一歩前へ
あゆみさんの事で悩んでいる内、いつの間にか梅雨が明けていて本格的な夏の太陽の光が頭の上で降り注いでいた。
あれ以来あゆみさんからは何も連絡が無い。
夢も一切触れることなく日常が過ぎて行った。
「あつうぅ……」
仕事の帰りで両手には夕食の材料がぶら下がっていた。
仕事といっても定職についた訳じゃない。……自慢出来る事でもないけどね。
能見さんが持ってきた仕事だ。ここの所ちょくちょく話しを持ってくるのだ…どうやら、あのCMの影響らしい……事務所にドンドン仕事依頼が舞い込んで、嬉しい悲鳴を上げているそうだ。
しかし俺の所に持ってくるのはその中の一部だと言っていた。
〝何でも受けてコウを安売りしたくないからね″…と、高飛車な顔で言っていた。
……俺だってそんなにモデルの仕事なんかしたくないさ。
厳選した仕事だって随分渋った……特にTV出演は全部断った。
TVに出て何話せって言うんだ……生放送だったら放送事故起こしそうで考えただけでも恐ろしい……
ドラマも有ったらしい……此れは能見さんの方で断った様だ。で、事務所の他の子を推した……いっそ全部そっちにまわして貰って構わない。その方が助かるよ。
結局受けた仕事は雑誌3社のみ……それさえも断りたかったが能見さんに拝みたおされたので渋々了解した。今日はその帰りなのだ。
「暑い……重い。」
1度荷物を下に置き、1人愚痴る。
今日は餃子を作ろうと思ってその材料を買って来た。其れだけなら重くもないが、缶ビール12本に焼酎2本、袋を持つ手が痺れてくる。
手のひらに食い込んだ跡が赤くなっていた。
……やっぱり1度帰って自転車で買いに行った方が良かったかな…
湿った風に容赦ない太陽の熱、汗が身体中から噴き出してくる。
早く帰ってシャワー浴びよう。
「よし!…後少し。」
気合を入れて再び歩き出す。
◆◆◆
エアコンの効いた快適なキッチン。
夢と一緒に餃子の具を皮に詰める作業中。
結構いい手つきで仕上げていく……ヘェ〜
「……夢、上手だね。」
「へへ…でしょ。前にママとっ…」
急に口をつぐむ……唇にキュと力を入れて目を伏せた。
「何?」
「前に……たくさん作った事有るから……」
伏し目がちに笑って誤魔化し、出来上がった餃子を大皿の上に乗せ、又詰め始めた。
「……別に話したっていいさ、楽しい思い出なんだろ?……其れとも話す事も嫌なほどママが嫌いになっちゃった?」
手を止めて首を左右に振り、薄っすらと影を落としたような瞳で俺を見ている。
1度ゆっくり瞬きをしてその瞳を見つめ返して微笑んだ。
「夢……夢のおばあちゃんは、俺の本当の母親じゃないって事は憶えているよね。」
「うん……」
「……俺の勝手な思いだけで家に居るのが辛くて旅行ばかりしていた。そして大好きだったのに…死を迎えようとしていた義母さんの元に駆けつけることが出来なかった。
……話したい事が沢山あったのに…結局何も言えなかった。
自分が情けなくて凄く後悔した。
……夢にはそんな思いをして欲しくない。」
「……うん。でも……」
俺は産んでくれた母と育ててくれた母を思い出し心の中が温かくなるのを感じながら言葉を続けた。
「ママは夢やパパを置いて出て行った最悪な人だったけど……夢を産んでくれた最高の人でもあるんだよ。」
夢の瞳が徐々に見開かれて、蕾の様な口が小さく開いた。
「そう……思わない?」
「うん……うん……」
涙が出そうになる目を手で拭ったので頬に餃子の具が付いてしまった。それを笑いながら人差し指で取ってやる。
「……航太は?」
「えっ?」
「航太の本当のママは航太を置いて死んじゃったけど……産んでくれた最高の人だと思ってる?」
「勿論思っている。産んでくれなきゃ可愛い夢に会えなかったし、この家の家族にもなれなかったんだからね。」
