンと申します」


 彼は、身を乗り出して続ける。


「で、うちにもですね、愛国的な値下げをお願いできないかって話が来まして」


「あら、国を愛するならタダ働きも辞さないだろうの類ですわね」


「ええ。で、値下げは国のためだが、代金の支払いは遅れるかもしれないとも」


「同時に言うところが、正直でよろしいですわね」


「正直すぎて、うちは首を傾げましたがね」


 バウマンは肩をすくめた。


「兵の給金が遅れ始めてるって噂も聞きまして。そんなところにツケで納め続ける趣味は、あいにく持ち合わせがない」


「わたくしと話が合いそうですわ」


 うっかり本音が出ました。


「で、払えなくなったら困るから、安くしてくれと言ってくる相手と、取引を続ける気はない。ならば、払えそうなほうに顔を出したほうがいいだろう、と」


「その払えそうなほうが、こちら?」


「税が安くて港が混んでて、預かり所なんてものまである。――少なくとも、まだ沈んでない船には見えまして」


 バウマンの目は、笑っているのに、どこか冷静だった。


 こういう男は、嫌いではありませんわ。


「ご苦楽シティに、軍需商人は必要かしら?」


 わたくしは、レオンに視線を送った。


 彼は少し考えてから口を開く。


「軍需というより、大量規格品の供給業者としてなら、価値はありますね」


「ふむ」


「兵のための一括納品をしてきたなら、一定以上の品質管理と物流のノウハウは持っているはずです。それを、この街の日用品に回せるかどうか」


「日用品?」


 ユリウスが首をかしげた。


「ええ。例えば、同じ形の靴を何十足も安く作る方法とか、同じサイズの桶を一度に納める段取りとか」


 バウマンが、嬉しそうに笑った。


「いやあ、分かってらっしゃる。そうなんです、そういうのが得意でして」


「つまり、軍の代わりに、この街に揃いの品を供給する役ですわね」


 わたくしは頷いた。


「港の酒場用の椅子、桶、ロープ、簡易寝台。自警団の装備も、そのうち必要になりますし」


「ほう、それは楽しそうだ」


 バウマンは、手を擦り合わせた。


「ただし、ツケはしない」


 わたくしは、釘を刺した。


「払えないなら買わない。値切るならその場で。国のためは、ここでは通用しませんわ」


「当然ですとも」


 バウマンは、あっさりと言い切った。


「ツケを踏み倒しそうな国から逃げてきて、ツケのない街で商売したいと思ってるんですから」


 ヘルマン殿が、ふっと笑った。


「いいですね。ツケのない街」


「その看板、気に入りましたわ」


 わたくしも笑ってしまった。



 他にも、次から次へと移住希望者が現れた。


 桶職人の若者。酒造りを学んだという女。腕の立つ元兵士と、その妻子。


 そして――


「よく分からないが帳簿を持っている男」


 セバスチャンのメモにあった人物が、最後に現れた。


「どんな紹介ですの、それ」


「事実ベースですので」


 入ってきたのは、薄汚れたコートを着た三十代くらいの男だった。


 肩からさげた鞄から、分厚い帳面を取り出し、ぺらりと開く。


「前王国某所の、地方市場の売上記録です」


「……」


 わたくしは、思わず身を乗り出した。


「ほう?」


「三年分。月ごと、品目ごとの売上高と、税の額と、人通りのカウント」


 紙には、びっしりと数字が並んでいる。達筆ではないが、読みやすい。


「あなたは?」


「市場の……まあ、記録係でした」


 男は、少し苦笑した。


「正式な役職じゃありません。暇だったから数字を書いて遊んでただけです」


「遊びで、この量?」


 ユリウスが、素で声を上げた。


「最初は自分の屋台の売上だけだったんですがね。隣の店も書くようになって、そのうちこっちにも書いてくれと言われて」


「で、税務署に目をつけられた」


 ヘルマン殿が、淡々と補足する。


「当たりです」


 男は肩をすくめた。


「勝手に数字を集めるな、余計なことをするな、と。あと、税の取り方がおかしいと広める気かとも」


「ええ、まあ、そう言われるでしょうね」


 わたくしは、にっこり笑った。


「あなた、こちらに来て、何がしたいのかしら?」


「また数字で遊びたいです」


 即答だった。


「できれば、怒られずに」


 レオンが、思わず吹き出した。


「いいですね、その正直さ」


「名は?」


「カミルと申します」


 わたくしは、迷わず移住者台帳に書き込んだ。


『カミル 前王国地方市場記録係(自称) 希望:数字で遊びたい』


「ヘルマン殿。良いおもちゃが来ましたわよ」


「おもちゃって言い方はどうかと」


 ヘルマン殿は苦笑しつつも、目は楽しそうだった。


「市場の人通りと売上の三年分。これは、こちらでも役に立ちますよ」


「ええ。税のかけ方で、客の足がどう動くかの、生きた教科書ですもの」


 アメリア様の瞳が、わずかに輝いていた。完全に新しい遊び道具を見つけた子どもの目である。


「アメリア様」


 ユリウスが、小声で囁いた。


「いま、ちょっとチートっぽく見えました」


「失礼ですわ。面白そうな数字に飛びつくのは、ただの職業病ですもの」


「……そういうことにしておきます」



 夕方。


 臨時の移住窓口は、ようやく一段落した。


「本日の新顔……八名」


 ユリウスが、くたくたになりながら数える。


「官吏二、商人一、職人三、元兵士一、数字で遊びたい人一」


「悪くありませんわね。バランスもそれなり」


 わたくしは、移住者台帳の今日のページを眺めた。


「問題は……わたくしたちの処理能力ですわね」


「す、すみません、僕がもっと手際よければ……」


「違いますわ」


 わたくしは、首を振った。


「担当者が二人で足りる段階は、もう過ぎましたの」


「つまり?」


「窓口そのものを増やしますわ。ヘルマン殿」


「承知」


 彼は、さっと前に出た。


「僕が移住窓口補佐を引き受けましょう。前王国出身者の対応も、ある程度できます」


「お願いできます?」


「喜んで。こちら側に来た者たちに、何を捨てて何を持ってきたかを聞くのは、僕の興味でもありますから」


 ヘルマン殿の言葉に、レオンが頷いた。


「それと、移住優遇策をそろそろ正式にまとめる必要がありますね」


「そうですわね。今日の八人を試験ケースにしましょう」


 わたくしは、指を折った。


「一定期間の住居支援――簡易宿を一週間無料。それ以降は、仕事の成果に応じて補助を出すかどうか判断」


「税優遇は?」


「移住一年目の売上税半額。ただし、記録をきちんと残した者に限る」


「つまり、帳簿をつける習慣を強制するわけですね」


「ええ。税を軽くする代わりに、数字を重くするの再演ですわ」


 ユリウスが、苦笑しながらもペンを走らせる。


「アメリア様、移住者ラッシュって、まだ続きそうですか?」


「続きますわね」


 わたくしは、窓の外――港の方角を見た。


 荷を積んだ船。疲れた顔で降りてくる者たち。中には、この街に残る決意を秘めている者もいるだろう。


「沈みかけた船から、泳ぎ方を知っている人は、これからどんどん飛び込んできますもの」


「その人たちを、全部受け入れるんですか?」


「いいえ。全部ではありませんわ」


 わたくしは、移住者台帳をぱたんと閉じた。


「この街を使い捨てるためだけに来る人は、お断りですもの」


「どうやって見分けるんです?」


「数字と、口と、目で」


 わたくしは、軽く笑った。


「何を捨てて、何を持ってきたか。何を求めているか。それを、わたくしたちが聞き出せるかどうかの勝負ですわ」


 レオンが、少し楽しそうに眉を上げた。


「あなた、本当にこういう面接が好きですね」


「ええ。相手を言い負かし……もとい、口を割らせるのは、わたくしの数少ない特技ですもの」


「数少ないってところだけは、謙遜ですね」


 ユリウスのツッコミに、セバスチャンが淡々と付け加える。


「アメリアお嬢様の特技は、人を疲れさせる速度もございますな」


「セバスチャン。それは褒め言葉として受け取っておきますわ」



 ご苦楽シティに、新顔の波が押し寄せ始めましたわ。


 ――さて。この波から、どれだけこの街の血肉を拾えるかしら。

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