流れた涙は小さな花に落ちた一粒の雫の様に綺麗だった。それを指で撫でるみたいに拭いてやると、お日様の笑顔を見せてくれた。
◆◆◆
今日はファッション誌の写真撮影の為長野県にある別荘地に来ている。
マネージャーの能見さんの隣には何故か夢が楽しそうにその撮影現場風景を見ている。
一週間前仕事で事務所を訪れた時、今日の話になり、改めて掲載される雑誌を確認したらあゆみさんが編集長をしているファッション誌だとわかり、能見さんに夢を同行させたいと頼んだのだ。
「……こういった撮影現場に編集長さんなんかワザワザ見に来ませんよね……
」
「どうかしら?……普通は担当者だけだと思うけど……何故?」
「えっ!……いや…この雑誌の編集長美人だってどっかで聞いたんで……あって…見たいなぁ……なんて。」
「へぇ〜、コウもそんな事思ったりするんだ。」
「ハ…ハハ……気にしないで下さい。」
こんなやり取りが有ったが、実際会えるように頼んだ訳じゃないから、現場にあゆみさんが来る確率なんてかなり低いはず……
あんなに偉そうに言ったのに、こっちから会わせ様と思うなんて矛盾しているかも知れないが、一目でも会う事が出来れば膠着状態の今、一歩前進するきっかけになるのではと思ったのだ。
其れで兄貴の了解を貰い連れて来た。
……勿論夢は母親の雑誌の撮影だとは知らない。
朝9時から始まり順調に進んでいった。
「はーい。少し休憩に入りまーす。」
スタッフの声が上がり、俺は2人の方へ歩いて行った。
「お疲れ様。」
能見さんからペットボトルの水を受け取り飲んだ。
「ふぅ……早い時間は良かったけど、だいぶ暑くなってきて秋物の服はちょっと辛いね。
…………夢、退屈じゃない?」
「楽しい……いつもと違う航太…あっ……コウが見れて面白い。」
少しでも素姓がバレるのは避けたいので、此処では夢も本名で呼ばない様に言っておいた。しかも、俺の関係者ではなくて能見さんの知り合いの子供だという事に成っていた。
「終わったら美味しいもの食べに行こうな。」
「わぁ…やったァ…」
そこへ担当編集者がやって来た。
「能見さんすいません……ちょっとお願いしたい事があって……」
「何かしら?」
「このお嬢ちゃん能見さんの知り合いのお子さんですよね。」
「えっ……ええ。」
「カメラマンが何ポーズかコウさんと絡ませるのも有りじゃないかって言っているんですけど…お借り出来ますか?」
「えっ?この子を……」
能見さんがチラリと俺の方を見たので、目で駄目だと合図を送った。
「其れはちょっと……親も此処にいないし……」
「お願いします。連絡とってOKとって貰えますか?」
「困ったな……」
夢が能見さんの腕を引っ張る。
「いいよ。……やっても。」
「ええっ!」
俺の方が驚いて声を上げてしまった。
「あれ?…コウさん子供は苦手ですか?」
「あっ…そんな事は無いけど……」
「ですよね…向こうで見てましたけど、なんかこのお嬢ちゃんと良い感じに見えましたもの……」
何も知らない編集者は悪気のない笑顔を向ける。……そりゃそうだろ姪っ子なんだから……あぁ〜面倒な事になって来た。
「能見さんお願いします。」
「でも……」
「大丈夫だよ……パパ、夢が頼めばOKだすよ。」
…………夢ぇ〜余計な事言うんじゃない。
編集者の背後から夢を睨めつけたが、ちょこっと舌を出して悪戯っ子みたいに笑っている。
兎に角親に電話入れて了解を取ってくれと、しつこく言われたので、能見さんは仕方なく兄貴の携帯に電話をした。
……兄貴、絶対OK出すなよ。
「……えっ! いいんですか?」
……へっ? 何だって…おい、兄貴!
「はい……本人がいいなら。わかりました……夢ちゃんに代わりますか?」
「あっ…パパ。」
夢じゃなく俺が代わって兄貴を怒鳴りつけたい。……何考えてるんだ!全く!
イライラしながら携帯に呪いでも掛けるかの様に凝視した。
「はーい。良い子にしまーす。じゃあね。」
能見さんは頬をヒクつかせている俺をチラチラ見ながら気まずそうに微笑んで編集者に了解を得た事を伝えた。
「それでは、2人の写真撮影は午後からって事で宜しくお願いします。」
……俺は天を仰いだ。
昼食を挟んで早速夢と一緒の撮影が始まった。
夢は初めてとは思えない程堂々としたもので、カメラマンの要求に上手に対応している。
逆にこっちが緊張して表情が硬くなり〝リラックスして下さい″…なんて言われてしまった。
それでも何ポーズも撮っている内、いつも夢に接している感じが出てきて結構楽しめた。
「……衣装替えて後2パターンで終了になります。」
その時あゆみさんが差し入れを持って現れた。
…………嘘だろ。
直ぐに隣にいる夢の顔を伺い見た…目を丸くして戸惑いを隠せず瞳を泳がせている夢は、俺の手を強く握ってきた。
あゆみさんも同様に、こんな所で顔をあわせるとは想像もしていなかったので、思わず娘の名前を呼びそうになったみたいで、慌てて口に手を当てた。
ほんの数メートル離れた2人の微妙な空気感は、調律を怠ったピアノの音が風に乗ってこの周りを響かせているみたいで居心地が悪かった。
そしてその空気を断ち切る様にあゆみさんは担当者に何やら話しかけ頷くと、能見さんの方へ行き言葉をかわし始めた。
俺と夢は衣装替えの為一旦その場を離れた。
着替えが終わりカメラの前に立った夢の顔を見ると、さっきまでのリラックスした表情から強張った表情に変わっていた。
「……すいません、ちょっと待って貰えますか?」
俺は夢を少し離れた所に連れて行った。
そして、頬を両手で挟み力を入れ笑った。
「プッ…変な顔……俺がいるから大丈夫…だろ?」
……頷く夢。
「よし!……行こう。」
夢は頬を摩りそして俺の手を取った。
「……お待たせしました、お願いします。」
写真撮影の方が終了した所であゆみさんが挨拶に近付いてきた。
「お疲れ様です。此方から無理なお願いもした様で、快く受けて下さって有難うございます。」
「いえ……此方こそ楽しめました。」
お互い仕事モードの対応。
そして俺の背後に隠れている夢に微笑みかける。
「夢も……夢ちゃんも有難う。
雑誌が出来上がったらお家の方へ送るからね。」
「…はい。」
「……後は簡単なインタビューだけですので宜しくお願いします。」
「お願いします。」
一礼してあゆみさんが立ち去ろうと背を向けた瞬間。
「坂本編集長。」
「えっ?」
「あっ……と、今日は最後まで此方にいますか?」
「はい、そのつもりです。」
「そうですか……えっと…その……」
俺のはっきりしない態度にあゆみさんは微笑んで、少し顔を近付け小声で言った。
「……航太君、有難う。
夢の元気な姿が見れて嬉しかった。
……もう少しだけ待って貰えるかな……」
そして、夢の目線と同じ高さに腰を落とし、小さな手を取って見つめる瞳は深い哀愁を漂わせ潤んでいた。
「もう少しだけ……待ってて。」
「…………。」
そう言って立ち上がりスタッフの方へ戻って行った。
全てが終了するまで初めて見る、母親の働く姿をずっと目で追っていた。
帰りの新幹線の中。
能見さんが電話をする為席を立って居なくなると、少し周りを気にしながら話しかけて来た。
「……ママの事、航太が頼んだの?」
「いや。……まぁ、もしかしてとは思っていたけどね。」
「ふ〜ん……」
不満そうに唇を尖らせ窓の流れる風景に目を移した。
俺も同じ風景に目をやった。
「……怒ってる?」
「ちょっとだけ……」
「ごめん。」
「…うん。」
窓ガラスに映る夢の顔がほんの少し緩み微笑んで見えたのは気のせいだろうか……
……俺の顔も緩んだ。
◆◆◆
すでに夏休みに入っている夢は毎日家にいる。
天気のいい日は学校のプールに行ったり、友達と遊んだりと小学生になって初めての長期休みを満喫していた。
「夢ぇ〜おやつ用意したぞぉ」
「…………」
「……?……夢!」
2階に居るはずの夢から返事が返ってこない……いつもなら急いで降りて来るのに…寝てるのか?
部屋を覗きに階段を上る。
……ノックをしても声がしない。
「夢?……入るぞ。」
ドアを開けると勉強机の椅子に座っているじゃないか……
「……なんだ、起きてんじゃん。返事ぐらいしろよ。」
「煩いなぁ、考え事してんの!」
「考え事?」
おやつより大事な考え事ってなんだ?
部屋の中に入り夢の背後に立つと机の上には夏休みの課題のドリル、プリントなどが広げられていた。それを眉を寄せ唇を前に突き出して睨めつけている。
「何、もう宿題で切羽詰まったの?」
からかう様に笑って言うと、課題を睨めつけている表情そのままで振り返られ、1歩後ろへ下がってしまった。
……怖い顔。
「そんなわけ無いでしょ……プリント、ドリルはもう全部終わったよ。…其れに図工も。
朝顔の観察日記はそうはいかないから駄目だけど……」
「じゃあ、何そんな難しい顔してるんだよ。
……ほぼ終わった様なものじゃないか。」
「……難題があるの……其れをどうしようかと悩んでるの……」
「ふん……それは何なの?」
「自由研究……」
ああ……俺の時も有ったな……うん、悩んだ。大体自由っていうのが曲者だ。
先生は何でもいいと言うけど、そうはいかないんだよなぁ……
俺はどんなのやったかな?
…………綺麗サッパリ忘れている。
…と、言う事はたいした自由研究してないって事だな。
「候補とか無いの?」
「全然思いつかない……航太はどんなのやった?」
「ハハハ……ちょっと思い出してみようとしたけど…忘れた。」
夢は目を細めて溜め息を吐いた。
「……使えない。」
「つ…使えない男で悪かったな!
そんな……遥か昔の事なんか憶えてないさ……普通。」
夢は両手でこめかみを押さえ大きく横に首を振った。
「ああぁ〜どうしよう!
7月中に終わらせたかったのに〜なんか、アイディア無い?」
「そうだなぁ…例えば、美味しい餃子の作り方とか、ステーキの焼き方についてとか……」
「航太……全部、食べ物ばっかり。」
「あれ?……ハハハ……」
「じゃあ、こんなのは?
……我が家の居候の1日。……とか。」
白い歯をみせて口角を横に引っ張り上目遣いで見てる。
俺は笑った口のまま目を泳がせ首を掻いた。
……手厳しい自由研究になるね…それは…
「アッハハ…夢、冗談はやめようねぇ。
そうだ!…こんなのは?パパの仕事について……とか。」
「パパの仕事か。」
左手を口に持っていき、机の上に転がっていた鉛筆を右手で弄びながら考え込み始めた。
……オッ?……いい提案したかな?
「…………」
鉛筆を弄ぶのを止め、何か思いついた様に顔を上げて口を開きかけたがすぐに目を伏せ下唇を噛んだ。
「……ねぇ、航太。」
「ん?」
「パパじゃなくても……良いよね。」
「えっ?……まぁ、なんでも……あぁ!」
夢は小刻みに揺れる黒い瞳で見上げている……どうしたいのか何となく…いや分かった。
頭に手をやり撫でて笑顔を向けた。
「いいと思うよ。……うん、凄くいい。
……やってごらん。」
口の両端と頬を上げて大きく頷く夢の顔を見て抱きしめてやりたくなった。
…………これ聞いたら兄貴やきもち焼くかな?……そこまで子供じゃないか。
◆◆◆
兄貴が仕事から帰ってくると、夢はその近くをウロウロと意味も無く歩きまわり、様子を伺いながら話すチャンスを見定め様として見えるが、どうも…ただ言い出せず兄貴の方から話しかけて来るのを待っているみたいだ。
俺がお膳立てしても良いのだが、ここは少しの間夢が如何するか見ていよう。
兄貴が着替える為2階に行こうと階段の手摺に手を掛けると、後ろから夢が呼び止めた。
「ん?……呼んだか?」
「あ…あのね。」
「うん……どうした?」
普段では見られない夢の姿。
いつも、どちらかと言えば強気でハッキリ言葉を伝えるのに……口をモゴモゴさせて……何だか新鮮だった。
「……えっと、ご飯食べてからでいい。」
「えっ?……そう……」
「うん。」
いつもと様子が違う夢を訝しげに見た。
「本当に?……」
頷いて、逃げる様にソファに座り溜め息を吐く夢。
兄貴は首を傾げながら2階に上がって行った。
……仕方ないなぁ。
きっかけ作ってやらないと言えないんじゃないか?
しかし、そんなに言い難い事か?
思いついた時の感じでは直ぐにでも伝えそうだったのに……
食事中にもチャンスはあったが、どう言い出したらいいか頭で考えていたのか、口数も少なく黙々と食べていた。
そのいつもと違う夢に時折り視線を送りやはり首を傾げている兄貴。
もどかしいな……
食事も終わり後片付けを済ませた兄貴がソファに座っている夢に近付き〝話を聞くよ″と言った。
「……うん、あのね……」
口をモゴモゴさせて俺の方を見たので、顎を少し上下させ話をする様に即した。
「あのね……夏休みの自由研究なんだけど……」
「うん。何にするか決まったの?」
「えっと、……ママの…ママの仕事についてにしようかなって……どうかな?」
なんて言われるか心配なのか硬い表情で兄貴を見上げている。
「ママの?」
「うん…」
兄貴は夢の横に座り小さな肩に腕をまわし顔を覗き込むと、穏やかな笑顔を見せた。
「いいね。……ママきっと喜ぶと思うよ。」
「ホント?」
「絶対。……そうだ!
今から電話してママに聞いてみよう。いつ職場見学行っていいか。」
夢は花が咲いた様な表情をして兄貴に抱きついた。
「……でも、職場見学だと平日になるからパパは付いて行けないな……」
「俺が一緒に行くよ。」
俺も夢の隣に移動して頭を撫でながら言った。
「頼むよ。」
そう言って立ち上がり、携帯電話を手に取った。
「……あっ、俺…ん……今いいか?実はお願いがあるんだ……」
説明をすると電話の向こうであゆみさんが泣いている様だった。
「……なんだよ……泣くなよ。」
「…………」
「声、震えてるぞ……」
◆◆◆
都会のど真ん中…背の高いビルの前。その高さを測るみたいに2人で見上げている。
…………1週間前兄貴があゆみさんに電話している間、夢の心の変化が何故なのか気になり聞いた。
「……夢、どうして気持ちが変わったの?」
「航太のお仕事について行って、ママが働いている所がほんのちょっとだけど見た時……凄いなって…とっても頑張ってカッコいいな……お仕事が好きなんだなぁ……って思ったの……そうしたら、今は仕事が大切なママだけど……夢と会う事より仕事に行っちゃうママだけど……やっぱり大好きで、嫌いになれない夢がいるの……ここに。」
そう言って自分の胸を手で押さえた。
「……今迄、ママから会いに来てもらう事ばかりで、それが出来ない時、怒ったり、悲しんだりしたけど、それが叶わないなら夢が会いに行けばいいって……
お仕事と夢を比べてどっちが大事かなんて
もう良いやって……
だって航太……ママは夢を産んでくれた最高の人なんでしょ。」
「……そうだね。……最高のママだよ。」
夢の表情はとっても穏やかで大人びてみえた。
夢は、今の自分の心に向きあい出来る事を模索してその方向に足を一歩踏み出した。
……この選択が良かったのか、悪かったのかは分からないけど、……結局、人生の分かれ道に立った時どの道を選んでも間違いなど無いのかもしれないと思った。
そこを通る自分の気持ち次第で、良い選択だと思うし、その逆にも思う。
もし、将来夢がこの選択をした事を悩み、後悔したとしても、その経験を生かす事が成長に繋がり大人に成って行くだろう。
夢だけじゃない…兄貴も……
……そして俺も。
沢山の人達が……
選択した道が如何かではなく。
どう自分が進んで行くかが大切なんじゃないだろうか?
…………繋いだ手にほんの少し力を入れる。
夢も握り返してきた。
見上げていた視線をビルの入口に移す。
あゆみさんが出て来て手を振りながら微笑んでいる。
……あ……母の顔してる。
「……じゃあ、行こうか。」
「うん。」
2人で〝はじめの一歩″…って感じで、同時に踏み出した。




